古事記 / 中巻・神託と新羅への渡海
亦建內宿禰居於沙庭。請神之命。於是敎覺之狀。具如先日。凡此國者。坐汝命御腹之御子。所知國者也。爾建內宿禰白。恐我大神。坐其神腹之御子。何子歟。答詔。男子也。爾具請之。今如此言敎之大神者。欲知其御名。即答詔。是天照大神之御心者。亦底筒男。中筒男。上筒男三柱大神者也。(此時其三柱大神之御名者顯也。)今寔思求其國者。於天神地祇。亦山神及河海之諸神。悉奉幣帛。我之御魂坐于船上而。眞木灰納瓠。亦箸及比羅傳(此三字以音)多作。皆皆散浮大海。以可度。故備如敎覺。整軍雙船。度幸之時。海原之魚。不問大小。悉負御船而渡。爾順風大起。御船從浪。故其御船之波瀾。押騰新羅之國。既到半國。於是其國主畏惶奏言。自今以後。隨天皇命〔而〕。爲御馬甘。每年雙船。不乾船腹。不乾柂檝。共與天地。無退仕奉。
新字:亦建内宿祢居於沙庭。請神之命。於是教覚之状。具如先日。凡此国者。坐汝命御腹之御子。所知国者也。爾建内宿祢白。恐我大神。坐其神腹之御子。何子歟。答詔。男子也。爾具請之。今如此言教之大神者。欲知其御名。即答詔。是天照大神之御心者。亦底筒男。中筒男。上筒男三柱大神者也。(此時其三柱大神之御名者顕也。)今寔思求其国者。於天神地祇。亦山神及河海之諸神。悉奉幣帛。我之御魂坐于船上而。真木灰納瓠。亦箸及比羅伝(此三字以音)多作。皆皆散浮大海。以可度。故備如教覚。整軍双船。度幸之時。海原之魚。不問大小。悉負御船而渡。爾順風大起。御船従浪。故其御船之波瀾。押騰新羅之国。既到半国。於是其国主畏惶奏言。自今以後。随天皇命〔而〕。為御馬甘。毎年双船。不乾船腹。不乾柂檝。共与天地。無退仕奉。
書き下し
また建内宿禰、沙庭に居て、神の命を請ひき。ここに教へ覚したまふ状、具さに先の日の如し。「凡そこの国は、汝命の御腹に坐す御子の知らさむ国なり」とのりたまひき。ここに建内宿禰白さく、「恐し、我が大神、その神の腹に坐す御子は、何れの子ぞや」とまをししかば、答へて詔りたまはく、「男子ぞ」とのりたまひき。ここに具さに請ひまをさく、「今かく言ひ教へたまふ大神は、その御名を知らまくほし」とまをししかば、すなはち答へて詔りたまはく、「これは天照大神の御心ぞ。また底筒男・中筒男・上筒男の三柱の大神ぞ。(この時、その三柱の大神の御名は顕れき。)今まことにその国を求めむと思ほさば、天つ神・地つ祇、また山の神及び河海の諸の神に、悉に幣帛を奉り、我が御魂を船の上に坐せて、真木の灰を瓠に納れ、また箸及び比羅伝(この三字は音を以ゐる)を多に作りて、皆々大海に散らし浮けて渡るべし」とのりたまひき。故、教へ覚したまひし如く、軍を整へ船を雙べて渡り幸でましし時、海原の魚、大小を問はず、悉に御船を負ひて渡りき。ここに順風大きに起こり、御船、浪のまにまに行きぬ。故、その御船の波瀾、新羅の国に押し騰りて、既に国の半ばに到りき。ここにその国主、畏れ惶みて奏言さく、「今より以後、天皇の命のまにまに、御馬甘と為りて、年ごとに船を雙べて、船腹を乾さず、柂檝を乾さず、天地のむた、退くことなく仕へ奉らむ」とまをしき。
現代語訳
建内宿禰はふたたび斎場に座って、神のお言葉を求めました。お告げの様子は先の日とまったく同じで、「この国は、あなたのお腹におられる御子が治める国である」と告げられました。建内宿禰が「恐れ多いことです、わが大神よ。その神のお腹におられる御子は、どのような子でしょうか」と尋ねると、「男の子である」と答えられました。さらに詳しく「今このように教えてくださる大神のお名前を知りたく存じます」と願うと、「これは天照大神の御心である。また底筒男・中筒男・上筒男の三柱の大神である」と答えられ、このとき三柱の大神の名が明らかになりました。神はさらに「もし本当にその国を求めようと思うなら、天の神・地の神、山の神、川や海のすべての神に幣帛を捧げ、私の御魂を船の上に鎮め、真木の灰をひょうたんに入れ、箸と比羅伝(葉の皿)をたくさん作って、すべて大海に散らし浮かべて渡りなさい」と教えました。そこで教えのとおりに軍を整え船を並べて渡ると、海の魚は大小を問わずすべて御船を背負って運びました。順風が強く吹き、船は波に乗って進み、その波は新羅の国に押し上がって、国の半ばにまで達しました。新羅の国王は恐れ入って申し上げました。「今から後は天皇の命に従い、御馬飼となって、毎年船を並べ、船腹も楫も乾く間なく、天地とともに退くことなくお仕えいたします。」
