牧民忠告 / 宣化
諸民有旌表及學行異眾者,時加存慰,為勸必多。
新字:諸民有旌表及学行異衆者,時加存慰,為勧必多。
書き下し
諸民に旌表(せいひょう)及び學行眾に異なる者有らば、時に存慰(そんい)を加えれば、勸を為すこと必ず多からん。
現代語訳
民の中で表彰に値する者、あるいは学問や行いが人並み外れて優れた者があれば、時にこれをねぎらい励ませば、人々を奮い立たせる効果はきっと大きいだろう。
解説
「示勸」は、善行や優れた学問・行いを持つ者を積極的に慰労し表彰することの効果を説く短い一条である。張養浩は、罰による抑止だけでなく、模範となる人物を可視化し称えることが、地域全体の風紀を高める力を持つと考えている。人は罰よりも称賛によって動かされる側面が大きく、模範を示すことは間接的に多くの人を導く。現代の組織運営においても、優れた成果や行動を上げた人物を積極的に評価し公にすることは、本人のみならず周囲への波及効果を持つ。管理職は問題の是正だけでなく、良い模範を見つけて称える機会を意識的に作る必要がある。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
示勧表彰模範動機づけ
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