古事記 / 上巻・黄泉比良坂の問答
爾拔所御佩之十拳劒而。於後手布伎都都(此四字以音)逃來。猶追。到黃泉比貝(此二字以音)坂之坂本時。取在其坂本桃子三箇待撃者。悉逃返也。爾伊邪那岐命。告桃子。汝如助吾。於葦原中國。所有宇都志伎(此四字以音)靑人草之。落苦瀨而。患惚時。可助。告。賜名號意富加牟豆美命。(自意至美以音)最後。其妹伊邪那美命。身自追來焉。爾千引石。引塞其黃泉比貝坂。其石置中。各對立而。度事戶之時。伊邪那美命言。愛我那勢命。(那勢二字以音)爲如此者。汝國之人草。一日絞殺千頭。爾伊邪那岐命詔。愛我那邇妹命。汝爲然者。吾一日立千五百產屋。是以一日必千人死。一日必千五百人生也。故號其伊邪那美命。謂黃泉津大神。亦云。以其追斯伎斯(此三字以音)而。號道敷大神。
新字:爾抜所御佩之十拳劒而。於後手布伎都都(此四字以音)逃来。猶追。到黄泉比貝(此二字以音)坂之坂本時。取在其坂本桃子三箇待撃者。悉逃返也。爾伊邪那岐命。告桃子。汝如助吾。於葦原中国。所有宇都志伎(此四字以音)青人草之。落苦瀨而。患惚時。可助。告。賜名号意富加牟豆美命。(自意至美以音)最後。其妹伊邪那美命。身自追来焉。爾千引石。引塞其黄泉比貝坂。其石置中。各対立而。度事戸之時。伊邪那美命言。愛我那勢命。(那勢二字以音)為如此者。汝国之人草。一日絞殺千頭。爾伊邪那岐命詔。愛我那邇妹命。汝為然者。吾一日立千五百産屋。是以一日必千人死。一日必千五百人生也。故号其伊邪那美命。謂黄泉津大神。亦云。以其追斯伎斯(此三字以音)而。号道敷大神。
書き下し
ここに御佩せる十拳剣を抜きて、後手にふきつつ(この四字は音を以てす)逃げ来ませるを、猶ほ追ひて、黄泉比良坂(比良の二字は音を以てす)の坂本に到りし時、その坂本に在る桃子三つを取りて待ち撃ちたまひしかば、悉く逃げ返りき。ここに伊邪那岐命、桃子に告りたまはく、「汝、吾を助けしが如く、葦原中国に所有るうつしき(この四字は音を以てす)青人草の、苦しき瀬に落ちて患惚む時に、助けてよ」と告りて、名を賜ひて意富加牟豆美命と号けたまひき。(意より美までは音を以てす)最後に、その妹伊邪那美命、身自ら追ひ来ましき。ここに千引の石をその黄泉比良坂に引き塞へて、その石を中に置きて、各対ひ立ちて、事戸を度す時、伊邪那美命言ひたまはく、「愛しき我がなせの命、かくせば、汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さむ」。ここに伊邪那岐命詔りたまはく、「愛しき我がなに妹の命、汝然せば、吾は一日に千五百の産屋を立てむ」。ここを以ちて一日に必ず千人死に、一日に必ず千五百人生まるるなり。故、その伊邪那美命を号けて黄泉津大神と謂ふ。亦云はく、その追ひ及きしを以ちて道敷大神と号くと。
現代語訳
そこで伊邪那岐命は腰の十拳の剣を抜き、後ろ手に振りながら逃げてきましたが、なお追ってきます。黄泉比良坂のふもとに着いたとき、そこにあった桃の実を三つ取って待ち受けて投げつけると、追手はことごとく逃げ帰りました。伊邪那岐命は桃の実に告げました。「お前が私を助けたように、葦原中国にいる現世の人々が、苦しい瀬に落ちて悩み苦しむときには、助けてやってくれ」。そして名を授けて意富加牟豆美命と名づけました。最後に、妹の伊邪那美命が自ら追ってきました。そこで千人で引くほどの大岩を黄泉比良坂に引いてきてふさぎ、その岩を間に置いて、二神が向かい合って立ち、離別の言葉を交わすとき、伊邪那美命は言いました。「いとしいあなた様、こんなことをなさるなら、あなたの国の人々を、一日に千人ずつ絞め殺しましょう」。伊邪那岐命は答えました。「いとしい私の妻よ、あなたがそうするなら、私は一日に千五百の産屋を建てよう」。こうして、一日に必ず千人が死に、一日に必ず千五百人が生まれるのです。そのため、伊邪那美命を黄泉津大神と呼びます。また、追いついたことから道敷大神とも呼ぶといいます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『古事記』上巻・黄泉国への訪問と拒絶上の件、石拆神より以下、闇御津羽神より以前、并せて八神は、御刀に因りて生りませる神なり。