韓非子 / 安危第二十五
如此,則人失其所以樂生,而忘其所以重死。人不樂生,則人主不尊;不重死,則令不行也。使天下皆極智能於儀表,盡力於權衡,以動則勝,以靜則安。治世使人樂生於爲是,愛身於爲非,小人少而君子多。故社稷長立,國家久安。
新字:如此,則人失其所以楽生,而忘其所以重死。人不楽生,則人主不尊;不重死,則令不行也。使天下皆極智能於儀表,尽力於権衡,以動則勝,以静則安。治世使人楽生於為是,愛身於為非,小人少而君子多。故社稷長立,国家久安。
書き下し
此の如くなれば、則ち人は其の生を楽しむ所以を失ひて、其の死を重んずる所以を忘る。人、生を楽しまざれば、則ち人主尊からず。死を重んぜざれば、則ち令行はれざるなり。天下をして皆智能を儀表に極め、力を権衡に尽くさしめ、以て動けば則ち勝ち、以て静まれば則ち安し。治世は人をして是を為すに生を楽しみ、非を為すに身を愛せしめ、小人少なくして君子多し。故に社稷長く立ち、国家久しく安し。
現代語訳
(国を危うくするやり方を取れば)人々は生きることを楽しむ理由を失い、死を重く見る理由を忘れてしまう。人々が生きることを楽しまなければ君主は尊ばれず、死を重く見なければ命令は行われない。天下の人々にみな、知恵と能力を法の基準に沿って出し尽くさせ、力を法のはかりに沿って出し尽くさせれば、動けば勝ち、静まれば安らかである。よく治まった世は、人々に、正しいことをすれば生きることを楽しめ、悪いことをすれば身が惜しくなるようにさせる。それで小人は少なく君子は多くなる。だから国家は長く立ち、久しく安泰なのである。
解説
安危篇は、国を安らかにする七つの術と危うくする六つの道を挙げる篇です。この単位は、危うくする道を取った結果として、人々が生きる楽しみも死を重んじる気持ちも失うことを述べ、そこから法による治世の姿を描きます。生を楽しまない民は君主を尊ばず、死を恐れない民には命令が通じないという指摘は、賞罰が効く前提を示しています。儀表や権衡、つまり法の基準に沿って人々が力を尽くせば、正しいことをすれば報われ、悪いことをすれば損をする世の中になります。社員が働く喜びを失い、失敗しても何も失わないと感じる組織では、どんな指示も空回りします。
関連する章句
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『韓非子』安危第二十五安術に七有り、危道に六有り。安術は、一に曰く賞罰は是非に隨ふ、二に曰く禍福は善惡に隨ふ、三に曰く死生は法度に隨ふ、四に曰く賢不肖有りて愛惡無し、五に曰く愚智有りて非譽無し、六に曰く尺寸有りて意度無し、七に曰く信有りて詐無し。危道は、一に曰く繩の内に斵削(たくさく)す、二に曰く法の外に斷割す、三に曰く人の害する所を利とす、四に曰く人の禍とする所を樂しむ、五に曰く人を安んずる所に危くす、六に曰く愛する所親しまず、惡む所䟽(うと)からず。
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『韓非子』制分第五十五且つ夫れ死力なる者は、民の有する所の者なり、情其の死力を出だして以て其の欲する所を致さざるは莫し。而して好惡なる者は、上の制する所なり、民なる者は利禄を好みて刑罰を惡む。上好惡を掌りて以て民力を御す、事實失ふに宜しからず、然り而して禁輕く事失ふ者は、刑賞失へばなり。其の民を治むるに法を秉らずして善を爲すや、是くの如くんば、則ち是れ法無きなり。故に治亂の理は、宜しく刑賞を分かつを務めて急と爲すべし。國を治むる者法有らざるは莫し、然り而して存する有り亡ぶる有り。亡ぶる者は、其の刑賞を制して分かたざればなり。國を治むる者、其の刑賞に分有らざるは莫し。異を持して以て分と爲す有るは、分と謂ふべからず。君の分を察するに至りては、獨り分なり。是を以て其の民法を重んじて禁を畏れ、罪に抵る毋きを願ひて敢へて賞を胥たず。故に曰く、刑賞を待たずして民事に從ふ、と。是の故に夫れ至治の國は、善く姦を止むるを以て務めと爲す。是れ何ぞや。其の法人情に通じ、治理に關はればなり。然らば則ち微姦を去るの道は奈何。其の務めは之をして相其の情を規さしむる者なり。則ち相闚はしむるは奈何。曰く、蓋し理相坐するのみ。禁尚ほ己に連なる者有れば、理として相闚はざるを得ず、惟だ免るるを得ざるを恐る。
