国語 / 呉語
吳王昏乃戒,令秣馬食士。夜中,乃令服兵擐甲,係馬舌,出火灶,陳士卒百人,以為徹行百行。行頭皆官師,擁鐸拱稽,建肥胡,奉文犀之渠。十行一嬖大夫,建旌提鼓,挾經秉枹。十旌一將軍,載常建鼓,挾經秉枹。萬人以為方陣,皆白裳、白旂、素甲、白羽之矰,望之如荼。王親秉鉞,載白旗以中陳而立。左軍亦如之,皆赤裳、赤旟、丹甲、朱羽之矰,望之如火。右軍亦如之,皆玄裳、玄旗、黑甲、烏羽之矰,望之如墨。為帶甲三萬,以勢攻,雞鳴乃定。既陳,去晉軍一里。昧明,王乃秉枹,親就鳴鐘鼓、丁寧、錞于振鐸,勇怯盡應,三軍皆譁釦以振旅,其聲動天地。 晉師大駭不出,周軍飭壘,乃令董褐請事,曰:「兩君偃兵接好,日中為期。今大國越錄,而造於弊邑之軍壘,敢請亂故。」 吳王親對之曰:「天子有命,周室卑約,貢獻莫入,上帝鬼神而不可以告。無姬姓之振也,徒遽來告。孤日夜相繼,匍匐就君。君今非王室不平安是憂,億負晉眾庶,不式諸戎、狄、楚、秦;將不長弟,以力征一二兄弟之國。孤欲守吾先君之班爵,進則不敢,退則不可。今會日薄矣,恐事之不集,以為諸侯笑。孤之事君在今日,不得事君亦在今日。為使者之無遠也,孤用親聽命於藩籬之外。」
新字:呉王昏乃戒,令秣馬食士。夜中,乃令服兵擐甲,係馬舌,出火灶,陳士卒百人,以為徹行百行。行頭皆官師,擁鐸拱稽,建肥胡,奉文犀之渠。十行一嬖大夫,建旌提鼓,挟経秉枹。十旌一将軍,載常建鼓,挟経秉枹。万人以為方陣,皆白裳、白旂、素甲、白羽之矰,望之如荼。王親秉鉞,載白旗以中陳而立。左軍亦如之,皆赤裳、赤旟、丹甲、朱羽之矰,望之如火。右軍亦如之,皆玄裳、玄旗、黒甲、烏羽之矰,望之如墨。為帯甲三万,以勢攻,鶏鳴乃定。既陳,去晋軍一里。昧明,王乃秉枹,親就鳴鐘鼓、丁寧、錞于振鐸,勇怯尽応,三軍皆譁釦以振旅,其声動天地。 晋師大駭不出,周軍飭塁,乃令董褐請事,曰:「両君偃兵接好,日中為期。今大国越録,而造於弊邑之軍塁,敢請乱故。」 呉王親対之曰:「天子有命,周室卑約,貢献莫入,上帝鬼神而不可以告。無姫姓之振也,徒遽来告。孤日夜相継,匍匐就君。君今非王室不平安是憂,億負晋衆庶,不式諸戎、狄、楚、秦;将不長弟,以力征一二兄弟之国。孤欲守吾先君之班爵,進則不敢,退則不可。今会日薄矣,恐事之不集,以為諸侯笑。孤之事君在今日,不得事君亦在今日。為使者之無遠也,孤用親聴命於藩籬之外。」
書き下し
呉王昏(くれ)に乃ち戒め、馬に秣(まぐさ)かい士に食わしむ。夜中、乃ち兵を服し甲を擐(つらぬ)き、馬の舌を係(つな)ぎ、火を灶(かまど)より出だしめ、士卒百人を陳ねて、以て徹行(てっこう)百行と為す。行頭は皆官師にして、鐸を擁し稽(けい)を拱(と)り、肥胡(ひこ)を建て、文犀(ぶんさい)の渠(きょ)を奉ず。十行に一嬖大夫(へいたいふ)、旌を建て鼓を提げ、経を挟み枹(ばち)を秉る。十旌に一将軍、常(じょう)を載せ鼓を建て、経を挟み枹を秉る。万人以て方陣と為し、皆白裳・白旂(はくき)・素甲・白羽の矰(そう)、之を望めば荼(と)の如し。王親ら鉞(えつ)を秉り、白旗を載せて以て陳に中して立つ。左軍も亦之の如く、皆赤裳・赤旟(せきよ)・丹甲・朱羽の矰、之を望めば火の如し。右軍も亦之の如く、皆玄裳・玄旗・黒甲・烏羽の矰、之を望めば墨の如し。