国語 / 晋語四
齊侯妻之,甚善焉。有馬二十乘,將死於齊而已矣。曰:「民生安樂,誰知其他?」 桓公卒,孝公即位。諸侯叛齊。子犯知齊之不可以動,而知文公之安齊而有終焉之志也,欲行,而患之,與從者謀於桑下。蠶妾在焉,莫知其在也。妾告姜氏,姜氏殺之,而言於公子曰:「從者將以子行,其聞之者吾以除之矣。子必從之,不可以貳,貳無成命。《詩》云:『上帝臨女,無貳爾心。』先王其知之矣,貳將可乎?子去晉難而極於此。自子之行,晉無寧歲,民無成君。天未喪晉,無異公子,有晉國者,非子而誰?子其勉之!上帝臨子,貳必有咎。」
新字:斉侯妻之,甚善焉。有馬二十乗,将死於斉而已矣。曰:「民生安楽,誰知其他?」 桓公卒,孝公即位。諸侯叛斉。子犯知斉之不可以動,而知文公之安斉而有終焉之志也,欲行,而患之,与従者謀於桑下。蠶妾在焉,莫知其在也。妾告姜氏,姜氏殺之,而言於公子曰:「従者将以子行,其聞之者吾以除之矣。子必従之,不可以貳,貳無成命。《詩》云:『上帝臨女,無貳爾心。』先王其知之矣,貳将可乎?子去晋難而極於此。自子之行,晋無寧歳,民無成君。天未喪晋,無異公子,有晋国者,非子而誰?子其勉之!上帝臨子,貳必有咎。」
書き下し
斉侯之に妻(めあわ)せ、甚だ焉を善くす。馬二十乗有り、将に斉に死せんとするのみ。曰く、「民生は安楽なり、誰か其の他を知らん」と。 桓公卒し、孝公位に即く。諸侯斉に叛く。子犯斉の以て動かすべからざるを知り、而して文公の斉に安んじて終焉の志有るを知る。行かんと欲して之を患え、従者と桑下に謀る。蚕妾(さんしょう)焉に在り、其の在るを知る莫し。妾姜氏に告ぐ。姜氏之を殺して、公子に言いて曰く、「従者将に子を以て行かんとす。其の之を聞く者は吾以て之を除けり。子必ず之に従え、貳(ふたごころ)あるべからず、貳あれば命を成すこと無し。詩に云う、『上帝女(なんじ)に臨む、爾の心を貳にすること無かれ』と。先王其れ之を知れり、貳にして将た可ならんや。子晋の難を去りて此に極(いた)る。子の行きしより、晋に寧歳無く、民に成君無し。天未だ晋を喪ぼさず、異公子無し。晋国を有つ者は、子に非ずして誰ぞ。子其れ之を勉めよ。上帝子に臨む、貳あれば必ず咎有らん」と。
現代語訳
斉侯(桓公)は重耳に一族の娘をめあわせ、たいそう手厚くもてなした。重耳は馬車二十台分の馬を持つ身となり、このまま斉で生涯を終えるつもりになった。「人の暮らしは安楽がいちばんだ。ほかに何があろう」と言った。 やがて桓公が亡くなり、孝公が位についた。諸侯は斉に背いた。子犯(狐偃)は、斉はもはや晋のために動かせないと見てとり、また公子が斉に安住して生涯を終えるつもりでいることも知っていた。そこで出発したいと思ったが、公子が承知しないことを案じ、従者たちと桑の木の下で相談した。そこには蚕の世話をする侍女がいたが、誰もそれに気づかなかった。侍女はこれを姜氏(重耳の妻)に告げた。姜氏はその侍女を殺し、公子に言った。「従者たちはあなたを連れて出発しようとしています。それを聞いた者は、わたしが始末しておきました。あなたは必ず従者たちに従うのです。迷ってはなりません。心が二つに分かれていては、天命を成し遂げることはできません。詩に『上帝がおまえを見ておられる、心を二つにしてはならぬ』とあります。先王はこのことを知っていたのです。迷っていてよいはずがありましょうか。あなたは晋の災いを避けてここまで来ました。あなたが国を出てから、晋には安らかな年がなく、民には落ち着いた君主がいません。天はまだ晋を滅ぼしてはおらず、ほかに公子は残っていません。晋を治めるのは、あなたでなくて誰でしょう。どうか励んでください。上帝があなたを見ておられます。迷えば必ずとがめを受けるでしょう。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 晋世家恵公の七年、重耳を畏れ、乃ち宦者履鞮をして壮士と重耳を殺さんと欲せしむ。重耳之を聞き、乃ち趙衰等に謀りて曰く、「始め吾狄に奔るは、以て用ふべしと為すに非ず。近くして以て通じ易きを以て、故に且く足を休む。足を休むること久し。固より大国に徙らんことを願ふ。夫れ斉の桓公は善を好み、志は覇王に在り、諸侯を収恤す。今聞く、管仲・隰朋死すと。此れ亦た賢佐を得んと欲す。盍ぞ往かざる」と。是に於て遂に行く。