剣徴 / 勇猛心、一騎当千
只今國恩を報ずるの時節到來せりと心得て、踏込むで無ければ決して先登はならぬぞ、如此覺悟する中よりして、萬死の中に一生を得て功を成し名を揚ることも有べけれども、初に云如く、夫は嘗て期せられぬことぞ、然れば今日火箸に目鼻を付たる如き、瘠男にても、米一俵かづき得ぬ非力にても、武士の本分を盡す塲に臨て、此勇猛心が堅固ならば、則一騎當千の士ぞ、若又此勇猛心が不堅固ならば、縱ひ大力早業の人にても、大兵絶倫の士にても、ちつともをそろしくは無さぞ、露聊何とも思はぬぞ、扨此要離が事は、吳越春秋に見へたり、至て小兵にて又力なく風に向へば吹倒さるゝ程の弱男なれども、萬夫不當の公子慶忌と云ふ勇者を刺殺したり、誠に武人心膽を磨の礪石となすべし、
新字:只今国恩を報ずるの時節到来せりと心得て、踏込むで無ければ決して先登はならぬぞ、如此覚悟する中よりして、万死の中に一生を得て功を成し名を揚ることも有べけれども、初に云如く、夫は嘗て期せられぬことぞ、然れば今日火箸に目鼻を付たる如き、瘠男にても、米一俵かづき得ぬ非力にても、武士の本分を尽す塲に臨て、此勇猛心が堅固ならば、則一騎当千の士ぞ、若又此勇猛心が不堅固ならば、縦ひ大力早業の人にても、大兵絶倫の士にても、ちつともをそろしくは無さぞ、露聊何とも思はぬぞ、扨此要離が事は、呉越春秋に見へたり、至て小兵にて又力なく風に向へば吹倒さるゝ程の弱男なれども、万夫不当の公子慶忌と云ふ勇者を刺殺したり、誠に武人心胆を磨の礪石となすべし、
書き下し
只今国恩を報ずるの時節到来せりと心得て、踏込むで無ければ決して先登はならぬぞ、如此覚悟する中よりして、万死の中に一生を得て功を成し名を揚ることも有べけれども、初に云如く、夫は嘗て期せられぬことぞ、然れば今日火箸に目鼻を付たる如き、瘠男にても、米一俵かづき得ぬ非力にても、武士の本分を尽す塲に臨て、此勇猛心が堅固ならば、則一騎当千の士ぞ、若又此勇猛心が不堅固ならば、縦ひ大力早業の人にても、大兵絶倫の士にても、ちつともをそろしくは無さぞ、露聊何とも思はぬぞ、扨此要離が事は、呉越春秋に見へたり、至て小兵にて又力なく風に向へば吹倒さるゝ程の弱男なれども、万夫不当の公子慶忌と云ふ勇者を刺殺したり、誠に武人心胆を磨の礪石となすべし、
現代語訳
いまこそ国の恩に報いる時が来たと心得て踏み込むのでなければ、決して先陣は務まりません。このような覚悟の中から、万死の中に一生を得て功を成し名を揚げることもあるでしょうが、初めに言ったように、それは決して期待できることではありません。ですから、今日、火箸に目鼻をつけたような痩せ男でも、米一俵を担げないほど非力でも、武士の本分を尽くす場に臨んで、この勇猛心が堅固であれば、それは一騎当千の士です。もしこの勇猛心が堅固でなければ、たとえ大力で早業の人でも、体格が抜きん出た士でも、少しも恐ろしくなく、まったく何とも思いません。さてこの要離のことは『呉越春秋』に見えます。非常に小柄で力もなく、風に向かえば吹き倒されるほどの弱い男でしたが、万人でも敵わない公子慶忌という勇者を刺し殺しました。まことに、武人が心胆を磨く砥石とすべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『剣徴』・一番槍は絶命の地呂子忠廉篇に「要離曰く、士は勇ならざるを患ふるのみ。奚ぞ能はざるを患へんや」とあり、言心は、士たる者は、心の勇剛ならぬを患ひ、病とすべし、功名を仕をゝせぬは苦にならぬと也、譬ば一番登をするが如き、敵軍槍の穂先を揃へ、つばなの華を連ねたる如くにして、咄と突かゝる、此節に及んで一番槍を仕をゝせて、感状を賜はらんの、恩賞を得んのと云様なる心て進まるべきや、一番登も又同じ、屏のりをすれば、両手ふさがりて自由ならず、隠し矢間の槍に突ぬかれ、或は鉄砲をさしつけて打るゝの難有り、虎口のりをゝすれば、地ふくより槍長刀を出して足をなぐり切られたり、種々の害有り、是亦功を立てゝ立帰らんなど云心にて、此烈しき塲を登敗るべきや、共に此所わが絶命の地にて、