帯甲三万を為し、以て勢攻し、雞鳴いて乃ち定まる。既に陳(つら)ね、晋軍を去ること一里。昧明(まいめい)、王乃ち枹を秉り、親ら就きて鐘鼓・丁寧(ていねい)・錞于(じゅんう)を鳴らし鐸を振るう。勇怯尽く応じ、三軍皆譁釦(かこう)して以て旅を振るい、其の声天地を動かす。 晋の師大いに駭(おどろ)きて出でず。軍を周らし塁を飭(ととの)え、乃ち董褐(とうかつ)をして事を請わしめて曰く、「両君兵を偃(ふ)せて好を接(あ)わせ、日中を期と為す。今大国録(じ)を越えて、弊邑の軍塁に造(いた)る。敢えて乱の故を請う」と。 呉王親ら之に対えて曰く、「天子命有り。周室卑約にして、貢献入る莫く、上帝鬼神にして以て告ぐべからず。姫姓の振(すく)い無きなり。徒遽(とこ)来たりて告ぐ。孤日夜相継ぎ、匍匐して君に就く。君今王室の平安ならざるを是れ憂うるに非ず、晋の衆庶を億負(おくふ)して、諸戎・狄・楚・秦を式(もち)いず。将に長弟せずして、力を以て一二の兄弟の国を征せんとす。孤吾が先君の班爵を守らんと欲す。進めば則ち敢えてせず、退けば則ち可ならず。今会日薄(せま)れり。事の集(な)らずして、以て諸侯の笑いと為らんことを恐る。孤の君に事うるは今日に在り、君に事うるを得ざるも亦今日に在り。使者の遠きこと無からんが為に、孤用(もっ)て親ら命を藩籬の外に聴く」と。
現代語訳
呉王は日暮れに命令を下し、馬に飼い葉を与え、兵士に食事をとらせた。夜半になると、兵に武器を持たせ鎧を着けさせ、馬の舌を縛って声を立てさせないようにし、かまどの火を外に出して明かりとした。兵士百人を一列に並べて一行とし、それを百行つらねた。各行の先頭にはみな士官を立て、音がしないよう鐸(大鈴)を抱え、ほこを手にし、幡を立て、文様のある犀革の盾を捧げ持たせた。十行ごとに下大夫を一人置き、旗を立て鼓を提げ、兵書を脇に挟み、ばちを握らせた。十旗ごとに将軍を一人置き、大旗を車に載せ鼓を立て、兵書を脇に挟み、ばちを握らせた。一万人で一つの方陣をつくり、中軍はみな白い裳(もすそ)、白い旗、白い鎧、白い羽の矢で、遠くから眺めるとまるで一面に咲く白い茅花(つばな)のようであった。王は自ら鉞(まさかり)を握り、白い旗を車に載せて陣の中央に立った。左軍も同じように組み、みな赤い裳、赤い旗、赤い鎧、朱の羽の矢で、眺めると燃えさかる火のようであった。右軍も同じように組み、みな黒い裳、黒い旗、黒い鎧、烏の羽の矢で、眺めると墨のようであった。こうして武装した兵三万で勢いを示して迫り、鶏が鳴くころに布陣を終えた。陣を敷き終えると、晋の軍からわずか一里の距離であった。夜明け前のほの暗いうちに、王は自らばちを取り、鐘や鼓、丁寧(どら)、錞于(青銅の打楽器)を打ち鳴らし、鐸を振った。勇敢な者も臆病な者もこぞってそれに応じ、三軍がいっせいにどよめいて気勢を上げ、その声は天地を揺るがした。 晋の軍は大いに驚いて陣から出ず、陣営の周りを固め塁を整えたうえで、董褐(晋の大夫、司馬寅)を遣わして用件を尋ねさせた。「両国の君は兵を収めて友好を結ぶこととし、正午を会合の刻限と定めておりました。ところが今、貴国は取り決めの順序を越えて、わが軍の塁にまで押し寄せてこられた。この乱れのわけを、あえてお尋ねします」 呉王は自ら答えた。