韓非子 / 外儲說左下第三十三
遂納璽而去。文侯不受,曰:「寡人曩不知子,今知矣。願子勉爲寡人治之。」遂不受。齊有狗盜之子與刖危子戲而相誇。盜子曰:「吾父之裘獨有尾。」刖危子曰:「吾父獨冬不失袴。」
新字:遂納璽而去。文侯不受,曰:「寡人曩不知子,今知矣。願子勉為寡人治之。」遂不受。斉有狗盗之子与刖危子戯而相誇。盗子曰:「吾父之裘独有尾。」刖危子曰:「吾父独冬不失袴。」
書き下し
遂に璽を納れて去る。文侯受けずして曰く、「寡人曩には子を知らず、今知れり。願はくは子勉めて寡人の為に之を治めよ。」遂に受けず。斉に狗盗の子と刖危の子と戯れて相誇る者有り。盗子曰く、「吾が父の裘は独り尾有り。」刖危の子曰く、「吾が父は独り冬も袴を失はず。」
現代語訳
(西門豹は再び鄴を治めると、民から重く税を取り立てて君主の側近に取り入った。一年後、会計報告に上がると文侯は自ら出迎えて礼をした。西門豹は、以前は君のために治めて官印を奪われ、今は側近のために治めて礼遇される、これではもう治められないと言って、)ついに官印を返して去ろうとした。文侯は受け取らずに言った。「私は以前はあなたを知らなかったが、今はわかった。どうか努めて私のために鄴を治めてほしい。」そしてついに官印を受け取らなかった。斉に、犬に化けて盗みをする泥棒の子と、足切りの刑を受けた者の子がいて、一緒に遊びながら自慢し合った。泥棒の子は言った。「うちの父ちゃんの皮衣だけには尻尾がついているんだ。」足切りの刑を受けた者の子は言った。「うちの父ちゃんだけは、冬でも袴をなくさないんだ。」
解説
経四の西門豹の話の結末と、「盗嬰児の裘を矜ると跀危子の衣を栄とする」の説話です。西門豹は清廉に治めたのに側近の悪評で官印を奪われ、次は民に重税を課して側近に取り入ったら君主に礼遇されました。彼はその理不尽を突きつけて官印を返そうとし、文侯はようやく自分の誤りを悟ります。禁ずべきことに利を与え、賞すべきことを毀れば堯でも治められないという経の命題そのものです。泥棒の子と刑人の子の自慢話は、本来恥ずべきことを誇りにする倒錯を笑ったもので、側近の評判で賞罰を決める君主の姿に重ねられています。実績よりも根回しが報われる評価制度は、まじめな人ほど組織から去らせてしまいます。
関連する章句
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『韓非子』外儲說左下第三十三往年臣君の為に鄴を治むるに、而るに君臣の璽を奪う。今臣左右の為に鄴を治むるに、而るに君臣を拜す。臣治むること能わず。
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『韓非子』外儲說左下第三十三儒者以て義を害すと為す、故に弋せず。」又問ふ、「儒者は瑟を鼓するか。」曰く、「不なり。夫れ瑟は小絃を以て大声と為し、大絃を以て小声と為す、是れ大小序を易へ、貴賤位を易ふるなり。儒者以て義を害すと為す、故に鼓せざるなり。」宣王曰く、「善し。」仲尼曰く、「其の民をして下に諂はしめんよりは、寧ろ民をして上に諂はしめん。」四。鉅は、斉の居士なり。孱は、魏の居士なり。斉・魏の君明らかならず、親ら境内を照らすこと能はずして左右の言を聴く、故に二子金璧を費して入仕を求むるなり。西門豹鄴の令と為る、清尅潔愨にして、秋毫の端も私利無きなり、而して甚だ左右を簡にす。左右因りて相与に比周して之を悪む。居ること期年、上計す、君其の璽を収む。豹自ら請ひて曰く、「臣昔者は鄴を治むる所以を知らず、今臣得たり、願はくは璽を請ひて、復た以て鄴を治めん。当らずんば、請ふ斧鑕の罪に伏せん。」文侯忍びずして復た之を与ふ。
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『淮南子』人間訓西門豹 鄴を治むるに、廩に積粟無く、府に儲錢無く、庫に甲兵無く、官に計會無し。人 數々其の過を文侯に言う。文侯 身ら其の縣を行くに、果たして人の言の若し。文侯曰く「翟璜 子に任じて鄴を治めしむるに、大いに亂る。子 能く道わば則ち可なり。能わずんば、將に誅を子に加えんとす」と。西門豹曰く「臣 聞く、王主は民を富まし、霸主は武を富まし、亡國は庫を富ますと。今 王 霸王爲らんと欲する者なり。臣 故に民に蓄積す。君 以て然らずと爲さば、臣 請う、城に升りて之を鼓せん。甲兵 粟米 立ちどころに具わる可きなり」と。是に於いて乃ち城に升りて之を鼓す。一たび鼓すれば、民 甲を被り矢を括り、兵弩を操りて出づ。再び鼓すれば、輦を負い粟あって至る。文侯曰く「之を罷めよ」と。西門豹曰く「民と信を約するは、一日の積に非ざるなり。一舉にして之を欺かば、後 復た用う可からざるなり。燕 常に魏の八城を侵す。臣 請う、北のかた之を擊ちて、以て侵地を復せん」と。遂に兵を舉げて燕を擊ち、地を復して而る後に反る。此れ罪有りて賞す可き者なり。
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戦国策・西門豹為鄴令西門豹鄴の令と為り、魏文侯に辞す。文侯曰わく、「子往け、必ず子の功を就(な)し、子の名を成さん。」西門豹曰わく、「敢えて問う、功を就し名を成すに、亦術有りや。」文侯曰わく、「之有り。夫れ郷邑の老者にして先ず坐を受くるの士は、子入りて其の賢良の士を問いて之に師事し、其の人の美を掩(おお)い人の醜を揚ぐるを好む者を求めて之を参験せよ。夫れ物相類して非なる者多し、幽莠(ゆうゆう)の幼きや禾(か)に似、驪牛(りぎゅう)の黄なるや虎に似、白骨は象に疑われ、武夫は玉に類す、此れ皆似て非なる者なり。」
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説苑・政理魏の文侯、西門豹をして往きて鄴を治めしむ。之に告げて曰く、「必ず功を全うし名を成し義を布け。」豹曰く、「敢えて問う、功を全うし名を成し義を布くこと、之を為すこと奈何。」文侯曰く、「子往け。是れ邑として賢豪辨博なる者有らざるは無く、邑として人の惡を揚げ人の善を蔽うを好む者有らざるは無し。往かば必ず豪賢なる者を問いて、因りて之に親しめ。其の辨博なる者は、因りて之を師とせよ。其の人の惡を揚げ人の善を蔽うを好む者を問いて、因りて之を察せよ。特聞を以て事に從うべからず。夫れ耳に之を聞くは目に之を見るに如かず、目に之を見るは足に之を踐むに如かず、足に之を踐むは手に之を辨ずるに如かず。人始めて官に入るは、晦室に入るが如し。久しくして愈々明らかなり。明らかにして乃ち治まり、治まりて乃ち行わる。」
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