国語 / 晋語一
飲酒出,史蘇告大夫曰:「有男戎必有女戎。若晉以男戎勝戎,而戎亦必以女戎勝晉,其若之何!」里克曰:「何如?」史蘇曰:「昔夏桀伐有施,有施人以妹喜女焉,妹喜有寵,於是乎與伊尹比而亡夏。殷辛伐有蘇,有蘇氏以妲己女焉,妲己有寵,於是乎與膠鬲比而亡殷。周幽王伐有褒,褒人以褒姒女焉,褒姒有寵,生伯服,於是乎與虢石甫比,逐太子宜臼,而立伯服。太子出奔申,申人、鄫人召西戎以伐周,周於是乎亡。今晉寡德而安俘女,又增其寵,雖當三季之王,不亦可乎?且其兆云:『挾以銜骨,齒牙為猾。』我卜伐驪,龜往離散以應我。夫若是,賊之兆也,非吾宅也,離則有之。不跨其國,可謂挾乎?不得其君,能銜骨乎?若跨其國而得其君,雖逢齒牙,以猾其中,誰云不從?諸夏從戎,非敗而何?從政者不可以不戒,亡無日矣!」
新字:飲酒出,史蘇告大夫曰:「有男戎必有女戎。若晋以男戎勝戎,而戎亦必以女戎勝晋,其若之何!」里克曰:「何如?」史蘇曰:「昔夏桀伐有施,有施人以妹喜女焉,妹喜有寵,於是乎与伊尹比而亡夏。殷辛伐有蘇,有蘇氏以妲己女焉,妲己有寵,於是乎与膠鬲比而亡殷。周幽王伐有褒,褒人以褒姒女焉,褒姒有寵,生伯服,於是乎与虢石甫比,逐太子宜臼,而立伯服。太子出奔申,申人、鄫人召西戎以伐周,周於是乎亡。今晋寡徳而安俘女,又增其寵,雖当三季之王,不亦可乎?且其兆云:『挟以銜骨,歯牙為猾。』我卜伐驪,亀往離散以応我。夫若是,賊之兆也,非吾宅也,離則有之。不跨其国,可謂挟乎?不得其君,能銜骨乎?若跨其国而得其君,雖逢歯牙,以猾其中,誰云不従?諸夏従戎,非敗而何?従政者不可以不戒,亡無日矣!」
書き下し
酒を飲みて出づ。史蘇大夫に告げて曰く、「男戎有らば必ず女戎有り。若し晋男戎を以て戎に勝たば、戎も亦必ず女戎を以て晋に勝たん。其れ之を若何せん」と。里克(りこく)曰く、「何如」と。史蘇曰く、「昔夏桀有施(ゆうし)を伐つ。有施人妹喜(ばっき)を以て女(めあわ)す。妹喜寵有り、是に於いてか伊尹と比して夏を亡ぼす。殷辛有蘇を伐つ。有蘇氏妲己(だっき)を以て女す。妲己寵有り、是に於いてか膠鬲(こうかく)と比して殷を亡ぼす。周の幽王有褒(ゆうほう)を伐つ。褒人褒姒(ほうじ)を以て女す。褒姒寵有り、伯服を生み、是に於いてか虢石甫(かくせきほ)と比し、太子宜臼(ぎきゅう)を逐いて伯服を立つ。太子出でて申に奔る。申人・鄫(そう)人西戎を召して以て周を伐ち、周是に於いてか亡ぶ。今晋は徳寡なくして俘女(ふじょ)を安んじ、又其の寵を増す。三季の王に当たると雖も、亦可ならずや。且つ其の兆に云う、『挟むに銜骨を以てし、歯牙猾を為す』と。我驪を伐たんことを卜して、亀往(ゆ)きて離散し以て我に応ず。夫れ是くの若きは、賊の兆なり。吾が宅に非ざるなり。離るること則ち之れ有り。其の国を跨がずして、挟むと謂うべけんや。其の君を得ずして、能く骨を銜まんや。若し其の国を跨ぎて其の君を得れば、歯牙に逢うと雖も、以て其の中を猾せば、誰か従わずと云わん。諸夏戎に従う、敗に非ずして何ぞや。政に従う者は以て戒めざるべからず。亡ぶること日無からん」と。
現代語訳
