国語 / 魯語下
季武子為三軍,叔孫穆子曰:「不可。天子作師,公帥之,以征不德。元侯作師,卿帥之,以承天子。諸侯有卿無軍,帥教衛以贊元侯。自伯、子、男有大夫無卿,帥賦以從諸侯。是以上能征下,下無姦慝。今我小侯也,處大國之間,繕貢賦以共從者,猶懼有討。若為元侯之所,以怒大國,無乃不可乎?」弗從。遂作中軍。自是齊、楚代討於魯,襄、昭皆如楚。
新字:季武子為三軍,叔孫穆子曰:「不可。天子作師,公帥之,以征不徳。元侯作師,卿帥之,以承天子。諸侯有卿無軍,帥教衛以賛元侯。自伯、子、男有大夫無卿,帥賦以従諸侯。是以上能征下,下無姦慝。今我小侯也,処大国之間,繕貢賦以共従者,猶懼有討。若為元侯之所,以怒大国,無乃不可乎?」弗従。遂作中軍。自是斉、楚代討於魯,襄、昭皆如楚。
書き下し
季武子(きぶし)、三軍を為(つく)らんとす。叔孫穆子曰く、「不可なり。天子は師を作り、公之を帥いて、以て不徳を征す。元侯は師を作り、卿之を帥いて、以て天子を承(う)く。諸侯は卿有りて軍無く、教衛を帥いて以て元侯を賛(たす)く。伯・子・男より大夫有りて卿無く、賦を帥いて以て諸侯に従う。是を以て上は能く下を征し、下には姦慝(かんとく)無し。今、我は小侯なり。大国の間に処(お)り、貢賦を繕(おさ)めて以て従者に共(きょう)するも、猶お討たるること有らんことを懼る。若し元侯の所を為して、以て大国を怒らせば、乃ち不可なること無からんや」と。従わず。遂に中軍を作る。是より斉・楚代わる代わる魯を討ち、襄・昭皆楚に如く。
現代語訳
季武子(魯の執政、季孫宿)が魯に三軍を設けようとした。叔孫穆子が言った。「なりません。天子は軍を起こし、公がこれを率いて、徳のない者を征伐します。諸侯の長である元侯は軍を起こし、卿がこれを率いて、天子の命を受けます。ふつうの諸侯は卿はあっても軍は持たず、訓練した護衛の兵を率いて元侯を助けます。伯・子・男の国は大夫はあっても卿はなく、兵賦を率いて諸侯に従います。こうして上は下を征することができ、下にはよこしまな者が出ないのです。いま、わが魯は小さな諸侯の国で、大国の間にはさまれ、貢ぎ物を整えて大国の使いに差し出してもなお、討たれはしないかと恐れているありさまです。それなのに元侯と同じ軍備を整えて大国を怒らせるのは、いけないのではありませんか」。季武子は聞き入れず、ついに中軍を設けて三軍とした。これより後、斉と楚がかわるがわる魯を攻め、襄公も昭公もともに楚へ出向いて機嫌をとることになった。
解説
この章句が説くこと
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