古事記 / 下巻・女鳥王と速総別王
爾八田若郎女答歌曰。夜多能。比登母登須宜波。比登理袁理登母。意富岐彌斯。與斯登岐許佐婆。比登理袁理登母。故爲八田若郎女之御名代。定八田部也。亦天皇。以其弟速總別王。爲媒而。乞庶妹女鳥王。爾女鳥王。語速總別王曰。因大后之强。不治賜八田若郎女。故思不仕奉。吾爲【汝/波】命之妻。即相婚。是以。速總別王。不復奏。爾天皇。直幸女鳥王之所坐而。坐其殿戶之閾上。於是。女鳥王。坐機而織服。爾天皇歌曰。賣杼理能。和賀意富岐美能。淤呂須波多。他賀多泥呂迦母。女鳥王答歌曰。多迦由久夜。波夜夫佐和氣能。美淤須比賀泥。故天皇。知其情。還入於宮。此時。其夫速總別王到來之時。其妻女鳥王歌曰。比婆理波。阿米邇迦氣流。多迦由玖夜。波夜夫佐和氣。佐邪岐登艮佐泥。
新字:爾八田若郎女答歌曰。夜多能。比登母登須宜波。比登理袁理登母。意富岐弥斯。与斯登岐許佐婆。比登理袁理登母。故為八田若郎女之御名代。定八田部也。亦天皇。以其弟速総別王。為媒而。乞庶妹女鳥王。爾女鳥王。語速総別王曰。因大后之強。不治賜八田若郎女。故思不仕奉。吾為【汝/波】命之妻。即相婚。是以。速総別王。不復奏。爾天皇。直幸女鳥王之所坐而。坐其殿戸之閾上。於是。女鳥王。坐機而織服。爾天皇歌曰。売杼理能。和賀意富岐美能。淤呂須波多。他賀多泥呂迦母。女鳥王答歌曰。多迦由久夜。波夜夫佐和気能。美淤須比賀泥。故天皇。知其情。還入於宮。此時。其夫速総別王到来之時。其妻女鳥王歌曰。比婆理波。阿米邇迦気流。多迦由玖夜。波夜夫佐和気。佐邪岐登艮佐泥。
書き下し
ここに八田若郎女、答へて歌ひて曰く、「八田の ひともとすげは ひとり居りとも 大君し よしと聞こさば ひとり居りとも」。故、八田若郎女の御名代と為て、八田部を定めき。また天皇、その弟速総別王を以て媒と為して、庶妹女鳥王を乞ひたまひき。ここに女鳥王、速総別王に語りて曰く、「大后の強きに因りて、八田若郎女を治め賜はず。故、仕へ奉らじと思ふ。吾は汝命の妻と為らむ」といひて、即ち相婚ひたまひき。ここを以て、速総別王、復奏さざりき。ここに天皇、直に女鳥王の坐す所に幸行でまして、その殿戸の閾の上に坐しき。ここに女鳥王、機に坐して服を織りたまひき。ここに天皇歌ひて曰く、「女鳥の わが大君の 織ろす服 誰が料ろかも」。女鳥王、答へて歌ひて曰く、「高行くや 速総別の 御襲衣料」。故、天皇、その情を知りて、宮に還り入りたまひき。この時、その夫速総別王到来りし時、その妻女鳥王歌ひて曰く、「雲雀は 天に翔る 高行くや 速総別 鷦鷯取らさね」。
現代語訳
八田若郎女は答えて歌いました。「八田の一本菅は、独りでいても、大君がよいとおっしゃるなら、独りでいてもかまいません」。そこで八田若郎女の御名代として八田部を定めました。また天皇は、弟の速総別王を仲立ちにして、異母妹の女鳥王を求められました。ところが女鳥王は速総別王に語りました。「大后が強くて、八田若郎女も宮に迎えられません。だからお仕えするのは嫌です。私はあなたの妻になりましょう」と言って、すぐに結婚しました。それで速総別王は復命しませんでした。天皇は自ら女鳥王の家に行き、その殿の戸の敷居の上に座られました。女鳥王は機に座って衣を織っていました。天皇は歌われました。「女鳥が、わが大君のために織る衣は、誰のものか」。女鳥王は答えて歌いました。「空高く飛ぶ隼別の、お召し物にする衣です」。天皇はその心を知って宮に帰りました。そこへ夫の速総別王が来た時、女鳥王は歌いました。「雲雀は天に飛び上がる、空高く飛ぶ隼別よ、鷦鷯(天皇)を取ってしまいなさい」。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』下巻・二王の逃亡と玉釧の露見天皇、この歌を聞きて、即ち軍を興して殺さむと欲ひたまひき。