国語 / 越語下
三年,而吳人遣之。歸及至於國,王問於范蠡曰:「節事奈何?」對曰:「節事者與地。唯地能包萬物以為一,其事不失。生萬物,容畜禽獸,然後受其名而兼其利。美惡皆成,以養其生。時不至,不可彊生;事不究,不可彊成。自若以處,以度天下,待其來者而正之,因時之所宜而定之。同男女之功,除民之害,以避天殃。田野開闢,府倉實,民眾殷。無曠其眾,以為亂梯。時將有反,事將有閒,必有以知天地之恆制,乃可以有天下之成利。事無閒,時無反,則撫民保教以須之。」 王曰:「不穀之國家,蠡之國家也,蠡其圖之!」對曰:「四封之內,百姓之事,時節三樂,不亂民功,不逆天時,五穀睦熟,民乃蕃滋,君臣上下交得其志,蠡不如種也。四封之外,敵國之制,立斷之事,因陰陽之恆,順天地之常,柔而不屈,彊而不剛,德虐之行,因以為常;死生因天地之刑,天因人,聖人因天;人自生之,天地形之,聖人因而成之。是故戰勝而不報,取地而不反,兵勝於外,福生於內,用力甚少而名聲章明,種亦不如蠡也。」王曰:「諾。」令大夫種為之。
新字:三年,而呉人遣之。帰及至於国,王問於范蠡曰:「節事奈何?」対曰:「節事者与地。唯地能包万物以為一,其事不失。生万物,容畜禽獣,然後受其名而兼其利。美悪皆成,以養其生。時不至,不可彊生;事不究,不可彊成。自若以処,以度天下,待其来者而正之,因時之所宜而定之。同男女之功,除民之害,以避天殃。田野開闢,府倉実,民衆殷。無曠其衆,以為乱梯。時将有反,事将有閒,必有以知天地之恒制,乃可以有天下之成利。事無閒,時無反,則撫民保教以須之。」 王曰:「不穀之国家,蠡之国家也,蠡其図之!」対曰:「四封之内,百姓之事,時節三楽,不乱民功,不逆天時,五穀睦熟,民乃蕃滋,君臣上下交得其志,蠡不如種也。四封之外,敵国之制,立断之事,因陰陽之恒,順天地之常,柔而不屈,彊而不剛,徳虐之行,因以為常;死生因天地之刑,天因人,聖人因天;人自生之,天地形之,聖人因而成之。是故戦勝而不報,取地而不反,兵勝於外,福生於内,用力甚少而名声章明,種亦不如蠡也。」王曰:「諾。」令大夫種為之。
書き下し
三年にして、呉人之を遣(かえ)す。帰りて国に至るに及び、王范蠡に問いて曰く、「事を節すること奈何」と。対えて曰く、「事を節する者は地に与す。唯地のみ能く万物を包みて以て一と為し、其の事失わず。万物を生じ、禽獣を容畜して、然る後に其の名を受けて其の利を兼ぬ。美悪皆成りて、以て其の生を養う。時至らざれば、彊(し)いて生ずべからず。事究(きわ)まらざれば、彊いて成すべからず。自若として以て処り、以て天下を度り、其の来たる者を待ちて之を正し、時の宜しき所に因りて之を定む。男女の功を同じくし、民の害を除き、以て天殃を避く。田野開闢し、府倉実ち、民衆殷(さか)んなり。其の衆を曠(むな)しくして、以て乱の梯と為すこと無かれ。時将に反(かえ)ること有らんとし、事将に閒(すき)有らんとす。必ず以て天地の恒制を知ること有りて、乃ち以て天下の成利を有つべし。事に閒無く、時に反無くんば、則ち民を撫し教えを保ちて以て之を須て」と。 王曰く、「不穀の国家は、蠡の国家なり。蠡其れ之を図れ」と。対えて曰く、「四封の内、百姓の事、時に三楽を節し、民の功を乱さず、天の時に逆らわず、五穀睦熟して、民乃ち蕃滋し、君臣上下交々(こもごも)其の志を得るは、蠡種に如かざるなり。四封の外、敵国の制、立断の事、陰陽の恒に因り、天地の常に順い、柔にして屈せず、彊にして剛ならず、徳虐の行い、因りて以て常と為し、死生は天地の刑(のり)に因る。天は人に因り、聖人は天に因る。人自ら之を生じ、天地之を形(あら)わし、聖人因りて之を成す。是の故に戦い勝ちて報いられず、地を取りて反さず、兵外に勝ちて、福内に生じ、力を用うること甚だ少なくして名声章明なるは、種も亦蠡に如かざるなり」と。王曰く、「諾」と。大夫種をして之を為さしむ。
