韓非子 / 存韓第二
脩守備,戒强敵,有畜積,築城池以守固。今伐韓,未可一年而滅,拔一城而退,則權輕於天下,天下摧我兵矣。
新字:脩守備,戒強敵,有畜積,築城池以守固。今伐韓,未可一年而滅,抜一城而退,則権軽於天下,天下摧我兵矣。
書き下し
守備を脩め、強敵を戒め、畜積有り、城池を築きて以て守り固む。今韓を伐たば、未だ一年にして滅ぼすべからず、一城を抜きて退かば、則ち権天下に軽く、天下我が兵を摧かん。
現代語訳
(韓は)守りを整え、強敵に備え、蓄えを持ち、城と堀を築いて固く守っている。いま韓を討っても一年で滅ぼすことはできず、城を一つ落として引き揚げることになれば、秦の威信は天下に軽んじられ、天下は秦の兵をくじこうとするだろう。
解説
韓を攻めても短期間では落とせず、中途半端に城一つを取って退けば、秦の威信が傷つき諸侯に侮られると説く一節です。韓非は、韓が守りを固めていることを挙げ、攻略の費用と見返りが釣り合わないことを示して秦王を思いとどまらせようとしています。背景には、祖国韓を存続させたいという韓非の立場があり、秦の利益を説く形をとりながら韓を守る論法になっています。仕事でも、勝ち切れない戦いに手を出して中途半端に終わると、損失以上に信用や評判を失います。始める前に、やり切れるかどうか、途中でやめたら何を失うかを見積もる必要があります。
関連する章句
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『韓非子』存韓第二韓の秦に事ふること三十余年、出でては則ち扞蔽と為り、入りては則ち蓆薦と為る。秦特だ鋭師を出だして地を取り、韓之に随ひ、怨みは天下に懸かり、功は強秦に帰す。且つ夫れ韓は貢職を入れ、郡県と異なる無きなり。今臣窃かに貴臣の計を聞くに、兵を挙げて将に韓を伐たんとす。夫れ趙氏は士卒を聚め、従徒を養ひ、天下の兵を贅めんと欲し、秦弱からざれば則ち諸侯必ず宗廟を滅ぼさるるを明らかにし、西面して其の意を行はんと欲す、一日の計に非ざるなり。今趙の患を釈きて、内臣の韓を攘はば、則ち天下趙氏の計を明らかにせん。
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『韓非子』存韓第二且つ夫れ韓の兵の天下に於けるは知るべきなり、今又強秦に背く。夫れ城を棄てて軍を敗らば、則ち反掖の寇必ず城を襲はん。城尽くれば則ち聚散じ、聚散ずれば則ち軍無し。城固く守らば、則ち秦必ず兵を興して王の一都を囲み、道通ぜざれば、則ち難必ず謀られ、其の勢救はれず、左右之を計る者用ゐられず。願はくは陛下之を熟図せよ。若し臣斯の言ふ所に事実に応ぜざる者有らば、願はくは大王幸ひに辞を前に畢ふるを得しめよ、乃ち吏の誅に就くも晩からざるなり。秦王飲食甘からず、遊観楽しまず、意専ら趙を図るに在り、臣斯をして来り言はしめ、身ら見ゆるを得て、因りて急に陛下と計有らんことを願ふ。今使臣通ぜずんば、則ち韓の信未だ知るべからざるなり。夫れ秦必ず趙の患を釈きて兵を韓に移さん、願はくは陛下幸ひに復た察して之を図り、而して臣に報決を賜へ」と。
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『韓非子』存韓第二夫れ韓嘗て一たび秦に背きて国迫られ地侵され、兵弱きこと今に至る。然る所以の者は、姦臣の浮説を聴き、事実を権らず、故に姦臣を殺戮すと雖も、韓をして復た強からしむること能はず。「今趙兵士を聚め、卒に秦を以て事と為さんと欲し、人をして来りて道を借らしめ、秦を伐たんと欲すと言ふ、其の勢必ず韓を先にして秦を後にせん。
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『韓非子』存韓第二夫れ進みて趙を撃ちて取ること能はず、退きて韓を攻めて抜くこと能はざれば、則ち陥鋭の卒は野戦に懃み、負任の旅は内攻に罷れ、則ち群苦弱を合はせて以て敵して二万乗を共にす、韓を亡ぼすの心に非ざる所以なり。均しく貴臣の計の如くんば、則ち秦必ず天下の兵質と為らん。陛下金石と相弊すると雖も、則ち天下を兼ぬるの日未だし。今賤臣の愚計は、人をして荊に使ひせしめ、用事の臣に幣を重くし、趙の秦を欺く所以の者を明らかにし、魏と質して以て其の心を安んじ、韓を従へて趙を伐たば、趙斉と一と為ると雖も、患ふるに足らざるなり。二国の事畢はらば、則ち韓は書を移して以て定むべきなり。是れ我一挙にして二国亡形有り、則ち荊・魏又必ず自ら服せん。故に曰く、「兵は、
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『韓非子』存韓第二秦を以て趙と衡を敵にし、加ふるに斉を以てし、今又韓に背きて、未だ以て荊・魏の心を堅くする有らず。夫れ一戦して勝たざれば、則ち禍搆へん。
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『韓非子』存韓第二趙・秦の強弱は、今年に在るのみ。且つ趙は諸侯と陰謀すること久し。夫れ一たび動きて諸侯に弱きは、危事なり。計を為して諸侯をして我を意ふの心有らしむるは、至殆なり。二疏を見すは、諸侯に強き所以に非ざるなり。臣窃かに願はくは陛下の幸ひに之を熟図せんことを。攻伐して従者をして間せしめば、悔ゆべからざるなり。詔して韓客の上書する所を以て、書に韓子の未だ挙ぐべからざるを言ふを、臣斯に下す。臣斯甚だ以て然らずと為す。