甲陽軍鑑 / 品第十一
時にあたり時めく衆を輕薄に譽たる者どもは、無分別にて義理なき故餘所へ行きて若し能き作法の主を賴み、そこにては酒に醉て覺めたる樣に、跡のことを忠ひ出し始めて惡きと知り利根だてを仕つり、口に任せて前の主を惡しういふ、此人々は分別なふして義理をもしらず、何の役にも立たぬ侍どもならん、右の戯けたる大將の下には、十人の者九人へつらうて、惡き樣子の人斗り多し、多きも是れ尤も成るべし、其主君の家風にて萬事逆成る故、
新字:時にあたり時めく衆を軽薄に誉たる者どもは、無分別にて義理なき故余所へ行きて若し能き作法の主を頼み、そこにては酒に酔て覚めたる様に、跡のことを忠ひ出し始めて悪きと知り利根だてを仕つり、口に任せて前の主を悪しういふ、此人々は分別なふして義理をもしらず、何の役にも立たぬ侍どもならん、右の戯けたる大将の下には、十人の者九人へつらうて、悪き様子の人斗り多し、多きも是れ尤も成るべし、其主君の家風にて万事逆成る故、
書き下し
時にあたり時めく衆を軽薄に誉たる者どもは、無分別にて義理なき故余所へ行きて若し能き作法の主を頼み、そこにては酒に酔て覚めたる様に、跡のことを忠ひ出し始めて悪きと知り利根だてを仕つり、口に任せて前の主を悪しういふ、此人々は分別なふして義理をもしらず、何の役にも立たぬ侍どもならん、右の戯けたる大将の下には、十人の者九人へつらうて、悪き様子の人斗り多し、多きも是れ尤も成るべし、其主君の家風にて万事逆成る故、
現代語訳
時に当たって時めく衆を軽薄に褒めていた者どもは、無分別で義理がないゆえに、よそへ行ってもし良い作法の主を頼めば、そこでは酒に酔って覚めたように、前のことを思い出し、初めて悪かったと知って利口ぶり、口に任せて前の主を悪く言う。この人々は分別がなくて義理をも知らず、何の役にも立たぬ侍どもであろう。右の戯けた大将の下では、十人の者のうち九人はへつらって、悪い様子の人ばかりが多い。多いのももっともなことであろう。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第十一悪しきとても件の家中にて諸人、其出頭人馳廻りの者をほむるは是又道理、たとへば朱を綺ふて指の赤くなり、墨を綺ふ人手の黒く成、心に十年と左様の家中にあれば、大方家のふりに成なり、其ふりにならずして、利発なる賢人は分別有る故、其家に堪忍の間善悪のさた少もいはず、殊に其人は右の家を出て、よその主君を頼みても、義理を用て始めの家中善悪を猶以ていはず扨て又不賢はあしき作法をも知らずして、
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『甲陽軍鑑』品第十一それをいかるも馬鹿大将なり、かく馬鹿成る大将の下にて、奉公人上中下共に様子を見聞くに、前代よりの家老には能人はあれ共、当時の出頭人に若しや支られやせんとて、よきことを存じ出し候てあれども、物いはず大将たはけ給ふにより、人を見知り給はずして、分別なき不賢どもを召集めて、崇敬有る故、其衆善悪の弁もなく、只手抦成る分別有りて如此仕合能立身すると、證拠もなき誉を思ひ、我身に高慢の意地は二六時中に専なり、惣別小身成者の虚たるは、其伴人戯なり、殊に大名の馬鹿成は其下にて出頭仕る衆戯なり、
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『甲陽軍鑑』品第十一我てまへの善悪をも弁へざるをさして智恵をぬすまること申す、又善悪を弁へたるといふて、我をはむる人を軽薄者とていかり給ふ大将も有るべし、それも悪しき分別なり、何たる大名とても異見申上る家老はおほうして五人、さては三人ならでなき者なり、其余は皆主君に軽薄申さずんば有るべからず、
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『甲陽軍鑑』品第十一虚は必先分別たて有てゲヲも一切分別は少もなし、下〓の喩に牛は牛つれ馬は馬連と申す如く、我に等しき者に諸役を申付るにより、馳り廻る程の人皆たはけなり、其者どもをも其家にては、健人分別者哉利発人などこ云て誉る子細は、其下にすめば先其大将をよく云とては必出頭人をほむる、出頭人を誉れば出頭人目利の者どもをも、各々誉めてまはる、悪き人をも能き人哉と邪慾の諸人申と云へども、其家中斗りにてのこと余所にては人が笑ふなり、中にも其家破れて後、末代迄もあしき喩には其家のさはう其大将を申ならはし候、
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『甲陽軍鑑』品第十一其被官衆は大将得給ふことも得ぬこともみな能と誉る者なり、誉るは尤も道理にて有り、抑も大名の智恵をば下のもの偸盗まれざるをよき大将と云ふ、盗まるゝは是ればか大将といふ、其ぬすむと申は主君のあそばすことをば、上手に被成をも、あしう下手に被成をも、被官と成てはさて見事聞くこと哉と各ほめ候、能き大将は分別まし〳〵て、我し給ふ義にも、し得仕受けたる事をほむるは道理と思ひ、しうけざることをほむるは我への馳走に、時の挨拶と心得らるゝを盗まれぬとはいふぞ、人々の誉るにのり、
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『甲陽軍鑑』品第四十一もとより礼儀をつかふて身を立る人々は、心むさければいたつて大将の御ためも存ぜず、当座々々のよろこびを専らまほり、民のつまりもしらず詔ひ取て蔵につめ、或は女人を引付て気に入、是を忠節といたして慇懃なる様にて出頭衆計にかどみ廻り、諸人には殊の外慮外仕る体の、かたましき者共は只の時計り大将を執し奉り、大事の時少も用にたつ走迴りなうして、法度をきかず候也、