啓発録 / 振氣
サスレハ若シ腰ノ兩刀ヲ奪ヒ取候ヘ、バ其心立其分別盡ク町人百姓ノ上ニハ出申マジ百姓ハ平世骨折ヲ致シ居町人ハ常ニ職業渡世ニ心ヲ用ヒ居候ユヘ今若シ天下ニ事アラバ手柄功名ハ却テ町人百姓ヨリ出テ福島左衞門大夫片桐助作井伊直政本多忠勝等ノ如キ者ハ士ヨリハ出申サヾルベキカト思ハレ誠ニ嘆カハシク存スル
新字:サスレハ若シ腰ノ両刀ヲ奪ヒ取候ヘ、バ其心立其分別尽ク町人百姓ノ上ニハ出申マジ百姓ハ平世骨折ヲ致シ居町人ハ常ニ職業渡世ニ心ヲ用ヒ居候ユヘ今若シ天下ニ事アラバ手柄功名ハ却テ町人百姓ヨリ出テ福島左衛門大夫片桐助作井伊直政本多忠勝等ノ如キ者ハ士ヨリハ出申サヾルベキカト思ハレ誠ニ嘆カハシク存スル
書き下し
さすれは、若し腰の両刀を奪ひ取候へば、其心立其分別、尽く町人百姓の上には出申まじ。百姓は平世骨折を致し居、町人は常に職業渡世に心を用ひ居候ゆへ、今若し天下に事あらば、手柄功名は却て町人百姓より出て、福島左衛門大夫、片桐助作、井伊直政、本多忠勝等の如き者は、士よりは出申さゞるべきかと思はれ、誠に嘆かはしく存する
現代語訳
そうなれば、もし腰の両刀を奪い取ったならば、その心構えも分別も、ことごとく町人や百姓の上には出ないでしょう。百姓は平時に骨を折っており、町人は常に職業と暮らしに心を用いているので、今もし天下に事があれば、手柄や功名はかえって町人や百姓から出て、福島左衛門大夫、片桐助作、井伊直政、本多忠勝などのような者は、士からは出ないのではないかと思われ、まことに嘆かわしく思うのです。
解説
もし両刀を奪われたら、士の心構えも分別も町人や百姓に勝るところがない、という大胆な見立てです。左内は町人や百姓を見下しているのではなく、日々の骨折りと職業への心の用い方を認めています。そのうえで、福島左衛門大夫、片桐助作、井伊直政、本多忠勝らの名を挙げ、そうした人物がこれからは士の側から出ないのではないかと憂えます。自分たちの優位が身分という外側の印にしか支えられていないことへの危機感です。今の職場にも、役職や学歴が外れたとき何が残るかという問いがあります。現場の骨折りを知る人の強さを認めることが、組織を強くします。
この章句が説くこと
身分分別骨折り手柄功名危機感啓発録
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