古事記 / 上巻・須世理毘売と根の国脱出
爾其鼠咋持其鳴鏑出來而奉也。其矢羽者。其鼠子等皆喫也。於是其妻須世理毘賣者。持喪具而哭來。其父大神者。思已死訖。出立其野。爾持其矢以奉之時。率入家而。喚入八田間大室而。令取其頭之虱。故爾見其頭者。吳公多在。於是。其妻以牟久木實與赤土。授其夫。故。咋破其木實。含赤土唾出者。其大神以爲咋破吳公唾出而。於心思愛而寢。爾握其大神之髮。其室每椽結著而。五百引石。取塞其室戶。負其妻須世理毘賣。即取持其大神之生大刀與生弓矢。及其天詔琴而。逃出之時。其天詔琴拂樹而地動鳴。故其所寢大神聞驚而。引仆其室。然解結椽髮之間遠逃。故爾追至黃泉比良坂。遙望。呼謂大穴牟遲神。曰。其汝所持之生大刀生弓矢以而。汝庶兄弟者。追伏坂之御尾。
新字:爾其鼠咋持其鳴鏑出来而奉也。其矢羽者。其鼠子等皆喫也。於是其妻須世理毘売者。持喪具而哭来。其父大神者。思已死訖。出立其野。爾持其矢以奉之時。率入家而。喚入八田間大室而。令取其頭之虱。故爾見其頭者。呉公多在。於是。其妻以牟久木実与赤土。授其夫。故。咋破其木実。含赤土唾出者。其大神以為咋破呉公唾出而。於心思愛而寝。爾握其大神之髪。其室毎椽結著而。五百引石。取塞其室戸。負其妻須世理毘売。即取持其大神之生大刀与生弓矢。及其天詔琴而。逃出之時。其天詔琴払樹而地動鳴。故其所寝大神聞驚而。引仆其室。然解結椽髪之間遠逃。故爾追至黄泉比良坂。遥望。呼謂大穴牟遅神。曰。其汝所持之生大刀生弓矢以而。汝庶兄弟者。追伏坂之御尾。
書き下し
ここにその鼠、その鳴鏑を咋(く)ひ持ちて出で来て奉りき。その矢の羽は、その鼠の子ども皆喫(く)ひたりき。ここにその妻須世理毘売は、喪具(はぶりつもの)を持ちて哭きつつ来、その父の大神は、已に死にぬと思ほして、その野に出で立ちたまひき。ここにその矢を持ちて奉る時、家に率て入りて、八田間(やたま)の大室に喚び入れて、その頭の虱(しらみ)を取らしめたまひき。故、その頭を見れば、呉公(むかで)多(さは)にあり。ここにその妻、牟久(むく)の木の実と赤土とを、その夫に授けき。故、その木の実を咋ひ破り、赤土を含みて唾き出だしたまへば、その大神、呉公を咋ひ破りて唾き出だすと以為(おも)ほして、心に愛(は)しと思ひて寝(みね)ましき。ここにその大神の髪を握りて、その室の椽(たるき)ごとに結ひ著けて、五百引(いほびき)の石をその室の戸に取り塞(さ)へ、その妻須世理毘売を負ひて、すなはちその大神の生大刀と生弓矢と、またその天の詔琴を取り持ちて逃げ出でたまふ時、その天の詔琴、樹に拂(ふ)れて地動み鳴りき。故、その寝ねたまへる大神聞き驚きて、その室を引き仆(たふ)したまひき。然れども椽に結へる髪を解く間に遠く逃げたまひき。故ここに黄泉比良坂に追ひ至りて、遥かに望みて、大穴牟遅神を呼びて曰(のたま)ひしく、「その汝が持てる生大刀・生弓矢をもちて、汝が庶兄弟(ままあにおと)をば、坂の御尾に追ひ伏せ、
現代語訳
鼠が鳴鏑をくわえて出て来て、大穴牟遅神に差し出しました。その矢の羽は、鼠の子らがすっかり食べてしまっていました。このとき妻の須世理毘売は、葬式の道具を持って泣きながらやって来ました。父の大神は、もう死んだと思って、野に出て立っておられました。そこへ大穴牟遅神が矢を持って差し出すと、家に連れて入り、広い大きな部屋に呼び入れて、自分の頭のしらみを取らせました。頭を見ると、ムカデがたくさんいました。妻は椋の木の実と赤土を夫に渡しました。夫が木の実を噛み砕き、赤土を口に含んで吐き出すと、大神はムカデを噛み砕いて吐き出していると思い、心の中でかわいいと思って眠りました。