殺さえし迦具土神の頭に成りませる神の名は、正鹿山津見神。次に胸に成りませる神の名は、淤縢山津見神。(淤縢の二字は音を以てす)次に腹に成りませる神の名は、奥山津見神。次に陰に成りませる神の名は、闇山津見神。(闇の字は音を以てす)次に左の手に成りませる神の名は、志芸山津見神。(志芸の二字は音を以てす)次に右の手に成りませる神の名は、羽山津見神。次に左の足に成りませる神の名は、原山津見神。次に右の足に成りませる神の名は、戸山津見神。(正鹿山津見神より戸山津見神まで并せて八神)故、斬りたまへる刀の名は、天之尾羽張と謂ふ。亦の名は伊都之尾羽張と謂ふ。(伊都の二字は音を以てす)ここにその妹伊邪那美命を相見むと欲ひて、黄泉国に追ひ往きたまひき。ここに殿の縢戸より出で向へたまふ時、伊邪那岐命語らひ詔りたまはく、「愛しき我がなに妹の命、吾と汝と作れる国、未だ作り竟へず。故、還るべし」。ここに伊邪那美命答へ白したまはく、「悔しきかも、速く来ず。吾は黄泉戸喫しつ」。
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『古事記』上巻・迦具土神の斬殺と剣の神々故、その神避りたまひし伊邪那美神は、出雲国と伯伎国との堺なる比婆之山に葬りまつりき。ここに伊邪那岐命、御佩せる十拳剣を抜きて、その子迦具土神の頸を斬りたまひき。ここにその御刀の前に著ける血、湯津石村に走り就きて成りませる神の名は、石拆神。次に根拆神。次に石筒之男神。(三神)次に御刀の本に著ける血も、亦湯津石村に走り就きて成りませる神の名は、甕速日神。次に樋速日神。次に建御雷之男神。亦の名は建布都神、亦の名は豊布都神。(布都の二字は音を以てす。下これに効へ)(三神)次に御刀の手上に集まれる血、手俣より漏き出でて成りませる神の名は、闇淤加美神。(淤より以下三字は音を以てす。下これに効へ)次に闇御津羽神。
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『古事記』上巻・禊祓と十二神の誕生亦その黄泉坂に塞れる石は、道反大神と号け、亦塞り坐す黄泉戸大神とも謂ふ。故、その謂はゆる黄泉比良坂は、今、出雲国の伊賦夜坂と謂ふ。ここを以ちて伊邪那岐大神詔りたまはく、「吾は、いなしこめしこめき(この九字は音を以てす)穢き国に到りてありけり。(この二字は音を以てす)故、吾は御身の禊を為む」と詔りたまひて、筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原(阿波岐の三字は音を以てす)に到り坐して、禊ぎ祓へたまひき。故、投げ棄てたまふ御杖に成りませる神の名は、衝立船戸神。次に投げ棄てたまふ御帯に成りませる神の名は、道之長乳歯神。次に投げ棄てたまふ御裳に成りませる神の名は、時置師神。次に投げ棄てたまふ御衣に成りませる神の名は、和豆良比能宇斯能神。(この神名は音を以てす)次に投げ棄てたまふ御褌に成りませる神の名は、道俣神。次に投げ棄てたまふ御冠に成りませる神の名は、飽咋之宇斯能神。(宇より以下三字は音を以てす)次に投げ棄てたまふ左の御手の手纏に成りませる神の名は、奥疎神。(訓奥を淤伎と云ひ、訓疎を奢加留と云ふ。下これに効へ)次に奥津那芸佐毘古神。(那より以下五字は音を以てす。下これに効へ)次に奥津甲斐弁羅神。(甲より以下四字は音を以てす。下これに効へ)次に投げ棄てたまふ右の御手の手纏に成りませる神の名は、辺疎神。
