国語 / 晋語八
虢之會,魯人食言,楚令尹圍將以魯叔孫穆子為戮,樂王鮒求貨焉不予。趙文子謂叔孫曰:「夫楚令尹有欲於楚,少懦於諸侯。諸侯之故,求治之,不求致也。其為人也,剛而尚寵,若及,必不避也。子盍逃之?不幸,必及於子。」對曰:「豹也受命於君,以從諸侯之盟,為社稷也。若魯有罪,而受盟者逃,必不免,是吾出而危之也。若為諸侯戮者,魯誅盡矣,必不加師,請為戮也。夫戮出於身實難,自他及之何害?苟可以安君利國,美惡一心也。」 文子將請之於楚,樂王鮒曰:「諸侯有盟未退,而魯背之,安用齊盟?縱不能討,又免其受盟者,晉何以為盟主矣,必殺叔孫豹。」文子曰:「有人不難以死安利其國,可無愛乎!若皆卹國如是,則大不喪威,而小不見陵矣。若是道也果,可以教訓,何敗國之有!吾聞之曰:『善人在患,弗救不祥;惡人在位,不去亦不祥。』必免叔孫。」固請於楚而免之。
新字:虢之会,魯人食言,楚令尹囲将以魯叔孫穆子為戮,楽王鮒求貨焉不予。趙文子謂叔孫曰:「夫楚令尹有欲於楚,少懦於諸侯。諸侯之故,求治之,不求致也。其為人也,剛而尚寵,若及,必不避也。子盍逃之?不幸,必及於子。」対曰:「豹也受命於君,以従諸侯之盟,為社稷也。若魯有罪,而受盟者逃,必不免,是吾出而危之也。若為諸侯戮者,魯誅尽矣,必不加師,請為戮也。夫戮出於身実難,自他及之何害?苟可以安君利国,美悪一心也。」 文子将請之於楚,楽王鮒曰:「諸侯有盟未退,而魯背之,安用斉盟?縦不能討,又免其受盟者,晋何以為盟主矣,必殺叔孫豹。」文子曰:「有人不難以死安利其国,可無愛乎!若皆卹国如是,則大不喪威,而小不見陵矣。若是道也果,可以教訓,何敗国之有!吾聞之曰:『善人在患,弗救不祥;悪人在位,不去亦不祥。』必免叔孫。」固請於楚而免之。
書き下し
虢(かく)の会に、魯人言を食(は)む。楚の令尹囲(い)将に魯の叔孫穆子を以て戮(りく)と為さんとす。楽王鮒(がくおうふ)貨を焉(これ)に求むるも予えず。趙文子叔孫に謂いて曰く、「夫れ楚の令尹は楚に欲有り、諸侯に少しく懦(だ)なり。諸侯の故は、之を治むるを求めて、之を致すを求めず。其の人と為りや、剛にして寵を尚(たっと)ぶ。若し及ばば、必ず避けざらん。子盍(なん)ぞ之を逃れざる。不幸にして、必ず子に及ばん」と。対えて曰く、「豹や命を君に受けて、以て諸侯の盟に従うは、社稷の為なり。若し魯に罪有りて、盟を受くる者逃れば、必ず免れず。是れ吾出でて之を危うくするなり。若し諸侯の戮と為らば、魯の誅尽きん。必ず師を加えざらん。請う戮と為らん。夫れ戮の身より出づるは実に難し。他より之に及ぶは何の害かあらん。苟(いやしく)も以て君を安んじ国を利すべくんば、美悪一心なり」と。 文子将に之を楚に請わんとす。楽王鮒曰く、「諸侯盟有りて未だ退かざるに、魯之に背く。安(いずく)んぞ斉盟を用いん。縦(たと)い討つ能わずとも、又其の盟を受くる者を免さば、晋何を以てか盟主と為らん。必ず叔孫豹を殺せ」と。文子曰く、「人有り死を以て其の国を安利するを難しとせず、愛さざるべけんや。若し皆国を卹(うれ)うること是くの如くならば、則ち大は威を喪わずして、小は陵(しの)がれず。若し是の道や果たして、以て教訓すべくんば、何の国を敗ることか之れ有らん。吾之を聞く、曰く、『善人患いに在りて、救わざれば祥(さち)ならず。悪人位に在りて、去らざるも亦祥ならず』と。必ず叔孫を免さん」と。固く楚に請いて之を免す。
現代語訳
虢での会合のとき、魯は約束を破って莒を攻めた。楚の令尹の囲(のちの霊王)は、魯の使者叔孫穆子(叔孫豹)を見せしめに処刑しようとした。晋の大夫楽王鮒は穆子に財貨を求めたが、穆子は与えなかった。趙文子(趙武)は穆子に言った。「楚の令尹は楚の国で王位への野心を抱いており、諸侯に対してはいささか弱腰と見られることを嫌っています。諸侯のことについては、自分で裁くことを求め、他人に委ねることは求めません。その人柄は剛強で、自分の威光を重んじます。もし事があなたに及べば、必ず容赦しないでしょう。どうして逃げないのですか。不幸があれば、きっとあなたの身に及びます。」穆子は答えた。「わたし豹は君の命を受けて諸侯の盟約に加わっているのであり、それは社稷(国家)のためです。もし魯に罪があるのに、盟約を受けた者が逃げれば、魯は必ず討伐を免れません。それはわたしが国を出て、かえって国を危うくすることになります。もしわたしが諸侯のために処刑されれば、魯への罰はそれで尽き、必ずや軍を差し向けられることはないでしょう。どうか処刑されることにさせてください。そもそも処刑の原因が自分の身から出たのならまことにつらいことですが、他人のことから及んだのなら何の差し支えがありましょう。いやしくも君を安んじ国を利することができるなら、善し悪しは同じ一つの心です。」 