「天子からご命令があった。周の王室は衰えて力が弱まり、諸侯の貢ぎ物も届かず、天帝や鬼神に祭りを告げることさえできない。同姓の姫氏の国々からの救いもない、と。そこで使者が徒歩や早馬で次々に告げに来たのだ。わしは昼夜を継いで、這うようにして君のもとへやって来た。ところが君は今、王室が安らかでないことを憂えもせず、晋の大勢の民を頼んで、戎・狄・楚・秦を討とうともしない。そのうえ長幼の序も守らず、力ずくで同姓の兄弟の国々を攻めている。わしは先君から受け継いだ爵位の序列を守りたい。進んで事を構えようとはせぬが、退くこともできない。いま会合の日が迫っている。事がまとまらずに諸侯の笑いものになることを恐れる。わしが君にお仕えできるかどうかは今日にかかっており、お仕えできないかどうかもまた今日にかかっている。使者に遠い道を行き来させぬよう、わしは自ら君の陣の垣根の外で返事を承ろう」
解説
この章句が説くこと
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国語・呉語董褐将に還らんとするに、王左畸(さき)を称(よ)びて曰く、「少司馬茲(し)と王士五人とを摂(と)らえて、王の前に坐せしめよ」と。乃ち皆進み、自ら客の前に𠜲(くびき)りて以て客に酬(むく)ゆ。 董褐既に命を致し、乃ち趙鞅(ちょうおう)に告げて曰く、「臣呉王の色を観るに、大憂有るに類(に)たり。小なれば則ち嬖妾・嫡子死し、不(しから)ずんば則ち国に大難有り。大なれば則ち越呉に入れるならん。将に毒せんとす。与に戦うべからず。主其れ之に先んずるを許して、以て危うきを待つこと無かれ。然れども徒(いたず)らに許すべからざるなり」と。趙鞅許諾す。 晋乃ち董褐をして復命せしめて曰く、「寡君未だ敢えて兵を観(しめ)して身ら見えず、褐をして復命せしめて曰く、『曩(さき)の君の言に、周室既に卑く、諸侯天子に礼を失う、請う陽卜(ようぼく)に貞(ただ)して、文・武の諸侯を収めんと。孤以下天子に密邇(みつじ)して、罪を逃るる所無く、訊譲(じんじょう)日に至る。曰く、昔呉の伯父失わず、春秋必ず諸侯を率いて以て余一人を顧み在りき。今伯父蛮・荊の虞(うれ)い有り、礼世々続かず。用て孤に命じて礼もて周公を佐け、以て我が一二の兄弟の国に見えしめ、以て君の憂いを休めしむと。今君王を東海に掩(おお)いて、淫名を以て天子に聞こゆ。君に短垣有りて、自ら之を踰(こ)ゆ。況んや蛮・荊は則ち何ぞ周室に有らんや。夫れ命圭(めいけい)に命有り、固より呉伯と曰いて、呉王と曰わず。諸侯是を以て敢えて辞す。夫れ諸侯に二君無く、周に二王無し。君若し天子を卑しむること無く、以て其の不祥を干(おか)さずして、呉公と曰わば、孤敢えて君命に順従して長弟せざらんや』と。許諾す」と。 呉王許諾し、乃ち退きて幕に就きて会す。呉公先ず歃(すす)り、晋侯之に亜(つ)ぐ。呉王既に会し、越の聞こえ愈(いよいよ)章らかなり。斉・宋の己の害と為らんことを恐れ、乃ち王孫雒に命じて先ず勇獲(ゆうかく)と徒師を帥い、以て宋に過賓と為り、以て其の北郛を焚きて之を過ぎしむ。