現代語訳
三年たって、呉は句践を越に帰した。国に帰り着くと、王は范蠡に尋ねた。「事をほどよく制するとは、どうすることか」。范蠡は答えた。「事をほどよく制するには、地に倣うのです。ただ地だけが万物を包みこんで一つとし、その営みを損なうことがありません。万物を生み、鳥獣を受け入れて養い、そのうえで万物を生むという名を受け、その利をあわせ持ちます。美しいものも醜いものもみな育てて、それぞれの生を養うのです。時が至らなければ、無理に生じさせることはできません。事が窮まらなければ、無理に成し遂げることはできません。ふだんのままに落ち着いて構え、天下の形勢を見はかり、向こうから来るものを待ってそれを正し、時の宜しきに従ってそれを定めるのです。男は耕し女は織る仕事を等しく励ませ、民の害を除いて、天の災いを避けます。そうすれば田野は開け、蔵には財貨と穀物が満ち、民は増えて栄えます。民を遊ばせて困窮させ、乱のきざはしをつくってはなりません。やがて天の時が巡り返り、呉の側にすきが生じるときが来ます。天地の変わらぬ法則を知っていてこそ、天下の大きな利を手にすることができるのです。呉にすきがなく、天の時もまだ巡ってこないうちは、民をいたわり教えを保って、その時を待つのです」 王は言った。「わたしの国家は、あなたの国家でもある。あなたが治めてくれ」。范蠡は答えた。「国境の内の民の事、すなわち三つの季節の農事をほどよく勧めて民が仕事を楽しむようにし、民の仕事を乱さず、天の時に逆らわず、五穀をよく実らせて民を増やし、君臣上下がともに志を遂げられるようにすることについては、私は種に及びません。国境の外で敵国を相手に、その場で決断すべき事、すなわち陰陽の変わらぬ理に従い、天地の常なる道に沿い、柔らかでも屈せず、強くても剛に走らず、恩徳と懲罰の使い分けを常の法とし、殺すも生かすも天地の法に従うこと。天は人の行いに応じて禍福を下し、聖人は天の示すところに従います。人が自ら事を起こし、天地がその吉凶を形に現し、聖人はそれに従って事を成し遂げます。だからこそ、戦に勝っても相手に報復されず、土地を取っても取り返されず、兵は外で勝ち、福は内に生まれ、力をほとんど使わずに名声が輝くのです。これについては、種もまた私に及びません」。王は「わかった」と言い、大夫種に国内の政を任せた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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国語・越語下越王句践即位して三年にして呉を伐たんと欲す。范蠡進み諫めて曰く、「夫れ国家の事には、盈(えい)を持する有り、傾(けい)を定むる有り、事を節する有り」と。王曰く、「三者を為すこと、奈何」と。対えて曰く、「盈を持する者は天に与(くみ)し、傾を定むる者は人に与し、事を節する者は地に与す。王問わざれば、蠡敢えて言わず。天道は盈ちて溢れず、盛んにして驕らず、労して其の功に矜(ほこ)らず。夫れ聖人は時に随いて以て行う。是を時を守ると謂う。天時作(おこ)らざれば、人の客と為らず。人事起こらざれば、之が始めを為さず。今君王未だ盈たずして溢れ、未だ盛んならずして驕り、労せずして其の功に矜り、天時作らずして先ず人の客と為り、人事起こらずして創(はじ)めて之が始めを為す。此れ天に逆らいて人に和せず。王若し之を行わば、将に国家を妨げ、王の躬身を靡(そこな)わんとす」と。