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茶の本 / 第五章 芸術鑑賞・美術と考古学の混同

なお一つ一般に誤っていることは、美術と考古学の混同である。古物から生ずる崇敬の念は、人間の性質の中で最もよい特性であって、いっそうこれを涵養したいものである。古の大家は、後世啓発の道を開いたことに対して、当然尊敬をうくべきである。彼らは幾世紀の批評を経て、無傷のままわれわれの時代に至り、今もなお光栄を荷のうているというだけで、われわれは彼らに敬意を表している。が、もしわれわれが、彼らの偉業を単に年代の古きゆえをもって尊んだとしたならば、それは実に愚かなことである。しかもわれわれは、自己の歴史的同情心が、審美的眼識を無視するままに許している。美術家が無事に墳墓におさめられると、われわれは称賛の花を手向けるのである。

書き下し

なお一つ一般に誤っていることは、美術と考古学の混同である。古物から生ずる崇敬の念は、人間の性質のなかで最もよい特性であって、いっそうこれを涵養したいものである。古の大家は、後世啓発の道を開いたことに対して、当然尊敬をうくべきである。彼らは幾世紀の批評を経て、無傷のままわれわれの時代に至り、今もなお光栄を荷のうているというだけで、われわれは彼らに敬意を表している。が、もしわれわれが、彼らの偉業を単に年代の古きゆえをもって尊んだとしたならば、それは実に愚かなことである。しかもわれわれは、自己の歴史的同情心が、審美的眼識を無視するままに許している。美術家が無事に墳墓におさめられると、われわれは称賛の花を手向けるのである。

現代語訳

もう一つ一般に誤っていることは、美術と考古学の混同です。古い物から生じる崇敬の念は、人の性質の中で最もよい特性であって、もっと養いたいものです。古の大家は、後世を啓発する道を開いたことに対して当然尊敬を受けるべきです。彼らは何世紀もの批評を経て無傷のまま私たちの時代にいたり、今もなお栄光を担っているというだけで、私たちは敬意を表しています。しかし、もし彼らの偉業を単に年代が古いという理由で尊んだとしたら、それは実に愚かなことです。しかも私たちは、自分の歴史的な思い入れが美的な眼識を無視するのを許しています。美術家が無事に墓に納まると、私たちは称賛の花を手向けるのです。

解説

最後の一行が辛辣です。美術家が墓に入ってから、私たちは花を手向ける。生きている間は評価せず、死んでから褒める。古いから尊いとする態度が、同時代の作品を見る目を殺しているという指摘で、次の段の博物館批判、そして章末の同時代美術への呼びかけへとつながります。古物への敬意そのものは人の最もよい特性だと認めているのが公平なところです。

この章句が説くこと

古物同時代評価混同敬意

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