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国語・呉語是に於いて呉王師を起こし、江北に軍す。越王江南に軍す。越王乃ち其の師を中分して以て左右軍と為し、其の私卒君子六千人を以て中軍と為す。明日将に江に舟戦せんとし、昏に及んで、乃ち左軍をして枚(ばい)を銜(ふく)みて江を泝ること五里にして以て須(ま)たしめ、亦右軍をして枚を銜みて江を踰(わた)ること五里にして以て須たしむ。夜中、乃ち左軍・右軍に命じて江を渉り鼓を鳴らして水に中(あた)りて以て須たしむ。呉の師之を聞きて大いに駭きて曰く、「越人分かれて二師と為り、将に以て我が師を夾攻せんとす」と。乃ち旦を待たず、亦其の師を中分して、将に以て越を禦がんとす。越王乃ち其の中軍をして枚を銜みて潜かに渉り、鼓せず譟(さわ)がずして以て之を襲攻せしむ。呉の師大いに北(に)ぐ。越の左軍・右軍乃ち遂に渉りて之に従い、又大いに之を没(ぼつ)に敗り、又郊に之を敗る。三たび戦いて三たび北げ、乃ち呉に至る。越の師遂に呉国に入り、王台を囲む。 呉王懼れ、人をして成を行わしめて曰く、「昔不穀(ふこく)先に制を越君に委ね、君孤に告げて成を請い、男女服従す。孤越の先君を奈何(いかん)ともする無く、天の不祥を畏れ、敢えて祀を絶たず、君の成を許して、以て今に至る。今孤不道にして、罪を君王に得、君王以て親ら弊邑に辱くす。孤敢えて成を請う。男女服して臣御と為らん」と。越王曰く、「昔天越を以て呉に賜うも、呉受けず。今天呉を以て越に賜う。孤敢えて天の命を聴かずして、君の令を聴かんや」と。乃ち成を許さず。因りて人をして呉王に告げしめて曰く、「天呉を以て越に賜う。孤敢えて受けずんばあらず。民生の長からざるを以て、王其れ死すること無かれ。民の地上に生くるは、寓なり。其れ幾何ぞ。寡人其れ王を甬句東(ようこうとう)に達(いた)さん。夫婦三百、唯王の安んずる所にして、以て王の年を没えよ」と。夫差辞して曰く、「天既に禍を呉国に降す。前後に在らずして、孤の身に当たり、寔に宗廟社稷を失う。凡そ呉の土地人民、越既に之を有てり。孤何を以て天下に視(しめ)さん」と。夫差将に死せんとし、人をして子胥に説(つ)げしめて曰く、「死者をして知ること無からしめば、則ち已む。若し其れ知ること有らば、吾何の面目ありて以て員に見えんや」と。遂に自殺す。 越呉を滅ぼし、上(かみ)上国を征し、宋・鄭・魯・衛・陳・蔡の玉を執る君皆入朝す。夫れ唯能く其の群臣に下りて、以て其の謀を集めしが故なり。
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国語・呉語呉王夫差既に申胥を殺し、歳に稔(みの)らざるに、乃ち師を起こして北征す。闕(うが)ちて深溝を為(つく)り、商・魯の閒に通じ、北は之を沂(き)に属(つら)ね、西は之を済(せい)に属ね、以て晋公午(ご)に黄池(こうち)に会す。 是に於いて越王句践乃ち范蠡(はんれい)・舌庸(ぜつよう)に命じ、師を率いて海に沿い淮を泝(さかのぼ)りて以て呉の路を絶たしむ。王子友を姑熊夷(こゆうい)に敗る。越王句践乃ち中軍を率いて江を泝りて以て呉を襲い、其の郛(ふ)に入り、其の姑蘇を焚き、其の大舟を徙(うつ)す。 呉・晋長を争いて未だ成らず。辺遽(へんきょ)乃ち至り、越の乱を以て告ぐ。