韓非子 / 內儲說上七術第三十
韓昭侯使騎於縣。使者報,昭侯問曰:「何見也?」對曰:「無所見也。」昭侯曰:「雖然,何見?」曰:「南門之外,有黄犢食苗道左者。」昭侯謂使者:「毋敢洩吾所問於女。」乃下令曰:「當苗時,禁牛馬入人田中固有令,而吏不以爲事,牛馬甚多入人田中。亟舉其數上之,不得,將重其罪。」於是三鄉舉而上之。昭侯曰:「未盡也。」復往審之,乃得南門之外黄犢。吏以昭侯爲明察,皆悚懼其所而不敢爲非。周主下令索曲杖,吏求之數日不能得。周主私使人求之,不移日而得之。乃謂吏曰:「吾知吏不事事也。曲杖甚易也,而吏不能得,我令人求之,不移日而得之,豈可謂忠哉!」吏乃皆悚懼其所,以君爲神明。卜皮爲縣令,其御史汙濊而有愛妾,卜皮乃使少庶子佯愛之,以知御史陰情。西門豹爲鄴令,佯亡其車轄,令吏求之不能得,使人求之而得之家人屋間。七。陽山君相衛,聞王之疑己也,乃僞謗樛竪以知之。淖齒聞齊王之惡己也,乃矯爲秦使以知之。齊人有欲爲亂者,恐王知之,因詐逐所愛者,令走王知之。
新字:韓昭侯使騎於県。使者報,昭侯問曰:「何見也?」対曰:「無所見也。」昭侯曰:「雖然,何見?」曰:「南門之外,有黄犢食苗道左者。」昭侯謂使者:「毋敢洩吾所問於女。」乃下令曰:「当苗時,禁牛馬入人田中固有令,而吏不以為事,牛馬甚多入人田中。亟舉其数上之,不得,将重其罪。」於是三郷舉而上之。昭侯曰:「未尽也。」復往審之,乃得南門之外黄犢。吏以昭侯為明察,皆悚懼其所而不敢為非。周主下令索曲杖,吏求之数日不能得。周主私使人求之,不移日而得之。乃謂吏曰:「吾知吏不事事也。曲杖甚易也,而吏不能得,我令人求之,不移日而得之,豈可謂忠哉!」吏乃皆悚懼其所,以君為神明。卜皮為県令,其御史汚濊而有愛妾,卜皮乃使少庶子佯愛之,以知御史陰情。西門豹為鄴令,佯亡其車轄,令吏求之不能得,使人求之而得之家人屋間。七。陽山君相衛,聞王之疑己也,乃偽謗樛竪以知之。淖歯聞斉王之悪己也,乃矯為秦使以知之。斉人有欲為乱者,恐王知之,因詐逐所愛者,令走王知之。
書き下し
韓の昭侯、騎をして県に於てせしむ。使者報ず。昭侯問ひて曰く、「何をか見たる」と。対へて曰く、「見る所無きなり」と。昭侯曰く、「然りと雖も、何をか見たる」と。曰く、「南門の外に、黄犢の苗を道の左に食む者有り」と。昭侯、使者に謂ふ、「敢へて吾の女に問ふ所を洩らす毋かれ」と。乃ち令を下して曰く、「苗の時に当たりて、牛馬の人の田中に入るを禁ずること固より令有り。而るに吏以て事と為さず、牛馬甚だ多く人の田中に入る。亟かに其の数を挙げて之を上れ。得ずんば、将に其の罪を重くせんとす」と。是に於て三郷挙げて之を上る。昭侯曰く、「未だ尽くさざるなり」と。復た往きて之を審らかにし、乃ち南門の外の黄犢を得たり。吏、昭侯を以て明察と為し、皆其の所に悚懼して敢へて非を為さず。周主、令を下して曲杖を索めしむ。吏之を求むること数日にして得ること能はず。周主私かに人をして之を求めしむれば、日を移さずして之を得たり。乃ち吏に謂ひて曰く、「吾吏の事を事とせざるを知る。曲杖は甚だ易きなり、而るに吏得ること能はず。我人をして之を求めしむれば、日を移さずして之を得たり、豈に忠と謂ふべけんや」と。吏乃ち皆其の所に悚懼して、君を以て神明と為す。卜皮は県令為り。其の御史汚濊にして愛妾有り。卜皮乃ち少庶子をして佯りて之を愛せしめ、以て御史の陰情を知る。西門豹は鄴の令為り。佯りて其の車轄を亡ひ、吏をして之を求めしむるも得ること能はず。人をして之を求めしめて之を家人の屋間に得たり。七。陽山君、衛に相たり。王の己を疑ふを聞き、乃ち偽りて樛豎を謗りて以て之を知る。淖歯、斉王の己を悪むを聞き、乃ち矯りて秦の使ひと為りて以て之を知る。斉人に乱を為さんと欲する者有り。王の之を知らんことを恐れ、因りて詐りて愛する所の者を逐ひ、走りて王をして之を知らしむ。
現代語訳
