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君子訓 / 巻之上

一孟子に、仁心ありといへども、仁政を行はざれば、民其澤を被らずといへり。國を治むる人、何程慈愛の心ありても、善政を行ふ道を知らざれば、唯目前の小惠を行ふまでにて、國民の心を心服する程のことは是なし。昔齊の桓公、老人の飢ゑたるを見て食を賜る。老人辭して云、願はくは國中の飢ゑたる者に食を賜らば、我も飢ゑまじきとて受けず。又或國の宰臣、貧人に物を施すことを好みて、外に出る每に、必錢袋を持たせ行けるに、乞丐其惠を得んとて、いつも街にみてり。或者諫曰、賢人を擧げ用ひて貧民を救はしめば、萬人其所を得て飢寒に及ぶまじ、何ぞ小惠をなすやといへり。仁心ありといへども、仁政を行はざれば、民を救ふ功なくして、國の治に益なし。

新字:一孟子に、仁心ありといへども、仁政を行はざれば、民其沢を被らずといへり。国を治むる人、何程慈愛の心ありても、善政を行ふ道を知らざれば、唯目前の小恵を行ふまでにて、国民の心を心服する程のことは是なし。昔斉の桓公、老人の飢ゑたるを見て食を賜る。老人辞して云、願はくは国中の飢ゑたる者に食を賜らば、我も飢ゑまじきとて受けず。又或国の宰臣、貧人に物を施すことを好みて、外に出る毎に、必銭袋を持たせ行けるに、乞丐其恵を得んとて、いつも街にみてり。或者諫曰、賢人を挙げ用ひて貧民を救はしめば、万人其所を得て飢寒に及ぶまじ、何ぞ小恵をなすやといへり。仁心ありといへども、仁政を行はざれば、民を救ふ功なくして、国の治に益なし。

書き下し

一孟子に、仁心ありといへども、仁政を行はざれば、民其沢を被らずといへり。国を治むる人、何程慈愛の心ありても、善政を行ふ道を知らざれば、唯目前の小恵を行ふまでにて、国民の心を心服する程のことは是なし。昔斉の桓公、老人の飢ゑたるを見て食を賜る。老人辞して云、願はくは国中の飢ゑたる者に食を賜らば、我も飢ゑまじきとて受けず。又或国の宰臣、貧人に物を施すことを好みて、外に出る毎に、必銭袋を持たせ行けるに、乞丐其恵を得んとて、いつも街にみてり。或者諫曰、賢人を挙げ用ひて貧民を救はしめば、万人其所を得て飢寒に及ぶまじ、何ぞ小恵をなすやといへり。仁心ありといへども、仁政を行はざれば、民を救ふ功なくして、国の治に益なし。

現代語訳

孟子に「仁の心があっても、仁の政治を行わなければ、民はその恩恵を受けない」とあります。国を治める人は、どれほど慈愛の心があっても、善い政治を行う道を知らなければ、ただ目の前の小さな恵みを行うだけで、国の民の心を心から服させるほどのことはできません。昔、斉の桓公が、飢えた老人を見て食べ物を与えました。老人は辞退して、「どうか国中の飢えている者に食べ物をお与えください。そうすれば私も飢えずにすみます」と言って受けませんでした。また、ある国の宰相は、貧しい人に物を施すことを好み、外に出るたびに必ず銭袋を持たせて行ったので、物乞いがその恵みを得ようとして、いつも街にあふれていました。ある者が諫めて、「賢人を挙げ用いて貧民を救わせれば、万人がそれぞれ所を得て、飢えや寒さに及ぶことはないでしょう。どうして小さな恵みをなさるのですか」と言いました。仁の心があっても、仁の政治を行わなければ、民を救う功はなく、国の治まりに益はありません。

解説

仁の心と仁の政治は別物だ、という重要な区別を説いています。孟子の言葉は離婁上篇にあり、善意だけでは政治にならず、制度として行わなければ民に恵みは届かないという意味です。飢えた老人が「国中の飢えた者に」と食を辞退した話や、宰相が銭をばらまいて物乞いを増やした話は、目の前の小さな施しの限界を示しています。個人への同情にとどまらず、仕組みを変えて多くの人を救え、という教えは、今の福祉政策や企業の社会貢献を考えるうえでも大切な視点です。

この章句が説くこと

仁政仁心施し政治孟子

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