ここに速総別王、女鳥王、共に逃げ退きて、倉椅山に騰りましき。ここに速総別王歌ひて曰く、「梯立の 倉椅山を 嶮しみと 岩かきかねて 吾が手取らすも」。また歌ひて曰く、「梯立の 倉椅山は 嶮しけど 妹と登れば 嶮しくもあらず」。故、その地より逃げ亡せて、宇陀の蘇邇に到りし時、御軍追ひ到りて殺しき。その将軍山部大楯連、その女鳥王の纏ける御手の玉釧を取りて、己が妻に与へき。この時の後、豊楽せむとする時、氏氏の女等、皆朝参りき。ここに大楯連の妻、その王の玉釧を以て己が手に纏きて参り赴きき。ここに大后石之日売命、自ら大御酒の柏を取りて、諸の氏氏の女等に賜ひき。ここに大后、その玉釧を見知りて、御酒の柏を賜はずして、乃ち引き退けて、その夫大楯連を召し出でて、詔りたまひしく、「その王等、無礼に因りて退けらえつ。これは異なる事無きのみ。夫れ奴や、己が君の御手に纏ける玉釧を、膚も煌かに剥ぎ持ち来て、即ち己が妻に与へつ」とのりたまひて、即ち死刑に給ひき。
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『古事記』下巻・黒日売の歌と八田若郎女ここに大御羹を羞めむと為て、その地の菘菜を採む時、天皇、その嬢子の菘を採む処に到り坐して、歌ひて曰く、「山県に 蒔ける菘菜も 吉備人と 共にし摘めば 楽しくもあるか」。天皇、上り幸でます時、黒日売、御歌を献りて曰く、「大和辺に 西風吹き上げて 雲離れ 退き居りとも 我忘れめや」。また歌ひて曰く、「大和辺に 行くは誰が夫 隠り処の 下よ延へつつ 行くは誰が夫」。この後の時、大后、豊楽をせむと為て、御綱柏を採りに、木の国に幸行でます間に、天皇、八田若郎女を婚ひたまひき。ここに大后、御綱柏を御船に積み盈てて、還り幸でます時、氷取の司に駆使はれたる、吉備の国の児島の仕丁、これ己が国に退るに、難波の大渡にて、後れたる倉人女の船に遇ひき。乃ち語りて云はく、「天皇は、皆八田若郎女を婚ひて、昼夜戯れ遊びたまふ。若し大后、この事を聞こしめさぬか。静かに遊び幸行でます」といひき。ここにその倉人女、この語言を聞き、すなはち御船に追ひ近づきて、白す状、具さに仕丁の言の如し。
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『古事記』下巻・奴理能美の虫と皇后の弁明また、その妹口比売、及び奴理能美、三人議りて、天皇に奏さしめて云ひしく、「大后の幸行でましし所以は、奴理能美の養ふ虫、一たびは匐ふ虫と為り、一たびは殻と為り、一たびは飛ぶ鳥と為る、三色に変はる奇しき虫有り。この虫を看行はしに入り坐ししのみ。更に異心無し」とまをしき。かく奏す時、天皇詔りたまひしく、「然らば、吾も奇し異しと思ふ。故、見に行かむと欲ふ」とのりたまひて、大宮より上り幸行でまして、奴理能美の家に入り坐しし時、その奴理能美、己が養ふ三種の虫を大后に献りき。ここに天皇、その大后の坐す殿戸に御立ちして、歌ひて曰く、「つぎねふ 山城女の 木鍬持ち 打ちし大根 さわさわに 汝が言へせこそ 打ち渡す 八桑枝なす 来入り参ゐ来れ」。この天皇と大后の歌ひたまひし六つの歌は、志都歌の返歌なり。天皇、八田若郎女を恋ひて、御歌を賜ひ遣はす。その歌に曰く、「八田の ひともとすげは 子持たず 立ちか荒れなむ あたらすが原 言をこそ すが原と言はめ あたらしすがし女」。