韓の昭侯が騎馬の使者を県へ出した。使者が戻って報告すると、昭侯は尋ねた。「何を見たか」。使者は「何も見ませんでした」と答えた。昭侯は「それでも、何か見ただろう」と言った。使者は「南門の外で、黄色い子牛が道の左側の苗を食べていました」と言った。昭侯は使者に「わしがお前に尋ねたことを、決して漏らしてはならない」と言った。そして命令を下した。「苗の育つ時期に牛馬が人の田に入ることを禁じる法令がもともとある。それなのに役人はこれを職務と心得ず、牛馬が人の田にたくさん入っている。すぐにその数を調べて報告せよ。もれがあれば、その罪を重くする」。そこで三つの郷が調べて報告した。昭侯は「まだすべてではない」と言った。役人がふたたび行って詳しく調べると、ようやく南門の外の黄色い子牛を見つけた。役人たちは昭侯を明察な君主だと思い、みなそれぞれの持ち場でおののき恐れて、あえて悪事をしなくなった。周の君主が命令を下して曲がった杖を探させた。役人たちは数日探しても見つけられなかった。周の君主がひそかに人を使って探させると、日が移らないうちに見つかった。そこで役人たちに言った。「わしは役人が職務に励んでいないことを知った。曲がった杖を探すのはたやすいことなのに、役人たちは見つけられなかった。わしが人に探させると、日が移らないうちに見つかった。これで忠実と言えようか」。役人たちはみなそれぞれの持ち場でおののき恐れ、君主を神のように見通す人だと思った。卜皮は県令であった。その部下の御史は汚れた行いをしており、寵愛する妾がいた。卜皮はそこで若い家臣にその妾を愛するふりをさせ、御史のひそかな内情を探り出した。西門豹は鄴の県令であった。車のくさびをなくしたふりをして役人に探させたが、見つけられなかった。別の人に探させると、ある民家の屋根の間から見つかった。(以下は説の)七である。陽山君が衛の宰相であったとき、王が自分を疑っていると聞き、わざと王の寵臣の樛豎を謗って(王の反応から)それを確かめた。淖歯は斉王が自分を憎んでいると聞き、秦の使者になりすまして(王の本心を)確かめた。斉の人で乱を起こそうとする者がいた。王に知られることを恐れ、わざと寵愛する者を追放したふりをして、その者を王のもとへ走らせ、(王が企みを知っているかどうかを)確かめた。
解説
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『韓非子』內儲說上七術第三十其の患ひは申子の趙紹・韓沓を以て嘗試と為すに在り。故に公子汜は河東を割くを議し、而して応侯は上党を弛むるを謀る。一聴四。数々見えて久しく待ちて任ぜざれば、姦は則ち鹿のごとく散ず。人をして他を問はしむれば則ち私を鬻がず。是を以て龐敬は公大夫を還し、而して戴讙は轀車を視しむるを詔し、周主は玉簪を亡ひ、商の太宰は牛矢を論ず。詭使五。智を挟みて問へば、則ち不智なる者も智なり。深く一物を智れば、衆隠皆変ず。其の説は昭侯の一爪を握るに在り。故に必ず南門にして三郷得らる。周主は曲杖を索めて群臣懼れ、卜皮は庶子を使ひ、西門豹は詳りて轄を遺る。挟智六。倒言反事して以て疑ふ所を嘗みれば、則ち姦情得らる。故に陽山は樛豎を謾り、淖歯は秦の使ひと為り、斉人は乱を為さんと欲し、子之は白馬を以てし、子産は訟者を離し、嗣公は関市を過ぐ。倒言七。右経一。衛の霊公の時、弥子瑕寵有りて、衛国を専らにす。
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『韓非子』內儲說上七術第三十韓の昭侯爪を握りて、佯りて一爪を亡い、之を求むること甚だ急なり。左右因て其の爪を割きて之を效す。昭侯此を以て左右の誠か不かを察せり。