そこで大穴牟遅神は大神の髪をつかみ、部屋の垂木ごとに結びつけ、大きな岩で部屋の戸を塞ぎ、妻の須世理毘売を背負い、大神の宝である生大刀と生弓矢、さらに天の詔琴を持って逃げ出しました。そのとき、琴が木に触れて地面が揺れ動くほど鳴り響きました。眠っていた大神は聞いて驚き、部屋を引き倒しました。しかし垂木に結ばれた髪をほどくうちに、大穴牟遅神は遠くへ逃げました。大神は黄泉比良坂まで追って来て、遠く眺め、大穴牟遅神を呼んで言いました。「おまえが持っているその生大刀と生弓矢で、おまえの異母兄弟たちを、坂の尾根に追い伏せ、
解説
この章句が説くこと
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『古事記』上巻・根の堅州国の試練ここに八十神覓(ま)ぎ追ひ臻(いた)りて、矢刺す時、木の俣より漏(く)き逃れて去りき。御祖の命、子に告りて云ひしく、「須佐能男命の坐す根堅洲国に参向(まゐむか)ふべし。必ずその大神議(はか)りたまはむ」といひき。故、詔命のまにまに須佐之男命の御所に参到れば、その女須勢理毘売出で見て、目合(まぐはひ)して相婚(あ)ひたまひき。還り入りてその父に白ししく、「甚(いと)麗しき神来ましつ」とまをしき。ここにその大神出で見て告りたまひしく、「こは葦原色許男と謂ふぞ」とのりたまひて、すなはち喚び入れて、その蛇の室に寝しめたまひき。ここにその妻須勢理毘売命、蛇の比礼(ひれ)を、その夫に授けて云ひしく、「その蛇咋(く)はむとせば、この比礼を三たび挙りて打ち払ひたまへ」といひき。故、教へのごとくせしかば、蛇自ら静まりぬ。故、平らけく寝て出でたまひき。また来る日の夜は、呉公(むかで)と蜂との室に入れたまひき。また呉公・蜂の比礼を授けて、教ふること先の如し。故、平らけく出でたまひき。また鳴鏑(なりかぶら)を大野の中に射入れて、その矢を採らしめたまひき。故、その野に入りし時、すなはち火もちてその野を廻り焼きき。ここに出づる所を知らぬ間に、鼠来て云ひしく、「内はほらほら、外はすぶすぶ」と、かく言ひき。故、そこを蹈みしかば、落ち隠り入りし間に、火は焼け過ぎき。
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『古事記』上巻・国作りの始まりまた河の瀬に追ひ撥(はら)ひて、意礼(おれ)、大国主神となり、また宇都志国玉神となりて、その我が女須世理毘売を嫡妻(むかひめ)として、宇迦の山の山本に、底つ石根に宮柱ふとしり、高天原に氷椽(ひぎ)たかしりて居れ。この奴(やつこ)」とのりたまひき。故、その大刀・弓を持ちて、その八十神を追ひ避(さ)くる時、坂の御尾ごとに追ひ伏せ、河の瀬ごとに追ひ撥ひて、始めて国を作りたまひき。故、その八上比売は、先の期(ちぎり)のごとく、美刀阿多波志つ。故、その八上比売は率て来ましつれども、その嫡妻須世理毘売を畏みて、その生める子をば、木の俣に刺し挟みて返りき。故、その子を名づけて木俣神と云ひ、また名は御井神と謂ふ。
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『古事記』上巻・嫉妬と別れの歌あやに な恋ひ聞こし 八千矛の 神の命 事の 語り言も こをば。 故、その夜は合はずて、明日の夜御合ひしたまひき。またその神の嫡后(おほきさき)須勢理毘売命、甚(いた)く嫉妬(うはなりねたみ)したまひき。