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』中巻・筑紫での出産と釣り故、ここを以ちて、新羅の国は御馬甘と定め、百済の国は渡の屯家と定めたまひき。ここにその御杖を以ちて、新羅の国主の門に衝き立てき。すなはち墨江大神の荒御魂を、国守ります神と為して、祭り鎮めて還り渡りたまひき。故、その政未だ竟へざる間に、その懐妊みたまへるが産み月に臨みき。すなはち御腹を鎮めむと為て、石を取りて御裳の腰に纏きて、筑紫の国に渡りたまひき。その御子は阿礼坐しき。(阿礼の二字は音を以ゐる)故、その御子の生れませる地を号けて宇美と謂ふ。また、その御裳に纏きたまへりし石は、筑紫の国の伊斗村に在り。また筑紫の末羅県の玉島の里に到り坐して、御食したまふ時、四月の上旬に当たれり。ここにその河中の礒に坐して、御裳の糸を抜き取り、飯粒を以ちて餌と為て、その河の年魚を釣りたまひき。(その河の名は小河と謂ふ。またその礒の名は勝門比売と謂ふ。)故、四月の上旬の時、女人、裳の糸を抜き、粒を餌として年魚を釣ること、今に至るまで絶えず。ここに息長帯日売命、倭に還り上ります時、人の心を疑ひて、喪船を具へ、御子をその喪船に載せて、まづ「御子既に崩りましぬ」と言ひ漏さしめたまひき。かく上り幸でます時、香坂王・忍熊王、聞きて、待ち取らむと思ひて、斗賀野に進み出でて、宇気比猟をしたまひき。
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『神皇正統記』巻二 第十五代 神功皇后第十五代、神功皇后は息長の宿禰の女、開化天皇四世の御孫也。息長足姫の尊と申す。仲哀たてゝ皇后とす。仲哀神のをしへによらず、世を早くし給しかば、皇后いきどほりまして、七日あつて別殿を作り、いもほりこもらせ給。此時応神天皇はらまれましましけり。神がゝりてさまざま道ををしへ給ふ。此神は「表筒男・中筒男・底筒男なり。」となんなのり給けり。是は伊弉諾尊日向の小戸の川檍が原にてみそぎし給し時、化生しましける神也。後には摂津国住吉にいつかれ給神これなり。かくて新羅・百済・高麗をうちしたがへ給き。海神かたちをあらはし、御船をはさみまぼり申しかば、思の如く彼国を平げ給。神代より年序久くつもれりしに、かく神威をあらはし給ける、不測御ことなるべし。海中にして如意の珠を得給へりき。さてつくしにかへりて皇子を誕生す。応神天皇にまします。神の申給しによりて、是を胎中の天皇とも申。皇后摂政して辛巳年より天下をしらせ給。
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『古事記』中巻・神の託宣と仲哀天皇の崩御ここをもちて腹の中に坐しながら国を〔定め〕たまふを知りぬ。この御世に、淡道の屯家を定めたまひき。その大后息長帯日売命は、当時(そのかみ)神を帰(よ)せたまひき。かれ天皇、筑紫の訶志比宮に坐して、熊曾国を撃たむとせし時に、天皇御琴を控(ひ)きて、建内宿禰大臣沙庭(さには)に居て、神の命を請ひき。ここに大后神を帰せて、言教へ覚し詔りたまはく、「西の方に国あり。金銀を本として、目の炎耀く種々の珍宝、多くその国に在り。吾今その国を帰せ賜はむ」とのりたまひき。爾して天皇答へ白さく、「高き地に登りて西の方を見れば、国土は見えず、ただ大海のみあり」とまをして、詐りの神と謂ひて、御琴を押し退けて控かず、默して坐しき。爾してその神大く忿りて詔りたまはく、「およそこの天の下は、汝の知るべき国にあらず。汝は一道に向へ」とのりたまひき。ここに建内宿禰大臣白さく、「恐し、我が天皇、なほその大御琴を阿蘇婆勢(あそばせ)」とまをしき。(阿より勢に至るまで音をもちてす。)爾して稍々その御琴を取り依せて、那麻那麻邇(なまなまに)(この五字は音をもちてす)控き坐しき。かれ幾ばくも久しからずして、御琴の音聞こえず。即ち火を挙げて見れば、既に崩りたまひ訖(をは)りき。爾して驚き懼(おそ)りて殯宮に坐せまつり、更に国の大奴佐(おほぬさ)を取りて、(奴佐の二字は音をもちてす。)種々の罪の類(たぐひ)を求めて、生剥ぎ、逆剥ぎ、阿離ち、溝埋み、屎戸、上通下通婚、馬婚、牛婚、鶏婚、犬婚の罪の類を、国の大祓として行ひたまひき。
