甲陽軍鑑 / 品第十三
近代我等式身にかけて多く候、敵味方なれども越後謙信は信玄をほむる、信玄家にては輝虎をそしらず、ましてそねむ事はなし、近き間のわか手なれども弓矢たけからんと思へば、家康も信玄をほむると聞く、本より信玄公も若手をやさしく思召し、輝虎におとらぬ弓取と家康を譽め給ふ、越後のさたは木熊城の意安、布施其外來りてかたる三河侍も多き中に、山形三郎兵衞同心に小崎三四郞かは山村傳兵衞一條殿にほり無手右術門·中根七右衞門·あさ見〓太夫是れ等は若手に利口者なりと當歲聞く、虛言なく三河のさたにも信玄公を譽め奉ると申し、
新字:近代我等式身にかけて多く候、敵味方なれども越後謙信は信玄をほむる、信玄家にては輝虎をそしらず、ましてそねむ事はなし、近き間のわか手なれども弓矢たけからんと思へば、家康も信玄をほむると聞く、本より信玄公も若手をやさしく思召し、輝虎におとらぬ弓取と家康を誉め給ふ、越後のさたは木熊城の意安、布施其外来りてかたる三河侍も多き中に、山形三郎兵衛同心に小崎三四郎かは山村伝兵衛一条殿にほり無手右術門·中根七右衛門·あさ見〓太夫是れ等は若手に利口者なりと当歳聞く、虚言なく三河のさたにも信玄公を誉め奉ると申し、
書き下し
近代我等式身にかけて多く候、敵味方なれども越後謙信は信玄をほむる、信玄家にては輝虎をそしらず、ましてそねむ事はなし、近き間のわか手なれども弓矢たけからんと思へば、家康も信玄をほむると聞く、本より信玄公も若手をやさしく思召し、輝虎におとらぬ弓取と家康を誉め給ふ、越後のさたは木熊城の意安、布施其外来りてかたる三河侍も多き中に、山形三郎兵衛同心に小崎三四郎かは山村伝兵衛一条殿にほり無手右術門·中根七右衛門·あさ見〓太夫是れ等は若手に利口者なりと当歳聞く、虚言なく三河のさたにも信玄公を誉め奉ると申し、
現代語訳
近代、我らのような身にかけても多くある。敵味方であっても越後の謙信は信玄を褒める。信玄家では輝虎をそしらない。ましてや妬むことはない。近ごろの若手であっても、弓矢に猛くあろうと思うので、家康も信玄を褒めると聞く。もとより信玄公も若手を殊勝に思し召し、輝虎に劣らない弓取だと家康を褒めなさる。越後の沙汰は木熊城の意安・布施そのほかが来て語る。三河侍も多い中に、山県三郎兵衛の同心に(底本ここ判読しがたい)これらは若手で利口者だと当歳に聞く。偽りなく、三河の沙汰にも信玄公を褒め奉ると申す。
解説
この章句が説くこと
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『茶の本』第五章 芸術鑑賞・美術と考古学の混同なお一つ一般に誤っていることは、美術と考古学の混同である。古物から生ずる崇敬の念は、人間の性質のなかで最もよい特性であって、いっそうこれを涵養したいものである。古の大家は、後世啓発の道を開いたことに対して、当然尊敬をうくべきである。彼らは幾世紀の批評を経て、無傷のままわれわれの時代に至り、今もなお光栄を荷のうているというだけで、われわれは彼らに敬意を表している。が、もしわれわれが、彼らの偉業を単に年代の古きゆえをもって尊んだとしたならば、それは実に愚かなことである。しかもわれわれは、自己の歴史的同情心が、審美的眼識を無視するままに許している。美術家が無事に墳墓におさめられると、われわれは称賛の花を手向けるのである。
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説苑・雜言仲尼曰く、「史鰌に君子の道三つ有り。仕えずして上を敬い、祀らずして鬼を敬い、直にして能く人に曲がる」と。
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史記 管晏列伝越石父賢なるに、縲紲の中に在り。晏子出でて、之に塗に遭ひ、左驂を解きて之を贖ひ、載せて帰る。謝せずして閨に入る。之を久しくして、越石父絶たんことを請ふ。晏子懼然として、衣冠を摂へ、謝して曰く、「嬰不仁と雖も、子を戹より免れしむ。何ぞ子の絶たんを求むるの速やかなるか」と。石父曰く、「然らず。吾聞く、君子は己を知らざる者に詘するも、己を知る者に信ぶ、と。方に吾縲紲の中に在るや、彼我を知らざるなり。夫子既に已にして感寤して我を贖へり。是れ己を知るなり。己を知りて礼無きは、固より縲紲の中に在るに如かず」と。晏子是に於いて延き入れて上客と為す。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「食いて愛せざるは、之を豕交するなり。愛して敬せざるは、之を獸畜するなり。恭敬なる者は、幣の未だ將わざる者なり。恭敬にして實無ければ、君子虚拘す可からず。」
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孟子・公孫丑章句下ち不敬是より大なるは莫し。我は堯舜の道に非ざれば、敢て以て王の前に陳ぜず。故に齊の人は我の王を敬するに如くもの莫きなり。」景子曰く、「否。此の謂に非ざるなり。禮に曰く、『父召せば、諾する無し。君命じて召せば、駕するを俟たず。』固より將に朝せんとするなり。王命を聞きて遂に果さず。宜しく夫の禮と相似ざるが如く然るべし。」曰く、「豈に是を謂わんや。曾子曰く、『晉楚の富は、及ぶ可からざるなり。彼は其の富を以てし、我は吾が仁を以てす。彼は其の爵を以てし、我は吾が義を以てす。吾何ぞ慊せんや。』夫れ豈に不義にして曾子之を言わんや。是れ或は一道なり。天下に達尊三有り。爵一、齒一、德一。朝廷は爵に如くは莫く、鄉黨は齒に如くは莫く、世を輔け民に長たるは徳に如くは莫し。惡くんぞ其の一を有して、以て其の二を慢るを得んや。故に將に大いに為す有らんとするの君は、必ず召さざる所の臣有り。謀ること有らんと欲すれば、則ち之に就く。其の徳を尊び道を樂しむこと、是くの如くならざれば、與に為す有るに足らざるなり。故に湯の伊尹に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして王たり。桓公の管仲に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして霸たり。今、天下、地醜(たぐい)し德齊しく、能く相尚(すぎる)ぐるもの無きは、他無し。其の教うる所を臣とするを好みて、其の教えを受くる所を臣とするを好まず。湯の伊尹に於ける、桓公の管仲に於けるは、則ち敢て召さず。管仲すら且つ猶ほ召す可からず。而るを況んや管仲を為さざる者をや。」
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司馬法・嚴位凡そ戦いは、敬すれば則ち慊(こころよ)し、率(そつ)すれば則ち服す。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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