酒宴が終わって退出すると、史蘇は大夫たちに告げた。「男の戦があれば、必ず女の戦がある。もし晋が男の戦で戎に勝ったのなら、戎もまた必ず女の戦で晋に勝つだろう。これをどうしたものか。」里克(晋の大夫)が「どういうことか」と問うと、史蘇は言った。「昔、夏の桀王が有施氏を討つと、有施の人々は妹喜を桀に嫁がせた。妹喜は寵愛を受け、そこで伊尹(殷の湯王の宰相)と同じ働きをして夏を滅ぼした。殷の紂王(帝辛)が有蘇氏を討つと、有蘇氏は妲己を紂に嫁がせた。妲己は寵愛を受け、そこで膠鬲(殷から周に移った賢臣)と同じ働きをして殷を滅ぼした。周の幽王が有褒氏を討つと、褒の人々は褒姒を幽王に嫁がせた。褒姒は寵愛を受けて伯服を生み、そこで虢石甫(虢公、幽王の寵臣)と手を組んで太子の宜臼を追い出し、伯服を太子に立てた。太子は国を出て申(母の実家の国)に逃れ、申の人々と鄫の人々は西戎を呼び込んで周を攻め、こうして周(西周)は滅んだ。いま晋は徳が乏しいのに捕虜の女を安んじて置き、そのうえ寵愛を増している。夏・殷・周の末世の王になぞらえても、少しもおかしくないではないか。しかも兆しには『骨をくわえたように挟み込み、歯と牙がもてあそぶ』と出た。私が驪戎を討つことを卜ったとき、亀甲のひびは離れ散らばって私に応えた。このような兆しは国を損なう兆しであって、われらが安らかに住める兆しではない。離れ散ることが起きるのだ。敵がわが国にまたがらずして、挟むと言えようか。わが君を手中にせずして、骨をくわえることができようか。もし国にまたがり、君を手中にすれば、歯と牙のあいだにあって内側をもてあそぶのだから、誰が従わないでいられよう。中原の国が戎に従う、それが敗れでなくて何であろうか。国政に携わる者は戒めなければならない。滅びはいつ来てもおかしくない。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
国語・晋語一献公驪戎(りじゅう)を伐たんことを卜(ぼく)す。史蘇(しそ)之を占いて曰く、「勝ちて吉ならず」と。公曰く、「何の謂いぞや」と。対えて曰く、「兆に遇うに、挟むに銜骨(かんこつ)を以てし、歯牙猾(かつ)を為し、戎・夏交々捽(あいう)つ。交々捽つは、是れ交々勝つなり。臣故に云う。且つ口有りて、民を攜(はな)し、国心を移さんことを懼る」と。公曰く、「何の口か之れ有らん。口は寡人に在り。寡人受けずんば、誰か敢えて之を興さん」と。対えて曰く、「苟くも以て攜すべくんば、其の入るや必ず甘んじて受けん。逞(たくま)しくして知らず。胡(なん)ぞ壅(ふさ)ぐべけんや」と。公聴かず、遂に驪戎を伐ち、之に克つ。驪姫を獲て以て帰り、寵有り、立てて以て夫人と為す。公大夫に酒を飲ましめ、司正をして爵を実(み)たして史蘇に与えしめて曰く、「飲みて肴(さかな)無かれ。夫の驪戎の役に、女(なんじ)『勝ちて吉ならず』と曰えり。故に女を賞するに爵を以てし、女を罰するに肴無きを以てす。国に克ち妃を得たり。其れ吉有ること孰(いず)れか焉より大ならん」と。史蘇爵を卒(お)え、再拝稽首して曰く、「兆之有り。臣敢えて蔽わず。兆の紀を蔽わば、臣の官を失う。二罪有り、何を以て君に事えん。大罰将に及ばんとす。唯だに肴無きのみならず。抑々君も亦其の吉を楽しみて其の凶に備えよ。凶の有る無くんば、之に備うるも何ぞ害あらん。若し其れ凶有らば、之に備うるは瘳(い)ゆるを為す。臣の信ならざるは、国の福なり。何ぞ敢えて罰を憚らん」と。
