甲陽軍鑑 / 品第十三
又其比とうぎり·しやうぎり·松ぎり·藤ぎり·櫻ぎりとて五人の白拍子あり、此下にいたいけ美人しづさと美人などゝて七八人もあり、其中櫻ぎりはすがの大膳、藤ぎりは上原兵庫、兩人が二人の白拍子にちなみ、內々にて日夜の遊山故、諸侍悉く兩人をまねび行儀わろき事中々申すに絕へたり、爰をひとつ高坂彈正が口すさびに申し置くをきゝ給へ、長坂長閑·跡部大炊助殿、
新字:又其比とうぎり·しやうぎり·松ぎり·藤ぎり·桜ぎりとて五人の白拍子あり、此下にいたいけ美人しづさと美人などゝて七八人もあり、其中桜ぎりはすがの大膳、藤ぎりは上原兵庫、両人が二人の白拍子にちなみ、内々にて日夜の遊山故、諸侍悉く両人をまねび行儀わろき事中々申すに絶へたり、爰をひとつ高坂弾正が口すさびに申し置くをきゝ給へ、長坂長閑·跡部大炊助殿、
書き下し
又其比とうぎり·しやうぎり·松ぎり·藤ぎり·桜ぎりとて五人の白拍子あり、此下にいたいけ美人しづさと美人などゝて七八人もあり、其中桜ぎりはすがの大膳、藤ぎりは上原兵庫、両人が二人の白拍子にちなみ、内々にて日夜の遊山故、諸侍悉く両人をまねび行儀わろき事中々申すに絶へたり、爰をひとつ高坂弾正が口すさびに申し置くをきゝ給へ、長坂長閑·跡部大炊助殿、
現代語訳
またそのころ、とうぎり・しょうぎり・松ぎり・藤ぎり・桜ぎりといって五人の白拍子がいた。その下に、いたいけ美人・しずさと美人などといって七八人もいる。その中で桜ぎりはすがの大膳、藤ぎりは上原兵庫と、両人が二人の白拍子になじみ、内々で日夜遊山をするので、諸侍はことごとく両人を真似て、行儀の悪いことはなかなか言い尽くせない。ここを一つ、高坂弾正の口ずさみに申し置くのを聞きなさい。長坂長閑・跡部大炊助殿。
解説
この章句が説くこと
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