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古事記 / 中巻・成務天皇と仲哀天皇の御代

若帶日子天皇(成務)。坐近淡海之志賀高穴穗宮。治天下也。此天皇娶穗積臣等之祖。建忍山垂根之女。名弟財郎女。生御子和訶奴氣王。(一柱。)故建內宿禰爲大臣。定賜大國小國之國造。亦定賜國國之堺。及大縣小縣之縣主也。天皇御年。玖拾伍歲。〔乙卯年三月十五日崩也。〕御陵在沙紀之多他那美(添下佐紀)也。帶中日子天皇(仲哀)。坐穴門之豐浦宮。及筑紫訶志比宮。治天下也。此天皇娶大江王之女。大中津比賣命。生御子香坂王。忍熊王。(二柱。)又娶息長帶比賣命(神功)。是大后生御子品夜和氣命。次大鞆和氣命(應神)。亦名品陀和氣命。(二柱。)此太子之御名。所以負大鞆和氣命者。初所生時。如鞆宍生御腕。故著其御名。

新字:若帯日子天皇(成務)。坐近淡海之志賀高穴穂宮。治天下也。此天皇娶穂積臣等之祖。建忍山垂根之女。名弟財郎女。生御子和訶奴気王。(一柱。)故建内宿祢為大臣。定賜大国小国之国造。亦定賜国国之堺。及大県小県之県主也。天皇御年。玖拾伍歳。〔乙卯年三月十五日崩也。〕御陵在沙紀之多他那美(添下佐紀)也。帯中日子天皇(仲哀)。坐穴門之豊浦宮。及筑紫訶志比宮。治天下也。此天皇娶大江王之女。大中津比売命。生御子香坂王。忍熊王。(二柱。)又娶息長帯比売命(神功)。是大后生御子品夜和気命。次大鞆和気命(応神)。亦名品陀和気命。(二柱。)此太子之御名。所以負大鞆和気命者。初所生時。如鞆宍生御腕。故著其御名。

書き下し

若帯日子天皇(成務)、近淡海の志賀の高穴穂宮に坐して、天の下治らしめしき。この天皇、穂積臣等が祖、建忍山垂根の女、名は弟財郎女を娶りて、生みませる御子、和訶奴気王。(一柱。)かれ建内宿禰を大臣となし、大国小国の国造を定め賜ひ、また国々の堺、また大県小県の県主を定め賜ひき。天皇の御年、玖拾伍歳。〔乙卯の年の三月十五日に崩(かむあが)りたまひき。〕御陵は沙紀の多他那美(添下の佐紀)に在り。帯中日子天皇(仲哀)、穴門の豊浦宮、また筑紫の訶志比宮に坐して、天の下治らしめしき。この天皇、大江王の女、大中津比売命を娶りて、生みませる御子、香坂王、忍熊王。(二柱。)また息長帯比売命(神功)を娶りたまひき。この大后の生みませる御子、品夜和気命。次に大鞆和気命(応神)、またの名は品陀和気命。(二柱。)この太子の御名に、大鞆和気命と負ひませる所以は、初め生まれませる時、鞆のごとき宍、御腕に生りき。かれその御名に著けき。

現代語訳

若帯日子天皇(成務天皇)は、近江の志賀の高穴穂宮にいらっしゃって、天下を治めました。この天皇は、穂積臣らの祖である建忍山垂根の娘、弟財郎女を娶って、和訶奴気王を生みました。(一柱)。そして建内宿禰を大臣に任じ、大国と小国の国造を定め、国々の境界、また大県と小県の県主を定めました。天皇の享年は九十五歳でした。〔乙卯の年の三月十五日に亡くなりました〕。御陵は沙紀の多他那美(添下の佐紀)にあります。帯中日子天皇(仲哀天皇)は、穴門の豊浦宮と筑紫の訶志比宮にいらっしゃって、天下を治めました。この天皇は、大江王の娘、大中津比売命を娶って、香坂王と忍熊王を生みました。(二柱)。また息長帯比売命(神功皇后)を娶りました。この大后が生んだ御子は、品夜和気命と、大鞆和気命(応神天皇)で、またの名を品陀和気命といいます。(二柱)。この太子が大鞆和気命という御名を持つ理由は、生まれたとき、鞆のような肉が腕に付いていたので、その名をつけたのです。

解説

成務天皇の御代では、建内宿禰を大臣とし、国造と県主を定め、国々の境界を画定するという行政の整備が語られます。続いて仲哀天皇の系譜と、のちの応神天皇が鞆のような肉を腕に生やして生まれた由来が記されます。古事記は、成務の代を領域と統治者を定めた時代とし、仲哀の代を次代への橋渡しとして位置づけます。上に立つ者への示唆は、実力のある補佐役を重用し、担当と境界を明確に定めること、それが組織の安定した運営の土台になるということです。

この章句が説くこと

成務天皇仲哀天皇建内宿祢国造県主応神天皇の誕生

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