呉王懼れ、乃ち大夫を合わせて謀りて曰く、「越不道を為し、其の斉盟に背く。今吾が道路修遠なり。会すること無くして帰ると、会に与(あずか)りて晋を先にすると、孰れか利ならん」と。王孫雒(おうそんらく)曰く、「夫れ危事は歯(よわい)せず。雒敢えて先ず対えん。二者利なる莫し。会すること無くして帰らば、越の聞こえ章(あき)らかならん。民懼れて走り、遠くして正(ゆ)き就く無からん。斉・宋・徐・夷曰わん、『呉既に敗れたり』と。将に溝を夾(はさ)みて我を㢋(う)たんとす。我生命無からん。会して晋を先にせば、晋既に諸侯の柄を執りて以て我に臨み、将に其の志を成して以て天子に見えんとす。吾之を須(ま)つこと能わず、之を去るに忍びず。若し越の聞こえ愈(いよいよ)章らかならば、吾が民叛かんことを恐る。必ず会して之に先んぜよ」と。 王乃ち歩みて王孫雒に就きて曰く、「之に先んずるに、之を図ること将に若何せん」と。王孫雒曰く、「王其れ疑うこと無かれ。吾が道路悠遠なり。必ず二命有ること無くして、焉(すなわ)ち以て事を済すべし」と。王孫雒進み、顧みて諸大夫に揖(ゆう)して曰く、「危事は以て安と為すべからず、死事は以て生と為すべからずんば、則ち智を貴しと為すこと無からん。民の死を悪みて貴富にして以て長く没せんことを欲するや、我と同じ。然りと雖も、彼は其の国に近く、遷(うつ)ること有り。我は慮を絶ち、遷ること無し。彼豈に能く我と此の危事を行わんや。君に事うるの勇謀、此に於いて之を用いよ。今夕必ず挑戦して、以て民心を広くせん。請う王士を励まして、以て其の朋勢を奮わしめよ。之を勧むるに高位重畜を以てし、刑戮を備えて以て其の励まざる者を辱しめ、各々其の死を軽んぜしめよ。彼将に戦わずして我を先にせんとす。我既に諸侯の柄を執らば、歳の穫られざるを以て、誅すること有ること無くして、先ず之を罷めしめば、諸侯必ず説(よろこ)ばん。既にして皆其の地に入らば、王安んじて志を挺(ゆる)め、一日は惕(はや)く、一日は留(おそ)く、以て安んじて王の志を歩ましめよ。必ず設くるに此の民を以て、江・淮の閒に封ぜば、乃ち能く呉に至らん」と。呉王許諾す。
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国語・越語下玄月に至りて、王范蠡を召して問いて曰く、「諺に之れ有り、曰く、『觥飯(こうはん)は壺飧(こそん)に及ばず』と。今歳晩(く)れたり。子将に奈何せんとする」と。対えて曰く、「君王の言微(な)かりせば、臣故より将に之を謁(こ)わんとせり。臣聞く、時に従う者は、猶お火を救い、亡人を追うがごとし。蹶(はし)りて之に趨(おもむ)くも、唯及ばざらんことを恐ると」と。王曰く、「諾」と。遂に師を興して呉を伐ち、五湖に至る。 呉人之を聞き、出でて戦いを挑み、一日に五たび反(かえ)る。王忍びず、之を許さんと欲す。范蠡進み諫めて曰く、「夫れ之を廊廟に謀りて、之を中原に失う。其れ可ならんや。王姑く許すこと勿かれ。臣之を聞く、時を得ては怠ること無かれ、時は再び来たらず、天予うるに取らざれば、反って之が災いを為すと。贏縮(えいしゅく)転化すれば、後に将に悔いんとす。天節固より然り。唯謀のみ遷らず」と。王曰く、「諾」と。許さず。 