-
国語・晋語一献公驪戎を伐ちて之に克ち、驪子を滅ぼし、驪姫を獲て以て帰り、立てて以て夫人と為し、奚斉(けいせい)を生む。其の娣(てい)卓子を生む。驪姫、申生をして曲沃を主(つかさど)りて以て懸(けん)を速やかにせしめ、重耳(ちょうじ)をして蒲城に処らしめ、夷吾をして屈に処らしめ、奚斉をして絳(こう)に処らしめ、以て辱め無きの故を儆(いまし)めんことを請う。公之を許す。 史蘇朝し、大夫に告げて曰く、「二三大夫其れ之を戒めよ。乱本生ぜり。日(さき)に、君驪姫を以て夫人と為す。民の疾心固より皆至る。昔の伐つや、百姓を興すに百姓の為にするを以てす。是を以て民能く之を欣び、故に忠を尽くし労を極めて以て死を致さざる莫きなり。今君百姓を起こして以て自ら封ず。民外には其の利を得ずして、内には其の貪を悪む。則ち上下既に判(わか)るる有り。然り而して又男を生む。其れ天道なるか。天其の毒を彊くし、民其の態を疾む。其れ乱生ぜんかな。吾聞く、君の好を好みて悪を悪み、楽を楽しみて安を安んず、是を以て能く常有りと。木を伐りて其の本よりせずんば、必ず復た生ず。水を塞ぎて其の源よりせずんば、必ず復た流る。禍を滅ぼして其の基よりせずんば、必ず復た乱る。今君其の父を滅ぼして其の子を畜(やしな)う。禍の基なり。其の子を畜い、又其の欲に従う。子は父の恥に報いんことを思いて其の欲を信(の)ぶ。色を好むと雖も、必ず心を悪む。好むと謂うべからず。其の色を好めば、必ず之に情を授く。彼其の情を得て以て其の欲を厚くし、其の悪心に従わば、必ず国を敗りて且つ深く乱れん。乱は必ず女戎よりす。三代皆然り」と。驪姫果たして難を作し、太子を殺して二公子を逐う。君子曰く、「難の本を知れり」と。
-
国語・晋語一郭偃(かくえん)曰く、「夫れ三季の王の亡ぶるや宜なり。民の主なるに、惑いを縦(ほしいまま)にして疚(や)まず、侈(おご)りを肆(ほしいまま)にして違わず、志を流して行い、疚まざる所無し。是を以て亡に及びて追鑒(ついかん)を獲ず。今晋国の方は、偏侯なり。其の土又小さく、大国側に在り。惑いを縦にせんと欲すと雖も、未だ専らにするを獲ざるなり。大家・鄰国将に之を師保せんとす。多くして驟(しばしば)立つるも、其れ集(いた)りて亡びざらん。驟立つと雖も、五に過ぎず。且つ夫れ口は、三五の門なり。是を以て讒口の乱は、三五に過ぎず。且つ夫れ挟むは、小鯁(しょうこう)なり。以て小しく戕(そこな)うべくして、国を喪う能わず。之に当たる者は戕われん。晋に於いて何の害かあらん。之を挟むと謂うと雖も、而も猾するに歯牙を以てすれば、口堪えざるなり。其れ与(とも)にすること幾何ぞ。晋国の懼るること則ち甚だしきも、亡ぶること猶お未だしなり。商の衰うるや、其の銘に之有りて曰く、『嗛嗛(けんけん)の徳は、就くに足らざるなり。以て矜(ほこ)るべからずして、祇(ただ)に憂いを取るなり。嗛嗛の食は、狃(な)るるに足らざるなり。膏と為る能わずして、祗(ただ)に咎(とが)に罹(かか)るなり』と。驪の乱と雖も、其の咎に罹るのみ。其れ何ぞ能く服せん。