甲陽軍鑑 / 品第十四
精清惨げが下知をろてて陳陳ゆるまなに如をはぐり有付け麵府県安やうに仕、かどりをたくべからず、用心よばはるべからず杯と法度すれば、信長譜代の大身衆申は陣にてゝたかず用心よばはらず、其上敵の大將は一向坊主なるに、柵付け延をはり機遣するとて、稻葉伊豫を大小·上下ともに惡口いたす、
新字:精清惨げが下知をろてて陳陳ゆるまなに如をはぐり有付け麺府県安やうに仕、かどりをたくべからず、用心よばはるべからず杯と法度すれば、信長譜代の大身衆申は陣にてゝたかず用心よばはらず、其上敵の大将は一向坊主なるに、柵付け延をはり機遣するとて、稲葉伊予を大小·上下ともに悪口いたす、
書き下し
精清惨げが下知をろてて陳陳ゆるまなに如をはぐり有付け麺府県安やうに仕、かどりをたくべからず、用心よばはるべからず杯と法度すれば、信長譜代の大身衆申は陣にてゝたかず用心よばはらず、其上敵の大将は一向坊主なるに、柵付け延をはり機遣するとて、稲葉伊予を大小·上下ともに悪口いたす、
現代語訳
(底本ここ判読しがたい)……篝火を焚いてはならない、用心の声を上げてはならない、などと法度を出したので、信長の譜代の大身衆は、陣にいて篝も焚かず用心も呼ばわらず、そのうえ敵の大将は一向宗の坊主であるのに、柵を付け縄を張って気遣いをするとは、と言って、稲葉伊豫守を大身も小身も上の者も下の者もこぞって悪口した。
解説
外様の稲葉伊豫守が信長の譜代衆を指揮した野田・福島の陣で、稲葉は篝を焚かず声も立てず、柵と縄で固める慎重な法度を出した。相手は坊主の寄り合いにすぎないと見る譜代衆には、それが臆病に映り、上下こぞって陰口をたたいた。用心深い指示は、平時には弱腰に見えやすい。新しく来た指揮官の慎重さを、古参が笑う構図は今の組織にもそのままある。慎重さの意味を問わずに笑う空気こそ、組織の油断の始まりである。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
用心油断譜代外様陰口稲葉伊予守
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