故、その日子遅神(ひこぢのかみ)和備(わび)て、出雲より倭国に上りまさむとして、装束(よそひ)立たす時、片御手は御馬の鞍に繋け、片御足はその御鐙(あぶみ)に蹈み入れて、歌ひたまひしく、 ぬばたまの 黒き御衣(みけし)を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩(はたた)きも これは適(ふさ)はず 辺つ波 そに脱き棄(う)て そに鳥の 青き御衣を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩きも これも適はず 辺つ波 そに脱き棄て 山県(やまがた)に 蒔(ま)きし あたね舂(つ)き 染木(そめき)が汁に 染め衣を まつぶさに 取り装ひ 沖つ鳥 胸見る時 羽叩きも 此(こ)し宜(よろ)し いとこやの 妹の命 群鳥(むらどり)の 我が群れ往なば 引け鳥の 我が引け往なば 泣かじとは 汝は言ふとも 山処(やまと)の 一本薄(ひともとすすき) 項傾(うなかぶ)し 汝が泣かさまく 朝雨の 霧に立たむぞ 若草の 妻の命 事の 語り言も こをば。
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『古事記』上巻・追放と大気津比売故、天照大御神出で坐す時、高天原及び葦原中国自ら照り明かりき。ここに八百万の神共に議(はか)りて、速須佐之男命に千位(ちくら)の置戸(おきと)を負せ、また鬚(ひげ)と手足の爪とを切り、祓へしめて、神夜良比(かむやらひ)夜良比岐(やらひき)。また食物(をすもの)を大気津比売神に乞ひき。ここに大気都比売、鼻・口及び尻より種々の味物(ためつもの)を取り出だして、種々作り具へて進(たてまつ)る時、速須佐之男命その態を立ち伺ひて、穢汚(けが)して奉進(たてまつ)ると為(おも)ひて、すなはちその大宜津比売神を殺しき。故、殺さえし神の身に生れる物は、頭に蚕生り、二つの目に稲種生り、二つの耳に粟生り、鼻に小豆生り、陰(ほと)に麦生り、尻に大豆生りき。故、ここに神産巣日御祖命、これを取らしめて、種と成しき。故、避(やら)はえて、出雲国の肥の河上、名は鳥髪(とりかみ)といふ地に降りたまひき。この時、箸その河より流れ下りき。ここに須佐之男命、人その河上にありと以為ひて、尋ね覓(ま)ぎ上り往けば、老夫(おきな)と老女(おみな)と二人ありて、童女(をとめ)を中に置きて泣けり。ここに問ひたまひしく、「汝等は誰ぞ」ととひたまひき。故、その老夫答へて言しけらく、「僕は国つ神、大山津見神の子ぞ。僕が名は足名椎と謂ひ、妻の名は手名椎と謂ひ、女(むすめ)の名は櫛名田比売と謂ふ」といひき。
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『古事記』上巻・死と蘇り、木の国へここに追ひ下して取る時、すなはちその石に焼き著(つ)かえて死にき。ここにその御祖(みおや)の命(刺国若比売)哭き患ひて、天に参上り、神産巣日之命に請ひたまふ時、すなはち蚶貝比売と蛤貝比売とを遣はして、作り活(い)けしめたまひき。ここに蚶貝比売、きさげ集めて、蛤貝比売、待ち承けて、母の乳汁(ちしる)と塗りしかば、麗しき壮夫(をとこ)(壮夫を訓みて袁等古といふ)に成りて出で遊び行きき。ここに八十神見て、また欺きて山に率入りて、大樹を切り伏せ、茹矢(くさびや)をその木に打ち立て、その中に入らしめて、すなはちその氷目矢(ひめや)を打ち離ちて、拷(う)ち殺しき。ここにまたその御祖の命、哭きつつ求ぎしかば、見得て、すなはちその木を拆(さ)きて、取り出でて活けて、その子に告りて言ひしく、「汝ここにあらば、遂に八十神に滅ぼさえなむ」といひて、すなはち速やかに木国の大屋毘古神の御所に遣はしき。
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