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『韓非子』安危第二十五故に安国の法は、饑ゑて食し、寒くして衣るが若く、令せずして自然なり。先王は理を竹帛に寄す、其の道順なり、故に後世服す。今人をして饑寒を去らしめば、賁・育と雖も行ふこと能はず。自然を廃すれば、道に順ふと雖も立たず。強勇の行ふこと能はざる所なれば、則ち上安んずること能はず。上、厭くこと無きを以て已に尽くせるを責むれば、則ち下「有る無し」と対ふ。有る無ければ則ち法を軽んず。法は国を為むる所以なり、而るに之を軽んずれば、則ち功立たず、名成らず。聞く、古の扁鵲の其の病を治するや、刀を以て骨を刺す。聖人の危国を救ふや、忠を以て耳に払ふ。骨を刺す、故に小痛体に在りて長利身に在り。耳に払ふ、故に小逆心に在りて久福国に在り。
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『韓非子』安危第二十五安術七有り、一に曰く、賞罰は是非に隨う、六に曰く、尺寸有りて意度無し、七に曰く、信有りて詐無し。
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『韓非子』八經第四十八一。凡そ天下を治むるは、必ず人情に因る。人情なる者は、好惡有り、故に賞罰用ふべし。賞罰用ふべければ、則ち禁令立つべくして治道具はる。君柄を執りて以て勢に處る、故に令行はれ禁止む。柄なる者は、殺生の制なり。勢なる者は、衆に勝つの資なり。廢置度無ければ則ち權瀆れ、賞罰下と共にすれば則ち威分かる。是を以て明主は愛を懷きて聽かず、說を留めて計らず。故に言を聽きて參せざれば、則ち權姦に分かれ、智力用ひざれば、則ち君臣に窮す。故に明主の制を行ふや天、其の人を用ふるや鬼。天なれば則ち非られず、鬼なれば則ち困しまず。勢行はれ教へ嚴にして、逆らへども違はず、毁譽一に行はれて議せず。故に賢を賞し暴を罰するは、善を舉ぐるの至りなる者なり。暴を賞し賢を罰するは、惡を舉ぐるの至りなる者なり。是れを賞同罰異と謂ふ。賞は厚きに如くは莫し、民をして之を利とせしむ。譽は美なるに如くは莫し、民をして之を榮とせしむ。誅は重きに如くは莫し、民をして之を畏れしむ。毁は惡しきに如くは莫し、民をして之を恥ぢしむ。然る後に一に其の法を行ひ、誅を私家に禁じ、功罪を害せず。賞罰必ず之を知る、之を知れば、道盡く。二。力は衆に敵せず、智は物を尽くさず。其の一人を用ふるよりは、一國を用ふるに如かず、故に智力敵して羣物勝つ。揣りて中れば則ち私に勞し、中らざれば則ち過を任ふ。
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『韓非子』姦劫弒臣第十四人焉んぞ能く安利の道を去りて危害の処に就かんや。国を治むること此くの若く其れ過てり。而して上、下の姦無く、吏の法を奉ずることを欲するも、其の得べからざること亦明らかなり。故に左右、貞信の以て安利を得べからざるを知れば、必ず曰く、「我忠信を以て上に事へ、功労を積みて安きを求むるは、是れ猶盲にして黒白の情を知らんと欲するがごとし、必ず幾からず。若し道を以て化し正理を行ひ、富貴に趨かず、上に事へて安きを求むるは、是れ猶聾にして清濁の声を審らかにせんとするがごとし、愈幾からず。二者以て安きを得べからずんば、我安んぞ能く相比周し、主上を蔽ひ、姦私を為して以て重人に適すること無からんや」と。此れ必ず人主の義を顧みず。其の百官の吏も亦方正の以て安きを得べからざるを知れば、必ず曰く、「我清廉を以て上に事へて安きを求むるは、規矩無くして方円を為さんと欲するが若し、必ず幾からず。若し法を守り朋党せずして官を治めて安きを求むるは、是れ猶足を以て頂を搔くがごとし、愈幾からず。二者以て安きを得べからずんば、能く法を廃し私を行ひて以て重人に適すること無からんや」と。