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君子訓 / 巻之上

公とは私なきをいふ。又上天道に背き、下人心に背き、中義理に背く道一あり、其名いかん、私といふ。私とは公ならざるなり。人我を忘れて、身に私せざるを公と言ふ。人我を立て、人の事をすてゝ、專ら我が身の爲のみをするを私といふ。君に事ふる道を以ていはゞ、我が身を忘れて、ひとへに君に忠するは公なり。專ら我を利して、君をわするゝは私なり。私心深ければ、いかなる非義をもなすものなり。故に人の善惡は、公私の二を以て分ち知るべし。君に私あれば、民を愛する心眞實ならずして、人民信服せず。臣下に私あれば、君に忠なく、民に愛なし。才能も見るに足らず。其餘は皆是にならへ。

新字:公とは私なきをいふ。又上天道に背き、下人心に背き、中義理に背く道一あり、其名いかん、私といふ。私とは公ならざるなり。人我を忘れて、身に私せざるを公と言ふ。人我を立て、人の事をすてゝ、専ら我が身の為のみをするを私といふ。君に事ふる道を以ていはゞ、我が身を忘れて、ひとへに君に忠するは公なり。専ら我を利して、君をわするゝは私なり。私心深ければ、いかなる非義をもなすものなり。故に人の善悪は、公私の二を以て分ち知るべし。君に私あれば、民を愛する心真実ならずして、人民信服せず。臣下に私あれば、君に忠なく、民に愛なし。才能も見るに足らず。其余は皆是にならへ。

書き下し

公とは私なきをいふ。又上天道に背き、下人心に背き、中義理に背く道一あり、其名いかん、私といふ。私とは公ならざるなり。人我を忘れて、身に私せざるを公と言ふ。人我を立て、人の事をすてて、専ら我が身の為のみをするを私といふ。君に事ふる道を以ていはば、我が身を忘れて、ひとへに君に忠するは公なり。専ら我を利して、君をわするるは私なり。私心深ければ、いかなる非義をもなすものなり。故に人の善悪は、公私の二を以て分ち知るべし。君に私あれば、民を愛する心真実ならずして、人民信服せず。臣下に私あれば、君に忠なく、民に愛なし。才能も見るに足らず。其余は皆是にならへ。

現代語訳

公とは私のないことをいいます。また、上は天道に背き、下は人の心に背き、中は義理に背く道が一つあります。その名は何かといえば、私といいます。私とは公でないことです。自分と人との区別を忘れて、自分の身のために計らないことを公といいます。自分と人とを分け隔てて、人のことを捨てて、もっぱら自分の身のためだけをすることを私といいます。君に仕える道でいえば、自分の身を忘れて、ひたすら君に忠を尽くすのは公です。もっぱら自分を利して君を忘れるのは私です。私心が深ければ、どんな不義でもするものです。ですから人の善悪は、公と私の二つで見分けるべきです。君に私があれば、民を愛する心が真実でなくなり、人民は信服しません。臣下に私があれば、君への忠がなく、民への愛もありません。才能があっても見るに足りません。そのほかのことも皆これにならって考えなさい。

解説

人の善悪を見分ける基準を「公」と「私」の二つにまとめた一節です。自分と他人を分け隔てず、自分の得のために計らないのが公、自分だけを利するのが私だと定義しています。私心が深ければどんな不義でもする、臣下に私があれば才能も見るに足りない、という言葉は厳しいものです。能力よりもまず私心の有無を見よ、という人物評価の基準は、今の採用や昇進の判断にも通じます。会社の利益より自分の保身を優先する人が組織を傷つけることは、現代でもよく見られることです。

この章句が説くこと

公私忠善悪私心

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