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『韓非子』內儲說下六微第三十一左右に私かに善からざる者有り、乃ち之が為に王に請ひて曰く、「公子甚だ貧しく、馬甚だ痩す、王何ぞ之に馬食を益さざる。」王許さず。左右因りて微かに夜芻廐を焼かしむ。王以て賤公子と為すや、乃ち之を誅す。魏に老儒有りて済陽君に善からず。客に老儒と私怨有る者有り、因りて老儒を攻めて之を殺し、以て済陽君に徳として曰く、「臣其の君に善からざるが為なり、故に君の為に之を殺せり。」済陽君因りて察せずして之を賞す。一に曰く、済陽君に少庶子有り、知られずして君に愛を入れんと欲する者有り。斉老儒をして薬を馬梨の山に掘らしむ、済陽の少庶子以て功と為さんと欲し、入りて君に見えて曰く、「斉老儒をして薬を馬梨の山に掘らしむ、名は薬を掘るなるも、実は君の国を間するなり。君之を殺さずんば、是れ将に済陽君を以て罪を斉に抵さんとす。臣請ふ之を刺さん。」君曰く、「可なり。」是に於て明日之を城陰に得て之を刺す、済陽君還りて益ます之を親しむ。四。陳需は、魏王の臣なり、荊王に善し、而して荊をして魏を攻めしむ。荊魏を攻む、陳需因りて魏王の為に行きて之を解かんことを請ひ、因りて荊の勢を以て魏に相たり。韓の昭侯の時、黍種嘗て貴きこと甚し。昭侯人をして廩を覆さしむ、吏果して黍種を竊みて之を糶ること甚だ多し。昭奚恤の荊に用ひらるるや、倉廥窌を焼く者有りて其の人を知らず。昭奚恤吏をして茅を販ぐ者を執へて之を問はしむ、果して焼けり。昭僖侯の時、宰人食を上るに羹中に生肝有り、昭侯宰人の次を召して之を誚めて曰く、「若何為れぞ生肝を寡人の羹中に置く。」宰人頓首して死罪に服して曰く、「竊かに尚宰人を去らんと欲するなり。」一に曰く、僖侯浴す、湯中に礫有り。僖侯曰く、「尚浴免ぜらるれば、則ち当に代るべき者有るか。」左右対へて曰く、「有り。」僖侯曰く、「召して来れ。」之を譙めて曰く、「何為れぞ礫を湯中に置く。」対へて曰く、「尚浴免ぜらるれば、則ち臣之に代るを得ん、是を以て礫を湯中に置く。」
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『韓非子』內儲說上七術第三十衛の嗣公、人をして客と為りて関市を過ぎしむ。関市之を苛難す。因りて関市に事ふるに金を以てす。関吏乃ち之を舎く。嗣公、関吏に為(い)ひて曰く、「某の時、客有りて而の所を過ぎ、汝に金を与へ、而して汝因りて之を遣れり」と。関市乃ち大いに恐れ、而して嗣公を以て明察と為す。
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『韓非子』內儲說上七術第三十主の用ふる所は七術、察する所は六微なり。七術、一に曰く衆端参観、二に曰く必罰明威、三に曰く信賞尽能、四に曰く一聴責下、五に曰く疑詔詭使、六に曰く挟知而問、七に曰く倒言反事。此の七者は主の用ふる所なり。観聴参せざれば則ち誠聞こえず、聴くに門戸有れば則ち臣壅塞す。其の説は侏儒の竈を夢見ると、哀公の「衆と莫くして迷ふ」を称するとに在り。故に斉人の河伯を見すと、恵子の「其の半を亡ふ」を言ふとなり。其の患ひは豎牛の叔孫を餓ゑしむると、江乙の荊の俗を説くとに在り。嗣公は治めんと欲して知らず、故に敵有らしむ。是を以て明主は積鉄の類を推して、一市の患ひを察す。参観一。愛多き者は則ち法立たず、威寡なき者は則ち下上を侵す。是を以て刑罰必ならざれば則ち禁令行はれず。其の説は董子の石邑に行くと、子産の游吉に教ふるとに在り。故に仲尼は隕霜を説きて、殷の法は棄灰を刑す。将行は楽池を去りて、公孫鞅は軽罪を重くす。是を以て麗水の金は守られず、積沢の火は救はれず。成歓は太だ仁なるを以て斉国を弱め、卜皮は慈恵を以て魏王を亡ぼす。管仲之を知る、故に死人を断ず。嗣公之を知る、故に胥靡を買ふ。必罰二。賞誉薄くして謾なる者は下用ゐられず、賞誉厚くして信なる者は下死を軽んず。其の説は文子の「獣鹿の若し」と称するに在り。故に越王は宮室を焚き、呉起は車轅を倚せ、李悝は訟を断ずるに射を以てし、宋の崇門は毀を以て死す。勾践之を知る、故に怒鼃に式す。昭侯之を知る、故に弊袴を蔵す。厚賞の人をして賁・諸為らしむるや、婦人の蚕を拾ひ、漁者の鱣を握る、是を以て之を效す。賞誉三。一聴すれば則ち愚智紛れず、下に責むれば則ち人臣参せず。其の説は「鄭を索む」と「竽を吹く」とに在り。