吾聞く、乱を以て聚むるを得る者は、謀に非ざれば時を卒えず、人に非ざれば難を免れず、礼に非ざれば年を終えず、義に非ざれば歯を尽くさず、徳に非ざれば世に及ばず、天に非ざれば数を離れずと。今其の安きに拠らざれば、能く謀ると謂うべからず。之を行うに歯牙を以てすれば、人を得たりと謂うべからず。国を廃して己に向かわしむれば、礼と謂うべからず。度らずして迂求すれば、義と謂うべからず。寵を以て怨みを賈(か)えば、徳と謂うべからず。族少なくして敵多ければ、天と謂うべからず。徳義行われず、礼義則(のっと)られず、人を棄て謀を失わば、天も亦賛(たす)けず。吾君夫人を観るに、若し乱を為さば、其れ猶お隷農のごときなり。沃田を獲て勤めて之を易(おさ)むと雖も、将に饗(う)くるに克(た)えずして、人の為にするのみならん」と。 士蒍(しい)曰く、「誡めは豫(あらかじ)めするに如くは莫し。豫めして後に給(た)る。夫子之を誡む。抑々二大夫の言は其れ皆有らん」と。 既にして、驪姫克たず、晋秦に正され、五たび立てて後に平らぐ。
-
国語・鄭語王婦人をして幃(い)せずして之を譟(さわ)がしむ。化して玄黿(げんげん)と為り、以て王府に入る。府の童妾未だ齓(しん)を既(つ)くさずして之に遭い、既に笄(けい)して孕み、宣王の時に当たりて生む。夫あらずして育(う)む、故に懼れて之を棄つ。弧服を為る者方(まさ)に戮せられんとして路に在り、夫婦其の夜号(な)くを哀れみて、之を取りて以て逸し、褒に逃る。褒人褒姁(ほうく)獄有りて、以て王に入る。王遂に之を置きて、是の女を嬖(へい)し、后と為るに至らしめて伯服を生む。天の此を生ずること久し、其の毒たること大なり。将に淫徳を候(うかが)いて之に加えんとす。毒の酋腊(しゅうせき)なる者は、其の殺すこと滋(ますます)速やかなり。申・繒(そう)・西戎方に彊く、王室方に騒がし。将に以て欲を縦(ほしいまま)にせんとす、亦難からずや。王太子を殺して以て伯服を成さんと欲せば、必ず之を申に求めん。申人畀(あた)えずんば、必ず之を伐たん。若し申を伐たば、繒と西戎と会して以て周を伐ち、周守らざらん。繒と西戎と方に将に申を徳とせんとし、申・呂方に彊し。其の太子を隩愛(いくあい)すること亦必ず知るべきなり。王師若し在らば、其の之を救うこと亦必然なり。王心怒り、虢公従う。凡そ周の存亡は、三稔(さんじん)ならず。君若し其の難を避けんと欲せば、其れ速やかに所を規(はか)れ。時至りて用を求むるも、恐らくは及ぶ無からん」と。 公曰く、「若し周衰えなば、諸姫其れ孰か興らん」と。対えて曰く、「臣之を聞く、武は実に文の功を昭らかにす。文の祚(そ)尽きなば、武其れ嗣がんか。武王の子は、応・韓在らず、其れ晋に在らんか。険に距(よ)りて小に隣す、若し之に加うるに徳を以てせば、以て大いに啓くべし」と。公曰く、「姜・嬴其れ孰か興らん」と。対えて曰く、「夫れ国大にして徳有る者は興るに近し。秦仲・斉侯は、姜・嬴の雋(しゅん)なり、且つ大なり、其れ将に興らんとするか」と。公説(よろこ)び、乃ち東のかた帑(ど)と賄とを寄す。虢・鄶之を受け、十邑皆寄地有り。
-