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『剣徴』・一人必死、千人を懼れしむ呉子励士篇に「今、一死賊をして曠野に伏せしめ、千人之を追はば、梟視狼顧せざる莫し。何となれば、其の暴かに起こりて己を害せんことを恐るればなり。是を以て一人命を投ずれば、千夫を懼れしむるに足る」とあり、言心は、一人の死賊、曠野の広き原中に隠れ伏んに、千人の多勢これを追者梟視とうろつき、狼顧と驚く者は何ぞや、必死に決定したる賊の暴かに出て切てかゝらんとを恐るゝ也、然れば一人必死になれば千人の衆を懼れしむると也、此に由て考見れば、況や一人と一人との勝負に、かたく〱必死になりたらば、敵を挫かんこと枯木を折るよりもたやすかるべし、一人は切り勝て功名とせんと思ひ、一人は脚下則我が墓所と心得て、無二無三に踏込む、其相隔阻すると、殆んど天淵也、尉繚子制談篇に「一武、剣を仗りて市に撃てば、万人之を避けざる者無し。臣謂へらく、一人の独り勇なるに非ず、万人皆不肖なるなり。何となれば、必死と必生と、図ること倅ならざればなり」とあり、韓非子初見に「一人死を奮へば以て十に対すべく、十は以て百に対すべく、百は以て千に対すべく、千は以て万に対すべく、万は以て天下を尉(やす)んずべし」とあり、呂子論威篇に「持叙(聶政か)、必死を田侯に誓ひて斉国皆懼れ、予譲、必死を襄子に致して趙氏皆恐れ、成荊、死を韓王に致して周人皆畏る」とあるも、俱に其の義也、
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『剣徴』・迷いを断つ疾雷の決楚辞九歌に「首は離れ分るるも、心は懲りず」とあり、懲は創也、と注す、又創は傷也、又憎と同じく悲也、然ればひとりこる事のみに非ず、言心は、首と胴体と離れ離れになるとも、精神は曾て畏懼創傷せざると也、如此に武人精神を引立置に非ずんば、奈ぞ矢石鋒刃の間に立て我が本分を尽す事を得ん哉、竜韜軍勢篇に「功ある者は一決して猶予せず、是を以て疾雷も耳を掩ふに及ばず、迅電も目を瞑るに及ばず、之に赴くこと驚くが若く、之を用ふること狂ふが若し、之に当たる者は破れ、之に近づく者は亡ぶ」とあり、闘戦の道は、如此に見すゑた所有れば、猶予とためらひ、狐疑とうたがひ、逡巡顧望と跡へすさりたり、見合せたりする様にてはならざる也、夜狐引歌に、「逸物は追かけあとへふりむけば、其まゝとると云伝へ兎」、「鈍物は追かけあとへふりむけば、をちてとらねば手こそ多けれ」、此歌の心にて会得すべし、剣技者流の太刀からかひ、業けらへば、皆猶予狐疑の病となる、識者請ふ灑脱せよ、
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『兵術要訓抄録』・決心の初め常は人倫の道を專務べき事、人の根本なれども、其塲にのぞむ時は主親妻子にひかるゝ念をすて前に敵なし後に公なしと思ひ、我身を忘れずんば勝利得がたし、勿論決心の修行は先剛敵を恐ざるを決心の初とすべし、たとへば四方猛火盛なる其中に居るときはのがるゝの塲なし、此時決心するには迯も遁れがたき事なれば猛火を越て死すべしと思ひ、彼盛なる火を飛越す時は千に一ものがるゝヿも有るべし、如此剛敵に向ひ、所詮薄手一つもあぶせるヿはならずとも、首をのべてきらるゝは勇なし、假令達人なればとて猛火を飛越す心得にて首はとらるゝとも、せめて片腕にても切心得に成時は、如何なる剛敵にも容易に負るヿにはあらず、去一刀流の達人何某召仕の下人、他の歷々の方へ不禮をしたるゆへ先方より下人を所望せられし時、彼下人を呼て其方何某殿へ不禮をなしたるゆへ、其方を所望せられしなり、不便にはをもへども無是非其方をつかはすべし、
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『驢鞍橋』卷中一、常に心を持つへき様、強馬に乗りたる時の心を忘れす、昼夜守べし。油断せは、煩悩の敵発り来て、苦患悪業ある□。一、心をはりかけ、眼をすゑて奥牙をかみ合せ、生死を急に守て、忽ち死する心を用ふべし。一、千騎万騎の敵の中へ唯一人かけ入る心を守るへし。如此持て此の心純熟する時は、心無事にして、万事に使ふに自由なるへし。芸能にも此の心を使はずは上手にあらす。武勇の働も、此の心なくて不叶。人に交り公界へ出て物を云ふとも、此の心なくは不自由なるへし。
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『兵要録抄録』・義なき勇は猛獣と同じ勇、義に配せざれば、則ち唯〻血氣に屬し、養ひて益〻强狠なり。夫れ惟〻强狠にして義無し、故に利に趨き害を避けて、恥を用ふる所無し。此は權勢に依れば則ち之を驅るべし。困危に遇へば則ち之を恃むべからず。夫れ人若し玆の若くんば、則ち虎狼と奚ぞ擇ばん。虎狼の性は、猛にして力有り。其の蟄に遇ひ邑に入るや、人を擇びて食ふ。走りて嵎を負へば、敢へて攖るもの莫し。人皆猛獸の威を懼る。其の陷阱に獲らるるに至りては、其の爪を剪り、其の足を縻ぎ、呼べば隨ひ、嗾ければ走り、食を人に需むる者は、彼の貓兒狗子と以て異なる無きなり。士爲る者、義無く智無くんば、則ち膽氣壯健なりと雖も、其の賤劣、安んぞ是に異ならんや。

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