韓非子 / 六反第四十六
故無術者得於不用,不肖者得於不任。言不用而自文以爲辯,身不任而自飾以爲高。世主眩其辯、濫其高而尊貢之,是不須視而定明也,不待對而定辯也,喑盲者不得矣。明主聽其言必責其用,觀其行必求其功,然則虚舊之學不談,矜誣之行不飾矣。
新字:故無術者得於不用,不肖者得於不任。言不用而自文以為弁,身不任而自飾以為高。世主眩其弁、濫其高而尊貢之,是不須視而定明也,不待対而定弁也,喑盲者不得矣。明主聴其言必責其用,観其行必求其功,然則虚旧之学不談,矜誣之行不飾矣。
書き下し
故に無術者は用ひられざるに得、不肖者は任ぜられざるに得。言用ひられずして自ら文りて以て辯と為し、身任ぜられずして自ら飾りて以て高しと為す。世主其の辯に眩み、其の高きに濫れて之を尊貢す、是れ視るを須たずして明を定め、対ふるを待たずして辯を定むるなり、喑盲者得られざるなり。明主は其の言を聴けば必ず其の用を責め、其の行を観れば必ず其の功を求む、然らば則ち虚旧の学談ぜられず、矜誣の行飾られず。
現代語訳
だから術のない者は用いられないことで得をし、不肖の者は任じられないことで得をする。言葉が用いられないのに自ら飾って弁が立つと言い、身が任じられないのに自ら飾って高潔だとする。世の君主はその弁舌に目がくらみ、その高潔さに惑わされて尊び推挙する。これは見させもしないで目が明るいと決め、答えさせもしないで弁が立つと決めるようなもので、口のきけない者や目の見えない者を見抜くことはできない。明主は、言葉を聞けば必ずその効用を問い、行いを観れば必ずその功績を求める。そうすれば、空虚で古くさい学問は語られず、うぬぼれて人を欺く行いは飾られなくなる。
解説
六反篇の結びです。術のない者や不肖の者は、実際に用いられず任されないことで得をしている、という皮肉な指摘から始まります。試されないからこそ、口先で弁が立つと言い、身を飾って高潔だと言える。君主がそれに惑わされて尊べば、見させもせずに目が見えると決め、答えさせもせずに弁が立つと決めるのと同じだというのです。明主は言葉には必ず効用を、行いには必ず功績を求めるので、空虚な学問や見せかけの行いは通用しなくなる、と篇を閉じます。評論家のように語るだけで実務を担わない人が、最も高く評価されてしまうことがあります。試される場を与え、結果で見ることの大切さを改めて教えてくれます。
関連する章句
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『韓非子』六反第四十六其の言を聴きて其の当を求め、其の身に任じて其の功を責むれば、則ち無術不肖の者窮す。夫れ力士を得んと欲して其の自ら言ふを聴けば、庸人と烏獲と雖も別つべからざるなり。之に授くるに鼎爼を以てすれば、則ち罷健效る。故に官職なる者は、能士の鼎爼なり、之に任ずるに事を以てして愚智分かる。
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『長短経』知人内に貞観にして外に貞一なれば、則ち偽を執る者は逃るるに地無し。夫れ空言は設け易し。但だ其の実事の効を責むれば、則ち是非の験、立ちどころに見る可し」と。故に韓子曰く「人は皆な寐ぬれば、盲者も知られず。人は皆な黙すれば、喑者も識られず。覚まして之をして視せしめ、問いて之をして対えしむれば、則ち喑・盲は窮まる。歯吻を発き、毛色を視るも、良・楽と雖も必ずしも馬あたわず。車に連ね駕を蹴り、之を行途に試むれば、則ち臧獲も其の駑良を定む。青黄を観、瑕銷を察するも、欧冶と雖も必ずしも剣あたわず。狗馬を陸断し、蛟龍を水截すれば、愚者と雖も其の利鈍を識る。是を以て明試は実を貴ぶを知る、乃ち聖功なり」と。〕
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『韓非子』南面第十八非誉交々争へば、則ち主惑乱す。人臣たる者は、名誉請謁に非ざれば以て進取すること無く、法に背き専制するに非ざれば以て威を為すこと無く、忠信を仮るに非ざれば以て禁ぜられざること無し。
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