王聴かず。 范蠡進み諫めて曰く、「夫れ勇は、逆徳なり。兵は、凶器なり。争いは、事の末なり。陰謀して徳に逆らい、好んで凶器を用い、人に始むる者は、人の卒(お)うる所なり。淫佚の事は、上帝の禁なり。先に此を行う者は、利あらず」と。王曰く、「是の貳言(じげん)無かれ。吾已に之を断ず」と。果たして師を興して呉を伐ち、五湖に戦いて勝たず、会稽に棲む。 王范蠡を召して問いて曰く、「吾子の言を用いずして、以て此に至る。之を為すこと奈何」と。范蠡対えて曰く、「君王其れ之を忘れたるか。盈を持する者は天に与し、傾を定むる者は人に与し、事を節する者は地に与す」と。王曰く、「人に与すること奈何」と。対えて曰く、「辞を卑くし礼を尊くし、玩好・女楽をもてし、之を尊ぶに名を以てす。此の如くして已まずんば、又身ら之と市(か)えよ」と。王曰く、「諾」と。乃ち大夫種をして成を呉に行わしめて曰く、「請う士の女は士に女わせ、大夫の女は大夫に女わせ、之に随うるに国家の重器を以てせん」と。呉人許さず。大夫種来たりて復た往きて曰く、「請う管籥(かんやく)を委ねて国家を属(しょく)し、身を以て之に随い、君王之を制せよ」と。呉人許諾す。王曰く、「蠡我が為に国を守れ」と。対えて曰く、「四封の内、百姓の事は、蠡種に如かざるなり。四封の外、敵国の制、立断の事は、種も亦蠡に如かざるなり」と。王曰く、「諾」と。大夫種をして国を守らしめ、范蠡と呉に入りて宦(つか)う。
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国語・越語下又一年、王范蠡を召して問いて曰く、「吾子と呉を謀るに、子曰く、『未だ可ならざるなり』と。今其の稲蟹(とうかい)種を遺さず。其れ可ならんか」と。対えて曰く、「天応至れり。人事未だ尽きざるなり。王姑く之を待て」と。王怒りて曰く、「道固より然るか。妄(みだ)りに其れ不穀を欺くか。吾子と人事を言えば、子我に応ずるに天時を以てす。今天応至れば、子我に応ずるに人事を以てす。何ぞや」と。范蠡対えて曰く、「王姑く怪しむこと勿かれ。夫れ人事は必ず将に天地と相参(まじ)わりて、然る後に乃ち以て功を成すべし。今其の禍新たにして民恐る。其の君臣上下、皆其の資財の以て長久を支うるに足らざるを知る。彼将に其の力を同じくし、其の死を致さんとす。猶尚お殆(あや)うし。王其れ且(しばら)く馳騁弋猟(ちていよくりょう)すれども、禽荒に至ること無かれ。宮中の楽しみも、酒荒に至ること無かれ。肆(ほしいまま)に大夫と觴飲(しょういん)すれども、国常を忘るること無かれ。彼其の上将に其の徳を薄くせんとし、民将に其の力を尽くさんとし、又之をして望みて食を得ざらしめば、乃ち以て天地の殛(きょく)を致すべし。王姑く之を待て」と。
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国語・越語下玄月に至りて、王范蠡を召して問いて曰く、「諺に之れ有り、曰く、『觥飯(こうはん)は壺飧(こそん)に及ばず』と。今歳晩(く)れたり。子将に奈何せんとする」と。対えて曰く、「君王の言微(な)かりせば、臣故より将に之を謁(こ)わんとせり。臣聞く、時に従う者は、猶お火を救い、亡人を追うがごとし。蹶(はし)りて之に趨(おもむ)くも、唯及ばざらんことを恐ると」と。王曰く、「諾」と。遂に師を興して呉を伐ち、五湖に至る。 呉人之を聞き、出でて戦いを挑み、一日に五たび反(かえ)る。王忍びず、之を許さんと欲す。范蠡進み諫めて曰く、「夫れ之を廊廟に謀りて、之を中原に失う。其れ可ならんや。王姑く許すこと勿かれ。