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『古事記』上巻・火の神誕生と伊邪那美の死次に天之狭霧神。次に国之狭霧神。次に天之闇戸神。次に国之闇戸神。次に大戸惑子神。(訓惑を麻刀比と云ふ、下これに効へ)次に大戸惑女神。(天之狭土神より大戸惑女神まで并せて八神)次に生みませる神の名は鳥之石楠船神。亦の名は天鳥船と謂ふ。次に大宜都比売神を生みたまひき。(この神名は音を以てす)次に火之夜芸速男神を生みたまひき。(夜芸の二字は音を以てす)亦の名は火之炫毘古神と謂ひ、亦の名は火之迦具土神と謂ふ。(迦具の二字は音を以てす)この子を生みたまふに因りて、美蕃登(この三字は音を以てす)炙かえて病み臥せり。たぐりに(この四字は音を以てす)生りませる神の名は金山毘古神。(訓金を迦那と云ふ、下これに効へ)次に金山毘売神。次に屎に成りませる神の名は波邇夜須毘古神。(この神名は音を以てす)次に波邇夜須毘売神。(この神名も亦音を以てす)次に尿に成りませる神の名は弥都波能売神。(弥より以下四字は音を以てす)次に和久産巣日神。この神の子は豊宇気毘売神と謂ふ。故、伊邪那美神は、火の神を生みしに因りて、遂に神避りたまひき。(天鳥船より豊宇気毘売神まで并せて八神)凡そ伊邪那岐・伊邪那美の二神、共に生みませる嶋は壱拾肆嶋、神は参拾伍神。(これ伊邪那美神の未だ神避りたまはざる以前に生めるなり。ただ意能碁呂嶋は生めるに非ず。また蛭子と淡嶋とは、子の例に入れず)故ここに伊邪那岐命詔りたまはく、「愛しき我がなに妹の命を、子の一つ木に易へつるかも」と。乃ち御枕方に匍匐ひ、御足方に匍匐ひて哭きたまふ時、御涙に成りませる神は、香山の畝尾の木の本に坐す、名は泣沢女神。(那邇の二字は音を以てす。下これに効へ)
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『古事記』上巻・水蛭子と淡島の失敗ここにその妹伊邪那美命に問ひたまはく、「汝が身は如何にか成れる」。答へ白したまはく、「吾が身は成り成りて、成り合はぬ処一処在り」。ここに伊邪那岐命詔りたまはく、「我が身は成り成りて、成り余れる処一処在り。故、この吾が身の成り余れる処を以ちて、汝が身の成り合はぬ処に刺し塞ぎて、国土を生み成さむと以為ふ。生まむこと奈何」(訓生を宇牟と云ふ。下これに効へ)。伊邪那美命答へたまはく、「然善けむ」。ここに伊邪那岐命詔りたまはく、「然らば吾と汝と、この天の御柱を行き廻り逢ひて、みとのまぐはひせむ」(この七字は音を以てす)。かく云ひ期りて、乃ち詔りたまはく、「汝は右より廻り逢へ。我は左より廻り逢はむ」。約り竟へて廻る時、伊邪那美命、先づ「あなにやしえをとこを」と言ひ(この十字は音を以てす。下これに効へ)、後に伊邪那岐命、「あなにやしえをとめを」と言ひたまひき。各言ひ竟へて後に、その妹に告げたまはく、「女人の先づ言へるは良からず」。然れども久美度に(この四字は音を以てす)興して、子水蛭子を生みたまひき。この子は葦船に入れて流し去てき。次に淡嶋を生みたまひき。これも亦子の例には入れず。ここに二柱の神、議りて云りたまはく、「今吾が生める子良からず。猶ほ天つ神の御所に白すべし」。即ち共に参上りて、天つ神の命を請ひたまひき。
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『古事記』上巻・見るなの禁と八雷神「然れども愛しき我がなせの命、入り来ませる事恐し。故、還らむと欲ふを、且く黄泉神と相論はむ。我を視ること莫れ」。かく白して、その殿の内に還り入りませる間、甚久しくて待ちかねたまひき。故、左の御みづらに刺せる湯津津間櫛の男柱一箇取り闕きて、一つ火を燭して入り見たまふ時、うじたかれころろきて(この十字は音を以てす)、頭には大雷居り、胸には火雷居り、腹には黒雷居り、陰には拆雷居り、左の手には若雷居り、右の手には土雷居り、左の足には鳴雷居り、右の足には伏雷居り、并せて八はしらの雷神成り居りき。ここに伊邪那岐命見畏みて逃げ還りたまふ時、その妹伊邪那美命、「吾に辱見せつ」と言ひて、即ち予母都志許売(この六字は音を以てす)を遣はして追はしめき。ここに伊邪那岐命、黒き御鬘を取りて投げ棄てたまへば、乃ち蒲子生りき。これを摭ひ食む間に、逃げ行でますを、猶ほ追ひしかば、亦その右の御みづらに刺せる湯津津間櫛を引き闕きて投げ棄てたまへば、乃ち笋生りき。これを抜き食む間に、逃げ行でましき。且後には、その八はしらの雷神に、千五百の黄泉軍を副へて追はしめき。

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