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『古事記』上巻・笠沙の宮と海鼠の口手に天の真鹿児矢を挟み、御前に立ちて仕へ奉りき。故、その天忍日命(こは大伴連らの祖)、天津久米命(こは久米直らの祖なり)。ここに詔りたまひしく、「此地は、韓国に向ひ、真来通りて、笠沙の御前にして、朝日の直刺す国、夕日の日照る国なり。故、此地はいと吉き地」と詔りたまひて、底つ石根に宮柱ふとしり、高天原に氷椽たかしりて坐しき。ここに天宇受売命に詔りたまひしく、「此の御前に立ちて仕へ奉れる猨田毘古大神は、専ら顕はし申せし汝、送り奉れ。またその神の御名は、汝負ひて仕へ奉れ」とのりたまひき。ここを以ちて猨女君らは、その猨田毘古の男神の名を負ひて、女を猨女君と呼ぶ事これなり。故、その猨田毘古神、阿邪訶(この三字は音を以ちてす。地名)に坐しし時、漁して、比良夫貝(ひよりふまでは音を以ちてす)にその手を咋ひ合はさえて、海塩に沈溺れき。故、その底に沈み居し時の名は、底どく御魂(どくの二字は音を以ちてす)と謂ひ、その海水のつぶたつ時の名は、つぶたつ御魂(つよりしも四字は音を以ちてす)と謂ひ、その泡咲く時の名は、あわさく御魂(あよりくまでは音を以ちてす)と謂ふ。ここに猨田毘古神を送りて還り到りて、乃ち悉に鰭の広物・鰭の狭物を追ひ聚めて、問ひて言ひしく、「汝は天つ神の御子に仕へ奉らむや」といひし時、諸の魚、皆「仕へ奉らむ」と白す中に、海鼠は白さざりき。
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『古事記』上巻・天孫降臨の命と邇邇芸命故、建御雷神、返り参上りて、葦原中国を言向け和平しし状を復奏しき。ここに天照大御神、高木神の命以ちて、太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命に詔りたまひしく、「今、葦原中国を平け訖へぬと白す。故、言依さし賜へるまにまに、降り坐して知らせ」とのりたまひき。ここにその太子正勝吾勝勝速日天忍穂耳命、答へ白ししく、「僕は降らむ装束せしむる間に、子生れ出でぬ。名は天邇岐志国邇岐志天津日高日子番能邇邇芸命。この子を降すべし」とまをしき。この御子は、高木神の女、万幡豊秋津師比売命に御合ひて、生める子、天火明命、次に日子番能邇邇芸命(二柱)なり。ここを以ちて白しし随に、日子番能邇邇芸命に科せ詔りたまひしく、「この豊葦原水穂国は、汝が知らさむ国ぞと言依さし賜ふ。故、命のまにまに天降るべし」とのりたまひき。ここに日子番能邇邇芸命、天降りせむとする時に、天の八衢に居て、上は高天原を光らし、下は葦原中国を光らす神、ここにありき。故、ここに天照大御神、高木神の命以ちて、天宇受売神に詔りたまひしく、「汝は手弱女人にはあれども、い向かふ神と(伊より布までは音を以ちてす)面勝つ神なり。
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『古事記』上巻・葦原中国平定と天菩比神天照大御神の命もちて、「豊葦原の千秋長五百秋(ちあきのながいほあき)の水穂国は、我が御子、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命の知らす国ぞ」と言依(ことよ)さし賜ひて、天降したまひき。ここに天忍穂耳命、天の浮橋に多多志(たたし)て、詔りたまひしく、「豊葦原の千秋長五百秋の水穂国は、いたく佐夜芸豆(さやぎて)有祁理(ありけり)」と告りたまひて、更に還り上りて、天照大御神に請ひたまひき。ここに高御産巣日神・天照大御神の命もちて、天の安の河原に、八百万の神を神集へ集へて、思金神に思はしめて、詔りたまひしく、「この葦原中国は、我が御子の知らす国と言依さし賜へる国なり。故、この国に道速振る荒振る国つ神等の多にあると以為(おも)ふ。これ何れの神を使はしてか言趣(ことむ)けむ」とのりたまひき。ここに思金神及び八百万の神、議りて白ししく、「天菩比神、これ遣はすべし」とまをしき。故、天菩比神を遣はししかば、すなはち大国主神に媚び附きて、三年に至るまで復奏(かへりごとまを)さざりき。ここをもちて、高御産巣日神・天照大御神、また諸の神等に問ひたまひしく、「葦原中国に遣はせる天菩比神、久しく復奏さず。

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