重耳其の妻に謂ひて曰く、「我を待つこと二十五年にして来たらずんば、乃ち嫁げ」と。其の妻笑ひて曰く、「二十五年に犁(およ)ばば、吾が冢上の柏大ならん。然りと雖も、妾子を待たん」と。重耳狄に居ること凡そ十二年にして去る。衛を過ぐ。衛の文公礼せず。去りて五鹿を過ぐ。饑ゑて野人に従ひて食を乞ふ。野人土を器中に盛りて之を進む。重耳怒る。趙衰曰く、「土は、土を有つなり。君其れ拝して之を受けよ」と。斉に至る。斉の桓公厚く礼し、而して宗女を以て之に妻し、馬二十乗有り。重耳之に安んず。重耳斉に至りて二歳にして桓公卒す。会々豎刀等内乱を為し、斉の孝公の立つや、諸侯の兵数々至る。斉に留まること凡そ五歳。重耳斉の女を愛し、去る心毋し。趙衰・咎犯乃ち桑下に於て行かんことを謀る。斉の女の侍者桑上に在りて之を聞き、以て其の主に告ぐ。其の主乃ち侍者を殺し、重耳に趣やかに行かんことを勧む。重耳曰く、「人生安楽なり。孰か其の他を知らん。必ず此に死せん。去ること能はず」と。斉の女曰く、「子は一国の公子なり。窮して此に来たる。数士は子を以て命と為す。子疾く国に反りて、労臣に報いずして、女の徳を懐ふ。窃かに子の為に之を羞づ。且つ求めずんば、何れの時にか功を得ん」と。乃ち趙衰等と謀り、重耳を酔はしめ、載せて以て行く。行くこと遠くして覚む。重耳大いに怒り、戈を引きて咎犯を殺さんと欲す。咎犯曰く、「臣を殺して子を成すは、偃の願ひなり」と。重耳曰く、「事成らずんば、我舅氏の肉を食らはん」と。咎犯曰く、「事成らずんば、犯の肉は腥臊なり。何ぞ食らふに足らん」と。
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『春秋左氏伝』僖公二十三年 懐と安は名を敗る齊に及ぶ、齊の桓公之に妻はせ、馬二十乘有り。公子之に安んず。從ふ者以て不可と為し、將に行かんとして、桑下に謀る。蠶妾其の上に在り、以て姜氏に告ぐ。姜氏之を殺し、而して公子に謂ひて曰く、「子四方の志有り、其の之を聞く者は、吾之を殺せり」と。公子曰く、「之無し」と。姜曰く、「行け。懷と安とは、實に名を敗る」と。公子可かず。姜子犯と謀り、醉はしめて之を遣る。醒めて、戈を以て子犯を逐ふ。曹に及ぶ、曹の共公其の駢脅なるを聞き、其の裸を觀んと欲す。浴するに、薄りて之を觀る。僖負羈の妻曰く、「吾晉の公子の從者を觀るに、皆以て國に相たるに足る。若し以て相たらば、夫子必ず其の國に反らん。其の國に反らば、必ず志を諸侯に得ん。志を諸侯に得て、無禮を誅せば、曹其の首ならん。子盍ぞ蚤く自ら貳せざる」と。乃ち盤飧を饋り、璧を寘く。公子飧を受けて璧を反す。宋に及ぶ、宋の襄公之に贈るに馬二十乘を以てす。
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国語・晋語四公子曰く、「吾動かじ、必ず此に死せん」と。姜曰く、「然らず。周詩に曰く、『莘莘(しんしん)たる征夫、毎に懐いて及ばず』と。夙夜征行して、啓処(けいしょ)するに遑(いとま)あらざるも、猶及ぶ無きを懼る。況んや其れ身に順い欲を縦(ほしいまま)にし安きを懐わば、将た何ぞ及ばん。人及ばんことを求めずして、其れ能く及ばんや。日月は処(とど)まらず、人誰か安きを獲ん。西方の書に之有りて曰く、『懐と安とは、実に大事を疚(やま)しむ』と。鄭詩に云う、『仲懐うべきなり、人の多言も、亦畏るべきなり』と。昔管敬仲言有り、小妾之を聞けり。曰く、『威を畏るること疾(やまい)の如きは、民の上なり。懐に従うこと流るるが如きは、民の下なり。懐を見て威を思うは、民の中なり。威を畏るること疾の如くして、乃ち能く民を威す。威民の上に在り、畏れざれば刑有り。懐に従うこと流るるが如きは、威を去ること遠し、故に之を下と謂う。其の辟(つみ)に在るや、吾中に従わん。鄭詩の言、吾其れ之に従わん』と。此れ大夫管仲の斉国を紀綱し、先君を裨輔(ひほ)して霸を成さしめし所以の者なり。子にして之を棄つるは、亦難からずや。斉国の政敗れたり、晋の無道久し、従者の謀忠なり、時日及べり、公子幾(ちか)し。国に君として以て百姓を済うべきに、之を釈(す)つる者は、人に非ざるなり。敗は処るべからず、時は失うべからず、忠は棄つべからず、懐は従うべからず。子必ず速やかに行け。吾聞く、晋の始めて封ぜらるるや、歳大火に在り、閼伯(あつはく)の星なり、実に商人を紀す。商の国を饗(う)くること三十一王。瞽史(こし)の紀に曰く、『唐叔の世、将に商の数の如くならんとす』と。今未だ半ばならず。乱は世に長からず、公子唯子のみ、子必ず晋を有たん。若何(いかん)ぞ安きを懐わん」と。公子聴かず。
