講孟余話 / 告子下 第六章
昔者王豹處於淇、而河西善謳、緜駒處於高唐、而斉右善歌、華周杞梁之妻、善哭其夫、而変國俗、有諸内必形諸外、爲其事、而無其功者、髠未嘗覩之也、此一段淳于髠ノ言ト云トモ、甚愉快ナリ、余野山獄ニ在ル時、常々斯語ヲ念誦シ、誓テ獄中ノ風習ヲ一変セント欲ス、而シテ才踈力弱、且獄ニ在ルコト久カラス、遂ニ成功ヲ見ルニ至ラズ、王豹緜駒華杞之妻ニ愧ルモ亦甚シ、然トモ斯語ノ如キハ、今ニ至テ常ニ胸中ニ往來ス、故ニ茲ニ抄ス、意ナキニ非ズト云フ、華周杞梁二人、莒ニ戰死セシコト、說苑立節篇ニ見ユ、今文長キヲ以テ茲ニ畧ス、二人ノ事固ヨリ中道ニ非レ共、頗ル皇國ノ武士ノ意氣アリ、往テ一見シ、怯懦無恥ノ者ヲ勵スヘシ、
新字:昔者王豹処於淇、而河西善謳、緜駒処於高唐、而斉右善歌、華周杞梁之妻、善哭其夫、而変国俗、有諸内必形諸外、為其事、而無其功者、髠未嘗睹之也、此一段淳于髠ノ言ト云トモ、甚愉快ナリ、余野山獄ニ在ル時、常々斯語ヲ念誦シ、誓テ獄中ノ風習ヲ一変セント欲ス、而シテ才疎力弱、且獄ニ在ルコト久カラス、遂ニ成功ヲ見ルニ至ラズ、王豹緜駒華杞之妻ニ愧ルモ亦甚シ、然トモ斯語ノ如キハ、今ニ至テ常ニ胸中ニ往来ス、故ニ茲ニ抄ス、意ナキニ非ズト云フ、華周杞梁二人、莒ニ戦死セシコト、説苑立節篇ニ見ユ、今文長キヲ以テ茲ニ略ス、二人ノ事固ヨリ中道ニ非レ共、頗ル皇国ノ武士ノ意気アリ、往テ一見シ、怯懦無恥ノ者ヲ励スヘシ、
書き下し
「昔者王豹淇に処りて、河西謳ふことを善くし、緜駒高唐に処りて、斉右歌ふことを善くす。華周・杞梁の妻、善く其の夫を哭して、国俗を変ず。諸を内に有れば必ず諸を外に形す。其の事を為して、其の功無き者は、髡未だ嘗て之を覩ず」。此の一段淳于髡の言と云へども、甚だ愉快なり。余野山獄に在る時、常々斯の語を念誦し、誓つて獄中の風習を一変せんと欲す。而して才疎く力弱く、且つ獄に在ること久しからず、遂に成功を見るに至らず。王豹・緜駒・華杞の妻に愧づるも亦甚だし。然れども斯の語の如きは、今に至りて常に胸中に往来す。故に茲に抄す、意なきに非ずと云ふ。華周・杞梁二人、莒に戦死せしこと、説苑立節篇に見ゆ。今文長きを以て茲に略す。二人の事固より中道に非ざれども、頗る皇国の武士の意気あり。往きて一見し、怯懦無恥の者を励ますべし。
現代語訳
「昔、王豹が淇水のほとりに住むと、河西の人々は歌がうまくなり、緜駒が高唐に住むと、斉の西部の人々は歌がうまくなった。華周と杞梁の妻は、夫の死を見事に泣き悲しんで、国の風俗を変えた。内に持っているものは必ず外に現れる。その事をしてその功がない者を、私髡はまだ見たことがない」。この一段は淳于髡の言葉ではあるが、たいへん痛快である。私は野山獄にいたとき、いつもこの言葉を唱え、獄中の風習を一変させようと誓った。しかし才は乏しく力は弱く、そのうえ獄にいたのも長くなかったので、ついに成果を見るには至らなかった。王豹・緜駒・華周杞梁の妻に恥じることはなはだしい。けれどもこの言葉は、今でもいつも胸の中を行き来している。だからここに書き抜いた。意味がないわけではない。華周と杞梁の二人が莒で戦死したことは『説苑』立節篇に見える。今は文が長いので省く。二人のことはもとより中庸の道ではないが、大いにわが国の武士の意気がある。読んでみて、臆病で恥知らずな者を励ますとよい。
解説
この章句が説くこと
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