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甲陽軍鑑 / 品第十二

古語ニ曰ク水流レテ元入海ニ月落ヲテ不離天ヲと有るごとく、時により町人侍の眞似を仕つりても、商人の意地失せずしてケ樣の威勢の認往々時物をしため奧々引つこまんと思ふて、武士道の役に立つこと聊かもなし、無分別にて口たけて、もとより町人なれば、商利錢のことには金言妙句を申し、武道はしらねども時のはゞに任せ、無案內成る男道の穿鑿中々おかしき事なれども、金銀を以て萬を宜しういたし、家のおとな出頭衆其の外皆歴々の人々に付き合ひ、能く思はるべき傍輩百人は九十五人此の町人の形儀になる、

新字:古語ニ曰ク水流レテ元入海ニ月落ヲテ不離天ヲと有るごとく、時により町人侍の真似を仕つりても、商人の意地失せずしてケ様の威勢の認往々時物をしため奥々引つこまんと思ふて、武士道の役に立つこと聊かもなし、無分別にて口たけて、もとより町人なれば、商利銭のことには金言妙句を申し、武道はしらねども時のはゞに任せ、無案内成る男道の穿鑿中々おかしき事なれども、金銀を以て万を宜しういたし、家のおとな出頭衆其の外皆歴々の人々に付き合ひ、能く思はるべき傍輩百人は九十五人此の町人の形儀になる、

書き下し

古語ニ曰ク水流レテ元入海ニ月落ヲテ不離天ヲと有るごとく、時により町人侍の真似を仕つりても、商人の意地失せずしてケ様の威勢の認往々時物をしため奥々引つこまんと思ふて、武士道の役に立つこと聊かもなし、無分別にて口たけて、もとより町人なれば、商利銭のことには金言妙句を申し、武道はしらねども時のはゞに任せ、無案内成る男道の穿鑿中々おかしき事なれども、金銀を以て万を宜しういたし、家のおとな出頭衆其の外皆歴々の人々に付き合ひ、能く思はるべき傍輩百人は九十五人此の町人の形儀になる、

現代語訳

古語に「水流れて元海に入り、月落ちて天を離れず」とあるように、時により町人が侍の真似をしても、商人の意地は失せずして、(「ケ樣の威勢の認往々時物をしため」の句は底本ここ判読しがたい)奥へ引っ込もうと思って、武士道の役に立つことは少しもない。無分別で口達者で、もとより町人なので、商いの利銭のことには金言妙句を申し、武道は知らないけれども時の勢いに任せて、不案内な男道の穿鑿をするのはまことにおかしいことであるが、金銀をもって万事をよろしくし、家の年寄・出頭衆その他皆歴々の人々と付き合い、よく思われようとする傍輩百人のうち九十五人は、この町人の形儀になる。

解説

水は流れてもやがて海に帰り、月は沈んでも天を離れないという古語で、人の本性は立場が変わっても抜けないと言う。商人の意地のまま侍の真似をしても武の役には立たず、利銭の話では雄弁でも武道の穿鑿は的外れである。それでも金銀で要人と付き合えば、周囲の九十五人がその型を真似る。問題は一人の成り上がりではなく、それが手本になってしまう構造にある。立場より先に、根の意地を見る目が要る。

この章句が説くこと

本性欲家風手本武士道傍輩

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