国語 / 晋語八
叔向見司馬侯之子,撫而泣之,曰:「自此其父之死,吾蔑與比而事君矣!昔者此其父始之,我終之,我始之,夫子終之,無不可。」籍偃在側,曰:「君子有比乎?」叔向曰:「君子比而不別。比德以贊事,比也;引黨以封己,利己而忘君,別也。」
新字:叔向見司馬侯之子,撫而泣之,曰:「自此其父之死,吾蔑与比而事君矣!昔者此其父始之,我終之,我始之,夫子終之,無不可。」籍偃在側,曰:「君子有比乎?」叔向曰:「君子比而不別。比徳以賛事,比也;引党以封己,利己而忘君,別也。」
書き下し
叔向司馬侯の子を見て、撫でて之に泣きて、曰く、「此の其の父の死してより、吾与(とも)に比して君に事うること蔑(な)し。昔者此の其の父之を始むれば、我之を終え、我之を始むれば、夫子之を終え、可ならざること無し」と。籍偃側(かたわら)に在り、曰く、「君子も比すること有るか」と。叔向曰く、「君子は比して別たず。徳を比して以て事を賛(たす)くるは、比なり。党を引きて以て己を封(ゆた)かにし、己を利して君を忘るるは、別なり」と。
現代語訳
叔向は司馬侯(女叔斉)の遺児に会うと、その子をなでながら涙を流して言った。「この子の父が亡くなってから、わたしには心を合わせて君に仕える相手がいなくなってしまった。昔は、この子の父が事を始めればわたしがそれを仕上げ、わたしが始めればあの方が仕上げて、うまくいかないことはなかったのに。」そばにいた籍偃が言った。「君子にも、人と親しく組むということがあるのですか。」叔向は言った。「君子は人と親しく組むが、党派を作って分かれることはしない。徳において心を合わせ、それによって仕事を助け合うのが比(親しく組むこと)である。仲間を引き入れて自分を肥やし、自分の利を図って君を忘れるのが別(党派に分かれること)である。」
解説
この章句が説くこと
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国語・晋語八叔向(しゅくきょう)、韓宣子(かんせんし)に見(まみ)ゆ。宣子貧を憂う。叔向之を賀す。宣子曰く、「吾卿の名有りて其の実無く、以て二三子に従う無し。吾是を以て憂う。子の我を賀するは何の故ぞ」と。対えて曰く、「昔欒武子(らんぶし)は一卒の田無く、其の宮は其の宗器を備えず。其の徳行を宣べ、其の憲則に順い、諸侯に越(き)こえしむ。諸侯之に親しみ、戎・狄之に懐(なつ)き、以て晋国を正し、刑を行いて疚(や)ましからず、以て難を免る。桓子(かんし)に及びて、驕泰奢侈、貪欲藝(きわ)まり無く、則を略(おか)して志を行い、仮貸して賄を居(たくわ)う。宜しく難に及ぶべきも、武の徳に頼りて以て其の身を没す。懐子(かいし)に及びて、桓の行いを改めて武の徳を修む。以て難を免るべきも、桓の罪に離(かか)りて以て楚に亡(に)ぐ。夫の郤昭子(げきしょうし)は、其の富公室に半ばし、其の家三軍に半ばす。其の富寵を恃みて以て国に泰(おご)り、其の身は朝に尸(さら)され、其の宗は絳(こう)に滅ぶ。然らずんば、夫の八郤は、五大夫三卿、其の寵大なり。一朝にして滅び、之を哀しむ莫きは、唯だ徳無ければなり。今吾子欒武子の貧有り。吾以為(おも)えらく其の徳を能くせんと。是を以て賀す。若し徳の建たざるを憂えずして、貨の足らざるを患えば、将に弔うに暇あらざらんとす。何の賀か之れ有らん」と。宣子拝して稽首して曰く、「起(き)や将に亡びんとするに、子に頼りて之を存す。起や敢えて専ら之を承くるに非ず。其れ桓叔(かんしゅく)より以下、吾子の賜を嘉(よみ)せん」と。