臣之を聞く、時を得ては怠ること無かれ、時は再び来たらず、天予うるに取らざれば、反って之が災いを為すと。贏縮(えいしゅく)転化すれば、後に将に悔いんとす。天節固より然り。唯謀のみ遷らず」と。王曰く、「諾」と。許さず。 范蠡曰く、「臣聞く、古の善く兵を用うる者は、贏縮以て常と為し、四時以て紀と為し、天極を過ぐること無く、数を究めて止む。天道皇皇として、日月以て常と為す。明なる者は以て法と為し、微なる者は則ち是れ行う。陽至りて陰、陰至りて陽。日困(きわ)まりて還り、月盈ちて匡(か)く。古の善く兵を用うる者は、天地の常に因りて、之と倶に行う。後るれば則ち陰を用い、先んずれば則ち陽を用う。近ければ則ち柔を用い、遠ければ則ち剛を用う。後るるも陰蔽無く、先んずるも陽察無く、人を用うるに藝(げい)無し。往きて其の所に従い、剛彊以て禦がば、陽節尽きず、其の野に死せず。彼来たりて我に従わば、固く守りて与にすること勿かれ。若し将に之と与にせんとせば、必ず天地の災いに因り、又其の民の饑飽労逸を観て以て之を参(まじ)えよ。其の陽節を尽くし、吾が陰節を盈たして之を奪え。宜しく人の客と為るべきは、剛彊にして力疾(すみ)やかなり。陽節尽きずんば、軽くして取るべからず。宜しく人の主と為るべきは、安徐にして重固なり。陰節尽きずんば、柔にして迫るべからず。凡そ陳の道は、右を設けて以て牝と為し、左を益して以て牡と為し、蚤晏(そうあん)失うこと無く、必ず天道に順い、周旋して究まること無し。今其の来たるや、剛彊にして力疾やかなり。王姑く之を待て」と。王曰く、「諾」と。与に戦わず。
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国語・越語下四年、王范蠡を召して問いて曰く、「先人世に就き、不穀位に即く。吾年既に少(わか)く、未だ恒常有らず。出でては則ち禽荒(きんこう)し、入りては則ち酒荒す。吾百姓を之れ図らず、唯舟と車とのみ。上天禍を越に降し、制を呉に委ぬ。呉人の不穀に那(お)けるや、亦又甚だし。吾子と之を謀らんと欲す。其れ可ならんか」と。対えて曰く、「未だ可ならざるなり。蠡之を聞く、上帝考(な)さずんば、時の反るを是れ守れ、彊いて索(もと)むる者は不祥なりと。時を得て成さざれば、反って其の殃(わざわい)を受く。徳を失い名を滅ぼし、流走して死亡す。奪う有り、予(あた)うる有り、予えざる有り。王蚤(はや)く図ること無かれ。夫れ呉は、君王の呉なり。王若し蚤く之を図らば、其の事又将に未だ知るべからざらんとす」と。王曰く、「諾」と。
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史記 越王句践世家句踐范蠡をして国政を治めしめんと欲す、蠡対へて曰く、「兵甲の事は、種は蠡に如かず、国家を填撫し、百姓を親附するは、蠡は種に如かず」と。是に於て国政を挙げて大夫種に属す。
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国語・越語下又一年、王范蠡を召して問いて曰く、「吾子と呉を謀るに、子曰く、『未だ可ならざるなり』と。今呉王楽に淫して其の百姓を忘れ、民の功を乱し、天の時に逆らう。讒を信じ優を喜び、輔を憎み弼を遠ざく。聖人出でず、忠臣骨を解く。皆曲げて相御(ぎょ)し、適(まさ)に相非とする莫く、上下相偸(ぬす)む。其れ可ならんか」と。対えて曰く、「人事至れり。天応未だしなり。王姑く之を待て」と。王曰く、「諾」と。
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