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『古事記』下巻・口子臣の歌と雨中の嘆願また、丸邇臣口子を続けて遣はして、歌ひて曰く、「みもろの その高きなる 大韋子が 腹の 大韋子が 腹にある 肝向かふ 心をだにか 相思はずあらむ」。また歌ひて曰く、「つぎねふ 山城女の 木鍬持ち 打ちし大根 根白の 白腕 枕かずけばこそ 知らずとも言はめ」。故、この口子臣、この御歌を白す時、大雨降りき。ここにその雨を避けず、前の殿戸に参り伏せば後の戸に違ひ出で、後の殿戸に参り伏せば前の戸に違ひ出づ。ここに匍匐ひ進み赴きて、庭の中に跪く時、水潦腰に至りき。その臣、紅の紐著けたる青摺の衣を服たり。故、水潦、紅の紐に拂れて、青みな紅の色に変はりき。ここに口子臣の妹、口日売、大后に仕へ奉れり。故、この口日売歌ひて曰く、「山城の 筒木の宮に 物申す 吾が兄の君は 涙ぐましも」。ここに太后、その由を問ひたまふ時、答へて白さく、「僕の兄、口子臣なり」とまをしき。ここに口子臣、(原文はここで途切れる)
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『古事記』中巻・大久米命の歌と皇后選びここに大久米命、その伊須気余理比売を見て、歌を以て天皇に白して曰く、「大和の 高佐士野を 七行く 乙女ども 誰をしまかむ」と。ここに伊須気余理比売は、その媛女どもの前に立てり。すなはち天皇、その媛女どもを見て、御心に伊須気余理比売の最前に立てるを知らして、歌を以て答へて曰く、「かつがつも いや先立てる 兄をしまかむ」と。ここに大久米命、天皇の命を以て、その伊須気余理比売に詔りたまふ時に、その大久米命の黥ける利き目を見て、奇しと思ひて歌ひて曰く、「あめつつ ちどりましとと など割ける利目」と。ここに大久米命、答へて歌ひて曰く、「嬢子に 直に逢はむと 我が割ける利目」と。かれその嬢子、「仕へ奉らむ」と白しき。ここにその伊須気余理比売命の家は、狭井河の上にあり。天皇、その伊須気余理比売のもとに幸行でまして、一宿御寝したまひき。その河を佐韋河と謂ふ由は、その河辺に山由理草多にあり。かれその山由理草の名を取りて、佐韋河と号けたり。山由理草の本の名は佐韋と云ふなり。後にその伊須気余理比売、宮内に参入る時に、
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『古事記』中巻・矢河枝比売との出会い一時、天皇、近つ淡海の国に越え幸でましし時、宇遅野の上に御立ちして、葛野を望けて、歌ひて曰く、「千葉の 葛野を見れば 百千足る 家庭も見ゆ 国の秀も見ゆ」。故、木幡の村(山城国宇治郡)に到り坐しし時、麗美しき嬢子、その道衢に遇へり。ここに天皇、その嬢子に問ひて曰く、「汝は誰が子ぞ」とのりたまへば、答へて白さく、「丸邇之比布礼能意富美の女、名は宮主矢河枝比売」とまをしき。天皇すなはちその嬢子に詔りたまはく、「吾、明日還り幸でます時、汝が家に入り坐さむ」とのりたまひき。故、矢河枝比売、委曲にその父に語りき。ここに父答へて曰く、「これは天皇にますなり。恐し。我が子仕へ奉れ」と云ひて、その家を厳餝りて候ひ待てば、明日入り坐しき。故、大御饗を献る時、その女矢河枝比売に、大御酒盞を取らしめて献りき。ここに天皇、その大御酒盞を取らしめながら、御歌に曰く、「この蟹や いづくの蟹 百伝ふ 角鹿の蟹 横去らふ いづくに至る 伊知遅島 み島に着き 鳰鳥の 潜き息づき しなだゆふ 楽浪道を すくすくと 我が行ませばや 木幡の道に 遇はしし嬢子 後方は 小楯ろかも 歯並みは 椎菱如す 櫟井の 丸邇坂の土を 初土は 膚赤らけみ 底土は 丹黒きゆゑ 三つ栗の その中つ土を 頭著く 真火には当てず 眉画き 濃に画き垂れ 遇はしし女 かもがと 我が見し子ら かくもがと 我が見し子に うたたけだに 向ひ居るかも い副ひ居るかも」。かく御合したまひき。

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