君子訓 / 巻之下
一唐の李昉といひし人宰相となれり。客來れば必三事を問ふ。一には、民間に何の憂苦かある。二には、今の世政を行はんに、いかなる善道かあるべき。三には今の政にいかなる惡しき過やある。此三の事聞きたしと言はれしなり。是世間諸人の公論を聞きたく思ひ、又下情の上に達せざらんことを歎きてなり。宰臣の法とすべし。
新字:一唐の李昉といひし人宰相となれり。客来れば必三事を問ふ。一には、民間に何の憂苦かある。二には、今の世政を行はんに、いかなる善道かあるべき。三には今の政にいかなる悪しき過やある。此三の事聞きたしと言はれしなり。是世間諸人の公論を聞きたく思ひ、又下情の上に達せざらんことを嘆きてなり。宰臣の法とすべし。
書き下し
一唐の李昉といひし人宰相となれり。客来れば必三事を問ふ。一には、民間に何の憂苦かある。二には、今の世政を行はんに、いかなる善道かあるべき。三には今の政にいかなる悪しき過やある。此三の事聞きたしと言はれしなり。是世間諸人の公論を聞きたく思ひ、又下情の上に達せざらんことを嘆きてなり。宰臣の法とすべし。
現代語訳
唐の李昉という人が宰相になりました。客が来ると必ず三つのことを尋ねました。一つには、民間にどんな憂いや苦しみがあるか。二つには、今の世で政治を行うにはどんな善い方法があるか。三つには、今の政治にどんな悪い過ちがあるか。この三つのことを聞きたいと言われたのです。これは世間の人々の公論を聞きたいと思い、また下の実情が上に届かないことを嘆いたからです。宰相の手本とすべきです。
解説
宰相になった李昉が、客が来るたびに民の苦しみ、よい政策、今の政治の過ちの三つを尋ねたという話です。李昉は実際には唐ではなく五代から北宋初めの人ですが、益軒は唐の人として記しています。宰相の位にいると下の実情が届きにくくなるので、自分から聞きに行く仕組みを習慣にしたところに意味があります。悩み、改善案、自分たちの失敗という三点を定型の問いにして誰にでも聞くやり方は、今の経営者が現場や顧客の声を集める方法としてそのまま使えます。
この章句が説くこと
宰相公論下情政問い
関連する章句
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『君子訓』巻之下凡政をするには、下情に通ずるをよしとす。王公大人といへども、自ら聞かず、自ら見ざれば、万事昧くして明ならず、人民の愁ひ悦び、苦み楽み、姦悪私曲を知る事なり難し。善悪利害を知らず、国の豊饒凶荒、家の費侈を知らず、禄位の高く多きにほこりて下情に通ぜず。如斯にしては、臣民いかやうの悪を行ひ、善を行ひても知らず。自ら聞かず見ざれば、下情に通じ知るべきやうなし。昧しといふべし。
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『君子訓』巻之下一臣下に禄を与へ過して富貴になるれば、奢りて使ひ難く、用に立たず。臣下貧究に迫れば、必恥を知らず、偽り邪になりて忠なし。一凡高官の前にありては、いかなる小人も慎み隠す故に、姦悪ありといへども知れず。民に臨んで慎まざる故に、其行ふ所、善悪まぎれなし。故に吏の善悪は、下より告ぐる所を聞きて、其上にて其善悪を糺すべし。訟ふる者を咎めず、民の口を塞ぐべからず。
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風憲忠告・詢訪苐三今政を為す者、往往にして先入の言を以て主と為すは、彼一偏に狃(な)れ徇(したが)うに非ず、蓋し上下の情に通ぜざるに由るが故なり。故に其の情に通ずるは、悉心詢訪(じゅんぽう)するに如くは莫し。小にしては一県一州、大にしては一郡一国、吏孰(いず)れか貪邪、官孰れか廉正、何事か衆を病ましめ、何政か民を利するか、豪横の有無、風俗の厚薄、既にその凡(あらまし)を得て、他日詳らかに綜覈(そうかく)を加え、復た験(あか)すに事を以てせば、其れ孰か隠るるを得んや。苟しくも廉ならば、即ちこれを優しみ、これを礼貌し、これを薦挙せば、則ち善なる者勧む。苟しくも貪ならば、極品の貴と雖も、即ちこれを蔑(なみ)し、これを威拒し、これを紏劾せば、則ち悪を為す者懲む。推して士を待ち吏を遇するに至るも、亦然らざるは莫し。大抵一道の任は、猶お一家の務のごとし。善く家を為す者は、その子弟族属、下は奴隷に逮(およ)ぶまで、その情性の良否、皆当に知るべき所なり。一たび或いは及ばざれば、則ち将に甘んじて弄せらるる所と為りて悟らず、久しければ必ず是非顛倒し、佞を以て忠と為し、貪を以て廉と為し、無能を以て有能と為すに致り、政令行われずして紀綱替(すた)らん。前輩云う有り、「宰相為ること難からず、一心正しく、両眼眀らかならば足れり」と。烏呼、彼の風憲を長たる者、其の責任の重き、亦豈に夫の宰相に下らんや。之を若何ぞ前輩の言を以て法と為さざる。
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