趙文子が楚に穆子の助命を願い出ようとすると、楽王鮒が言った。「諸侯が盟約を結んでまだ解散もしないうちに、魯はそれに背いたのです。そんなことでは、厳粛な盟約など何の役に立ちましょう。たとえ魯を討つことはできなくとも、そのうえ盟約を受けた者まで許しては、晋は何をもって盟主といえるでしょう。必ず叔孫豹を殺すべきです。」趙文子は言った。「死をもって自分の国を安んじ利することをいとわない人がいるのに、惜しまずにいられようか。もし皆がこのように国を憂えるなら、大国は威を失わず、小国は侮られずにすむ。もしこの道が本当に行われて人々の教えとなるなら、国が敗れることなどあろうか。わたしは『善人が災難にあっているのに救わないのは不吉であり、悪人が位にあるのに除かないのも不吉である』と聞いている。必ず叔孫を救おう。」趙文子は強く楚に願い出て、穆子を許させた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
史記 張耳陳余列伝貫高独り怒り罵りて曰く、「誰か公をして之を為さしめし。今王実に謀無くして、并せて王を捕ふ。公等皆死せば、誰か王の反せざるを白さん」と。乃ち轞車に膠致せられ、王と長安に詣る。張敖の罪を治む。上乃ち趙の群臣賓客に詔すらく、敢て王に従ふ有らば皆族せんと。貫高と客孟舒等十余人と、皆自ら髡鉗し、王の家奴と為りて従ひ来たる。貫高至り、獄に対へて曰く、「独り吾が属之を為す。王実に知らず」と。吏治めて榜笞すること数千、刺剟して、身に撃つべき者無きも、終に復た言はず。呂后数々言ふ、張王は魯元公主の故を以て、宜しく此れ有るべからずと。上怒りて曰く、「張敖をして天下に拠らしめば、豈に而が女を少しとせんや」と。聴かず。廷尉貫高の事の辞を以て聞す。上曰く、「壮士なり。誰か知る者ぞ。私を以て之に問へ」と。中大夫泄公曰く、「臣の邑子にして、素より之を知る。此れ固より趙国の名義を立てて侵されず、然諾を為す者なり」と。上泄公をして節を持して之に箯輿の前に問はしむ。仰ぎ視て曰く、「泄公か」と。泄公労苦すること生平の驩の如く、与に語り、張王果して計謀有りや不やを問ふ。高曰く、「人情寧ぞ各々其の父母妻子を愛せざらんや。今吾が三族皆以て死に論ぜらる。豈に王を以て吾が親に易へんや。顧ふに王実に反せず、独り吾等之を為せり」と。具に本指の為す所以と王の知らざる状とを道ふ。是に於て泄公入り、具に以て報ず。上乃ち趙王を赦す。上貫高の人と為り能く然諾を立つるを賢とし、泄公をして具に之に告げしめて曰く、「張王已に出でたり」と。因りて貫高を赦す。貫高喜びて曰く、「吾が王審らかに出でたるか」と。泄公曰く、「然り」と。泄公曰く、「上足下を多とす。故に足下を赦す」と。貫高曰く、「死せずして一身に余無き所以の者は、張王の反せざるを白さんとすればなり。今王已に出づ。吾が責已に塞がる。死すとも恨みず。且つ人臣として篡殺の名有り、何の面目ありて復た上に事へんや。縦ひ上我を殺さずとも、我心に愧ぢざらんや」と。乃ち仰ぎて骯を絶ち、
-
論語・衛霊公篇子曰わく、君子はこれを己に求め、小人はこれを人に求む。
-
論語・季氏篇孔子曰く、禄の公室を去ること、五世なり。政の大夫に逮ぶこと、四世なり。故に夫の三桓の子孫、微なり。
-
論語・憲問篇子曰く、「我を知ること莫きかな。」子貢曰く、「何為れぞ其れ子を知ること莫からんや。」子曰く、「天を怨みず、人を尤めず、下学して上達す。我を知る者は、其れ天か。」
-
論語・里仁篇子曰わく、父母在すれば、遠く遊ばず。遊ぶに必ず方有り。
-
史記 李将軍列伝広大将軍に謝せずして起ちて行き、意甚だ慍怒して部に就き、兵を引きて右将軍食其と軍を合はせて東道より出づ。軍に導亡く、或いは道を失ひ、大将軍に後る。大将軍単于と接戦し、単于遁走し、得る能はずして還る。南のかた幕を絶りて、前将軍・右将軍に遇ふ。広已に大将軍に見え、還りて軍に入る。大将軍長史をして糒醪を持ちて広に遺らしめ、因りて広・食其の道を失ひし状を問ふ。青書を上りて天子に軍の曲折を報ぜんと欲す。広未だ対へず。大将軍長史をして急に広を責めて幕府に之きて簿に対へしむ。広曰く、「諸校尉は罪無し。乃ち我自ら道を失へり。吾今自ら簿に上らん」と。莫府に至り、広其の麾下に謂ひて曰く、「広結髪より匈奴と大小七十余戦す。今幸ひに大将軍に従ひて出でて単于の兵に接す。而るに大将軍又広の部を徙して行くこと回遠にし、而して又迷ひて道を失ふ。豈に天に非ずや。且つ広は年六十余なり。終に復た刀筆の吏に対する能はず」と。遂に刀を引きて自剄す。広の軍の士大夫一軍皆哭す。百姓之を聞き、知ると知らざると、老壮と無く皆為に涕を垂る。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る