范蠡曰く、「臣聞く、古の善く兵を用うる者は、贏縮以て常と為し、四時以て紀と為し、天極を過ぐること無く、数を究めて止む。天道皇皇として、日月以て常と為す。明なる者は以て法と為し、微なる者は則ち是れ行う。陽至りて陰、陰至りて陽。日困(きわ)まりて還り、月盈ちて匡(か)く。古の善く兵を用うる者は、天地の常に因りて、之と倶に行う。後るれば則ち陰を用い、先んずれば則ち陽を用う。近ければ則ち柔を用い、遠ければ則ち剛を用う。後るるも陰蔽無く、先んずるも陽察無く、人を用うるに藝(げい)無し。往きて其の所に従い、剛彊以て禦がば、陽節尽きず、其の野に死せず。彼来たりて我に従わば、固く守りて与にすること勿かれ。若し将に之と与にせんとせば、必ず天地の災いに因り、又其の民の饑飽労逸を観て以て之を参(まじ)えよ。其の陽節を尽くし、吾が陰節を盈たして之を奪え。宜しく人の客と為るべきは、剛彊にして力疾(すみ)やかなり。陽節尽きずんば、軽くして取るべからず。宜しく人の主と為るべきは、安徐にして重固なり。陰節尽きずんば、柔にして迫るべからず。凡そ陳の道は、右を設けて以て牝と為し、左を益して以て牡と為し、蚤晏(そうあん)失うこと無く、必ず天道に順い、周旋して究まること無し。今其の来たるや、剛彊にして力疾やかなり。王姑く之を待て」と。王曰く、「諾」と。与に戦わず。
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国語・呉語呉王夫差(ふさ)師を起こして越を伐つ。越王句践(こうせん)師を起こして之を逆(むか)う。大夫種(しょう)乃ち謀を献じて曰く、「夫れ呉の越に与(お)けるは、唯天の授くる所なり。王其れ戦うを庸(もち)うること無かれ。夫れ申胥(しんしょ)・華登(かとう)は呉国の士を甲兵に簡服(かんぷく)して、未だ嘗て挫(くじ)かるる所有らざるなり。夫れ一人射を善くすれば、百夫決拾(けつしゅう)す。勝ちは未だ成(かなら)ずすべからざるなり。夫れ謀は必ず素(あらかじ)め成事を見て、而る後に之を履(ふ)む。以て命を授くべからず。王は戎を設け、辞を約して成を行い、以て其の民を喜ばしめ、以て呉王の心を広侈(こうし)せしむるに如かず。吾以て之を天に卜せん。天若し呉を棄てば、必ず吾が成を許して吾を足れりとせざらん。将に必ず寛然として諸侯に伯たるの心有らんとす。既に其の民を罷弊(ひへい)し、而して天之が食を奪わば、安んじて其の燼(じん)を受けん。乃ち命有ること無からん」と。 越王許諾し、乃ち諸稽郢(しょけいえい)に命じて成を呉に行わしめて曰く、「寡君句践、下臣郢をして、敢えて顕然として幣を布き礼を行わず、敢えて私かに下執事に告げしめて曰く、昔者(むかし)越国禍に見(あ)い、罪を天王に得たり。天王親ら玉趾(ぎょくし)を趨(はし)らせ、以て心に句践を孤(す)てんとし、而して又之を宥赦(ゆうしゃ)す。君王の越に於けるや、繄(こ)れ死人を起こして白骨に肉するなり。孤敢えて天災を忘れず、其れ敢えて君王の大賜を忘れんや。今句践禍を申(かさ)ねて良無く、草鄙(そうひ)の人なり。敢えて天王の大徳を忘れて、辺垂の小怨を思い、以て重ねて罪を下執事に得んや。句践用(もっ)て二三の老を帥い、親ら重罪を委ね、顙(ひたい)を辺に頓(ぬか)ず。 