古事記 / 中巻・三輪の由来と諸国派遣
爾即知自鉤穴出之狀而。從糸尋行者。至美和山而。留神社。故知其神子。故因其麻之三勾遺而。名其地謂美和也。此意富多多泥古命者。神君。鴨君之祖。又此之御世。大毘古命者。遣高志道。其子建沼河別命者。遣東方十二道而。令和平其麻都漏波奴(自麻下五字以音)人等。又日子坐王。遣旦波國。令殺玖賀耳之御笠。(此人名者也。玖賀二字以音)故大毘古命。罷往於高志國之時。服腰裳少女。立山代之幣羅坂而。歌曰。古波夜。美麻紀。伊理毘古波夜。美麻紀。伊理毘古波夜。意能賀袁袁。奴須美斯勢牟登。斯理都斗用。伊由岐多賀比。麻幣都斗用。伊由岐多賀比。宇迦迦波久。斯瓦爾登。美麻紀。伊理毘古波夜。於是大毘古命思怪。返馬。問其少女曰。汝所謂之言何言。
新字:爾即知自鉤穴出之状而。従糸尋行者。至美和山而。留神社。故知其神子。故因其麻之三勾遺而。名其地謂美和也。此意富多多泥古命者。神君。鴨君之祖。又此之御世。大毘古命者。遣高志道。其子建沼河別命者。遣東方十二道而。令和平其麻都漏波奴(自麻下五字以音)人等。又日子坐王。遣旦波国。令殺玖賀耳之御笠。(此人名者也。玖賀二字以音)故大毘古命。罷往於高志国之時。服腰裳少女。立山代之幣羅坂而。歌曰。古波夜。美麻紀。伊理毘古波夜。美麻紀。伊理毘古波夜。意能賀袁袁。奴須美斯勢牟登。斯理都斗用。伊由岐多賀比。麻幣都斗用。伊由岐多賀比。宇迦迦波久。斯瓦爾登。美麻紀。伊理毘古波夜。於是大毘古命思怪。返馬。問其少女曰。汝所謂之言何言。
書き下し
ここにすなはち鉤穴より出でし状を知りて、糸に従ひて尋ね行けば、美和山に至りて、神の社に留まりき。かれその神の子と知りぬ。かれその麻の三勾遺れるに因りて、その地を名づけて美和と謂ふなり。この意富多多泥古命は、神君、鴨君の祖なり。またこの御世に、大毘古命をば高志道に遣はし、その子建沼河別命をば東の方十二道に遣はして、その麻都漏波奴(麻より下の五字は音を以ゐよ)人どもを和平さしめたまひき。また日子坐王をば旦波国に遣はして、玖賀耳之御笠(これは人の名なり。玖賀の二字は音を以ゐよ)を殺さしめたまひき。かれ大毘古命、高志国に罷り往く時に、腰裳を服たる少女、山代の幣羅坂に立ちて歌ひて曰く、「こはや 御真木 入日子はや 御真木 入日子はや おのが緒を 盗み殺せむと 後つ戸よ い行き違ひ 前つ戸よ い行き違ひ 窺はく 知らにと 御真木 入日子はや」と。ここに大毘古命、怪しと思ひて、馬を返して、その少女に問ひて曰く、「汝が謂へる言は何の言ぞ」と。
現代語訳
そこで、麻糸が鉤穴から出ていた様子から分かり、糸をたどって行くと、美和山に着いて神の社にとどまっていました。それでその男が神であり、娘の子が神の子だと分かりました。麻糸が三輪だけ残っていたことにちなんで、その地を美和と名づけました。この意富多多泥古命は神君と鴨君の祖先です。またこの治世に、大毘古命を高志道に、その子の建沼河別命を東方十二道に派遣して、従わない人々を平定させました。また日子坐王を旦波国に派遣して、玖賀耳之御笠という人を殺させました。大毘古命が高志国に向かうとき、腰裳をつけた少女が山代の幣羅坂に立って歌いました。「ああ、御真木入日子さまよ、御真木入日子さまよ、自分の命を盗み殺そうと、後ろの戸から行き違い、前の戸から行き違い、うかがっていることも知らないで、御真木入日子さまよ」。大毘古命は不思議に思い、馬を引き返して少女に尋ねました。「お前が言ったのはどういう言葉か」。
解説
この章句が説くこと
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