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韓非子 / 八經第四十八

故明王之言隔塞而不通,周密而不見。故以一得十者,下道也;以十得一者,上道也。明主兼行上下,故姦無所失。伍、閭、連、縣而鄰,謁過賞,失過誅,上之於下、下之於上亦然。是故上下貴賤相畏以法,相誨以利。民之性,有生之實,有生之名。爲君者有賢知之名,有賞罰之實。名實俱至,故福善必聞矣。六。聽不參,則無以責下;言不督乎用,則邪說當上。言之爲物也以多信,不然之物,十人云疑,百人然乎,千人不可解也。呐者言之疑,辯者言之信。姦之食上也,取資乎衆,籍信乎辯,而以類飾其私。人主不饜忿而待合參,其勢資下也。

新字:故明王之言隔塞而不通,周密而不見。故以一得十者,下道也;以十得一者,上道也。明主兼行上下,故姦無所失。伍、閭、連、県而鄰,謁過賞,失過誅,上之於下、下之於上亦然。是故上下貴賤相畏以法,相誨以利。民之性,有生之実,有生之名。為君者有賢知之名,有賞罰之実。名実倶至,故福善必聞矣。六。聴不参,則無以責下;言不督乎用,則邪説当上。言之為物也以多信,不然之物,十人云疑,百人然乎,千人不可解也。呐者言之疑,弁者言之信。姦之食上也,取資乎衆,籍信乎弁,而以類飾其私。人主不饜忿而待合参,其勢資下也。

書き下し

故に明王の言は隔塞して通ぜず、周密にして見はれず。故に一を以て十を得るは、下道なり。十を以て一を得るは、上道なり。明主は上下を兼ね行ふ、故に姦失ふ所無し。伍・閭・連・縣にして鄰し、過を謁すれば賞し、過を失へば誅す、上の下に於ける、下の上に於けるも亦然り。是の故に上下貴賤相畏るるに法を以てし、相誨ふるに利を以てす。民の性、生の實有り、生の名有り。君爲る者は賢知の名有り、賞罰の實有り。名實俱に至る、故に福善必ず聞こゆ。六。聽きて參せざれば、則ち以て下を責むる無し。言用に督せざれば、則ち邪說上に當る。言の物爲るや多きを以て信ぜらる、然らざるの物も、十人云へば疑ひ、百人なれば然りとし、千人なれば解くべからざるなり。呐者の言は疑はれ、辯者の言は信ぜらる。姦の上を食むや、資を衆に取り、信を辯に籍り、而して類を以て其の私を飾る。人主忿を饜かずして合參を待てば、其の勢下に資するなり。

現代語訳

だから明王の言葉は外と隔てられて通じず、周到に秘されて表に現れない。一人から十の情報を得るのは下の道であり、十人から照らし合わせて一つの真実を得るのは上の道である。明主は上下の両方の道をあわせ行うから、悪人を取り逃がすことがない。五家・二十五家・連・県と隣組を組ませ、過ちを告げた者は賞し、過ちを見逃した者は罰する。上が下に対しても、下が上に対しても同じである。こうして上下貴賤が法によって互いに畏れ、利益によって互いに教え戒め合う。民の本性として、生きるうえでの実利を求め、生きるうえでの名誉を求める。君主たる者には賢明で智恵ある者という名があり、賞罰を与えるという実がある。名と実がともにそろうから、善い行いは必ず君主の耳に届く。第六。言葉を聞いても照らし合わせなければ、臣下の責任を問うことはできない。言葉をその効用で問いたださなければ、邪な説が君主に通ってしまう。言葉というものは、多くの人が言うほど信じられる。事実でないことでも、十人が言えば半信半疑になり、百人が言えば本当だと思い、千人が言えばもう解きようがない。口下手な者の言葉は疑われ、弁の立つ者の言葉は信じられる。悪人が君主を食いものにするときは、大勢から裏付けを取り、弁舌で信用を得て、似たような事例で自分の私心を飾る。君主が怒りによって決着をつけず、ただ照らし合わせがそろうのを待っているだけでは、その勢いは臣下を利することになる。

解説

八経篇の第五の結びと第六「参言」の前半です。十人の言葉を照らし合わせて一つの真実を得るのが上の道だとし、隣組による相互告発の仕組みにも触れます。第六では、嘘でも千人が言えば解けなくなる、口下手は疑われ弁の立つ者は信じられる、と世論と弁舌の怖さを描きます。これは内儲説上篇の「三人市虎を成す」の話と同じ洞察です。今の職場でも、声の大きい人や説明のうまい人の意見が、事実の裏付けなしに通ってしまうことはよくあります。多数の声や話のうまさではなく、結果と証拠で判断する姿勢の大切さを教えてくれる一段です。

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