「今君王察せず、盛怒して兵を属(あつ)め、将に越国を残伐せんとす。越国は固より貢献の邑なり。君王鞭箠(べんすい)を以て之を使わずして、軍士を辱めて寇令せしむ。句践盟を請う。一介の嫡女をして箕箒(ききゅう)を執りて以て王宮に晐姓(がいせい)せしめ、一介の嫡男をして槃匜(ばんい)を奉じて以て諸御に随わしめ、春秋の貢献、王府に解(おこた)らざらん。天王豈に辱くも之を裁(さば)かんや。亦諸侯を征するの礼なり。 「夫れ諺に曰く、『狐之を埋めて狐之を搰(ほ)る。是を以て成功無し』と。今天王既に越国を封植して、以て明らかに天下に聞こえしめて、又之を刈亡せば、是れ天王の成労無きなり。四方の諸侯と雖も、則ち何の実を以て呉に事えん。敢えて下臣をして辞を尽くさしむ。唯天王、利を秉(と)りて義を度(はか)れ」と。
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国語・呉語王乃ち壇列に之(ゆ)き、鼓して之を行(や)り、軍に至り、罪有る者を斬りて以て徇(とな)えて曰く、「此の如く環瑱(かんてん)を以て通じて相問(おく)ること莫かれ」と。明日舎を徙(うつ)し、罪有る者を斬りて以て徇えて曰く、「此の如く其の伍の令に従わざること莫かれ」と。明日舎を徙し、罪有る者を斬りて以て徇えて曰く、「此の如く王命を用いざること莫かれ」と。明日舎を徙し、禦児に至り、罪有る者を斬りて以て徇えて曰く、「此の如く淫逸にして禁ずべからざること莫かれ」と。 王乃ち有司に命じて大いに軍に徇えしめて曰く、「父母耆老(きろう)有りて昆弟無き者は、以て告げよ」と。王親ら之に命じて曰く、「我に大事有り。子に父母耆老有り。而るに子我が為に死せば、子の父母将に溝壑(こうがく)に転ぜんとす。子の我が為にする礼已に重し。子帰りて、而(なんじ)の父母の世を歿(お)えよ。後若し事有らば、吾子と之を図らん」と。明日軍に徇えて曰く、「兄弟四五人有りて皆此に在る者は、以て告げよ」と。王親ら之に命じて曰く、「我に大事有り。子に昆弟四五人有りて皆此に在り。事若し捷(か)たずんば、則ち是れ尽きん。子の帰らんと欲する所の者一人を択べ」と。明日軍に徇えて曰く、「眩瞀(げんぼう)の疾有る者は、以て告げよ」と。王親ら之に命じて曰く、「我に大事有り。子に眩瞀の疾有り。其れ帰りて若(なんじ)已(や)めよ。後若し事有らば、吾子と之を図らん」と。明日軍に徇えて曰く、「筋力以て甲兵に勝(た)うるに足らず、志行以て命を聴くに足らざる者は帰れ。告ぐること莫かれ」と。明日、軍を遷して接龢(せつわ)し、罪有る者を斬りて以て徇えて曰く、「此の如く志行果たさざること莫かれ」と。是に於いて人致死の心有り。王乃ち有司に命じて大いに軍に徇えしめて曰く、「二三子に帰れと謂いて帰らず、処(お)れと謂いて処らず、進めと謂いて進まず、退けと謂いて退かず、左せよと謂いて左せず、右せよと謂いて右せずんば、身は斬られ、妻子は鬻(ひさ)がれん」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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