国語・鄭語「夫れ虢石父(かくせきほ)は讒諂巧従の人なり。而るを立てて以て卿士と為す、剸同に与するなり。聘后を棄てて内妾を立つ、窮固を好むなり。侏儒・戚施(せきし)、実に御して側に在り、頑童に近づくなり。周の法昭らかならずして、婦言是れ行わる、讒慝を用うるなり。卿士を建立せずして、妖試幸措す、暗昧を行うなり。是の物や、以て久しかるべからず。且つ宣王の時童謡有りて曰く、『檿弧(えんこ)箕服(きふく)、実に周国を亡ぼさん』と。是に於て宣王之を聞く。夫婦の是の器を鬻(ひさ)ぐ者有り、王執えて之を戮せしむ。府の小妾女を生みて王の子に非ず、懼れて之を棄つ。此の人や、収めて以て褒(ほう)に奔る。天の此に命ずること久し、其れ又何ぞ為すべけんや。訓語に之有りて曰く、『夏の衰うるや、褒人の神化して二龍と為り、以て王庭に同(あつ)まりて、言いて曰く、「余は褒の二君なり」と。夏后之を殺すと之を去ると之を止むるとを卜するに、吉なる莫し。其の漦(し)を請いて之を蔵せんことを卜するに、吉なり。乃ち幣を布きて策もて之に告ぐ。龍亡せて漦在り、櫝(ひつ)にして之を蔵し、伝えて之を郊す』と。殷・周に及ぶまで、之を発(ひら)く莫し。厲王の末に及び、発きて之を観る。漦庭に流れて、除くべからず。
-
史記 周本紀土演ぶる所無くんば、民財用に乏し、亡びずして何をか待たん。昔伊・洛竭きて夏亡び、河竭きて商亡ぶ。今周の徳二代の季の若し、其の川原又塞がる、塞がれば必ず竭く。夫れ国は必ず山川に依る。山崩れ川竭くるは、亡国の徴なり。川竭くれば必ず山崩る。若し国亡ぶとも十年を過ぎず、数の紀なり。天の棄つる所、其の紀を過ぎず」と。是の歳や、三川竭き、岐山崩る。三年、幽王褒姒を嬖愛す。褒姒子伯服を生み、幽王太子を廃せんと欲す。太子の母は申侯の女にして、后為り。後に幽王褒姒を得て、之を愛し、申后を廃し、并せて太子宜臼を去り、褒姒を以て后と為し、伯服を以て太子と為さんと欲す。周の太史伯陽史記を読みて曰く、「周亡びたり」と。昔夏后氏の衰へしより、二神龍有りて夏帝の庭に止まりて言ひて曰く、「余は、褒の二君なり」と。夏帝之を殺すと之を去ると之を止むるとを卜するに、吉なる莫し。其の漦を請ひて之を蔵せんことを卜するに、乃ち吉なり。是に於て幣を布きて之に策告す。龍亡せて漦在り、櫝にして之を去る。夏亡びて、此の器を殷に伝ふ。殷亡びて、又此の器を周に伝ふ。三代に比びて、敢へて之を発く莫し。厲王の末に至りて、発きて之を観る。漦庭に流れ、除く可からず。厲王婦人をして裸にして之に譟がしむ。漦化して玄黿と為り、以て王の後宮に入る。後宮の童妾既に齔にして之に遭ひ、既に笄して孕み、夫無くして子を生み、懼れて之を棄つ。宣王の時童女謡ひて曰く、「厭弧箕服、実に周国を亡ぼさん」と。是に於て宣王之を聞く。夫婦是の器を売る者有り、宣王執へて之を戮さしむ。道に逃れ、而して郷者の後宮の童妾の棄てし所の妖子の路に出づる者を見、其の夜啼くを聞き、哀れみて之を収む。夫婦遂に亡げて、褒に奔る。褒人罪有り、童妾の棄てし所の女子を王に入れて以て罪を贖はんことを請ふ。棄てられし女子褒より出づ、是を褒姒と為す。幽王の三年に当たり、王の後宮に之を見て愛し、子伯服を生む。竟に申后及び太子を廃し、褒姒を以て后と為し、伯服を太子と為す。太史伯陽曰く、「禍成れり、奈何ともす可き無し」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る