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国語・晋語四姜子犯と謀り、酔わせて之を載せて以て行く。醒めて、戈(ほこ)を以て子犯を逐いて曰く、「若し済(な)す所無くんば、吾舅氏(きゅうし)の肉を食らうとも、其れ饜(あ)くを知らんや」と。舅犯走りて、且つ対えて曰く、「若し済す所無くんば、余未だ死所を知らず、誰か能く豺狼(さいろう)と食を争わん。若し克く成すこと有らば、公子も亦晋の柔嘉(じゅうか)無からんや、是を以て甘食せん。偃の肉は腥臊(せいそう)なり、将た焉んぞ之を用いん」と。遂に行く。
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国語・晋語四公狄に在ること十二年、狐偃(こえん)曰く、「日(さき)に吾此に来たるや、狄を以て栄と為すに非ず、以て事を成すべければなり。吾曰く、『奔りて達し易く、困しみて資有り、休みて以て利を択べば、以て戾(いた)るべし』と。今戾ること久し、戾ること久しければ将に底(とど)まらんとす。底著滞淫(ていちゃくたいいん)せば、誰か能く之を興さん。盍(なん)ぞ速やかに行かざる。吾斉・楚に適(ゆ)かざりしは、其の遠きを避けしなり。力を蓄うること一紀、以て遠くすべし。斉侯長ぜり、而して晋に親しまんと欲す。管仲歿して、讒多く側に在り。謀りて正すこと無く、衷(うち)に始めを思う。夫れ必ず前言を追択し、善を求めて以て終えんとし、邇(ちか)きに饜(あ)きて遠きを逐い、遠人入りて服するを、郵(とが)と為さざらん。其の季年に会うは可なり、茲(ここ)に以て親しむべし」と。皆以て然りと為す。 乃ち行きて、五鹿(ごろく)を過ぎ、食を野人に乞う。野人塊(つちくれ)を挙げて以て之に与う。公子怒りて、将に之を鞭うたんとす。子犯(しはん)曰く、「天の賜なり。民土を以て服す、又何をか求めん。天事は必ず象(しょう)あり、十有二年にして、必ず此の土を獲ん。二三子之を志(しる)せ。歳(さい)寿星及び鶉尾(じゅんび)に在るとき、其れ此の土を有たんか。天以て命ぜり、寿星に復らば、必ず諸侯を獲ん。天の道なり、是に由りて之を始めん。此を有つは、其れ戊申(ぼしん)を以てせんか。土を申(の)ぶる所以なり」と。再拝稽首し、受けて之を載す。遂に斉に適く。
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国語・晋語二二十二年、公子重耳出亡し、柏谷(はくこく)に及び、斉・楚に適(ゆ)かんことを卜す。狐偃(こえん)曰く、「卜すること無かれ。夫れ斉・楚は道遠くして望(のぞみ)大なり、困しみて以て往くべからず。道遠ければ通じ難く、望大なれば走(はし)り難し。困しみて往けば悔い多し。困しみて且つ悔い多ければ、以て望に走るべからず。若し偃の慮(おもんぱか)りを以てせば、其れ狄か。夫れ狄は晋に近くして通ぜず、愚陋にして怨み多し、之に走らば達し易し。通ぜざれば以て悪を竄(かく)すべく、怨み多ければ与(とも)に憂いを共にすべし。今若し憂いを狄に休め、以て晋国を観、且つ以て諸侯の為す所を監(み)ば、其れ成らざる無けん」と。乃ち遂に狄に之(ゆ)く。 処ること一年、公子夷吾も亦出奔し、曰く、「盍(なん)ぞ吾が兄に従いて狄に竄れざる」と。冀芮(きぜい)曰く、「不可なり。後れて出でて同じく走らば、罪を免れず。且つ夫れ偕(とも)に出でて偕に入るは難く、聚まり居りて情を異にするは悪(あ)し。梁に走るに若かず。梁は秦に近く、秦は吾が君に親しむ。吾が君老いたり。子往かば、驪姫懼れて、必ず秦に援けを求めん。吾が存するを以て、且つ必ず悔いを告げん。是れ吾が免るるなり」と。乃ち遂に梁に之く。居ること二年、驪姫奄楚(えんそ)をして環(かん)を以て言を釈かしむ。四年にして、復(かえ)りて君と為る。
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