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国語・晋語八趙文子叔向と九原(きゅうげん)に遊びて、曰く、「死者若し作(おこ)すべくんば、吾誰と与(とも)にか帰せん」と。叔向曰く、「其れ陽子(ようし)か」と。文子曰く、「夫れ陽子は廉直を晋国に行いて、其の身を免れず。其の知称するに足らざるなり」と。叔向曰く、「其れ舅犯(きゅうはん)か」と。文子曰く、「夫れ舅犯は利を見て其の君を顧みず。其の仁称するに足らざるなり。其れ随武子(ずいぶし)か。諫を納れて其の師を忘れず、身を言いて其の友を失わず、君に事えて援(ひ)かずして進み、阿(おもね)らずして退く」と。
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国語・晋語九趙簡子(ちょうかんし)曰く、「魯の孟献子(もうけんし)は闘臣五人有り。我は一も無し。何ぞや」と。叔向曰く、「子欲せざるなり。若し之を欲せば、肸(きつ)や交捽(こうそつ)を待ちて可なり」と。
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国語・晋語八秦の后子来たり仕う。其の車千乗。楚の公子干(かん)来たり仕う。其の車五乗。叔向太傅為り、実に禄を賦す。韓宣子(かんせんし)二公子の禄を焉に問う。対えて曰く、「大国の卿は、一旅の田。上大夫は、一卒の田。夫れ二公子は、上大夫なり。皆一卒にして可なり」と。宣子曰く、「秦の公子は富む。之を若何ぞ其れ之を鈞(ひと)しくする」と。対えて曰く、「夫れ爵は以て事を建て、禄は以て爵を食ましめ、徳は以て之を賦し、功庸は以て之を称(はか)る。之を若何ぞ富を以て禄を賦せん。夫れ絳(こう)の富商は、韋藩木楗(いはんぼくけん)にして以て朝を過ぐ。唯其の功庸少なければなり。而るに能く其の車を金玉にし、其の服を文錯(ぶんさく)にし、能く諸侯の賄(まいない)を行うも、尋尺の禄無きは、民に大績無きが故なり。且つ秦・楚は匹(ひつ)なり。之を若何ぞ其れ富に回(まど)わん」と。乃ち其の禄を均しくす。
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国語・晋語八秦の景公其の弟鍼(けん)をして来たりて成(たいら)ぎを求めしむ。叔向命じて行人(こうじん)子員(しいん)を召さしむ。行人子朱(ししゅ)曰く、「朱や此に在り」と。叔向曰く、「子員を召せ」と。子朱曰く、「朱や御(ぎょ)に当たれり」と。叔向曰く、「肸(きつ)や子員の客に対するを欲するなり」と。子朱怒りて曰く、「皆君の臣なり。班爵同じきに、何を以て朱を黜(しりぞ)くるや」と。剣を撫して之に就く。叔向曰く、「秦・晋和せざること久し。今日の事幸いにして集(な)らば、子孫之を饗(う)けん。集らずんば、三軍の士骨を暴(さら)さん。夫れ子員は賓主の言を導きて私無し。子は常に之を易(か)う。姦(かん)を以て君に事うる者は、吾が能く禦(ふせ)ぐ所なり」と。衣を払いて之に従う。人之を救う。平公之を聞きて曰く、「晋其れ庶(ちか)からんか。吾が臣の争う所の者大なり」と。師曠侍して、曰く、「公室懼らくは卑からん。其の臣心に競わずして力にて争う」と。
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国語・晋語八平公鴳(あん)を射て、死せず。豎襄(じゅじょう)をして之を搏(う)たしむるに、失う。公怒り、拘(とら)えて将に之を殺さんとす。叔向之を聞き、夕(せき)す。君之を告ぐ。叔向曰く、「君必ず之を殺せ。昔吾が先君唐叔(とうしゅく)兕(じ)を徒林(とりん)に射て、殪(たお)し、以て大甲を為(つく)り、以て晋に封ぜらる。今君吾が先君唐叔を嗣ぎ、鴳を射て死せず、之を搏ちて得ず。是れ吾が君の恥を揚ぐる者なり。君其れ必ず速やかに之を殺し、遠く聞こえしむること勿かれ」と。君忸怩(じくじ)として、乃ち趣(すみや)かに之を赦す。
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