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回天詩史 / 水戸の家風と文政・文公の仁政と武公の志

(兩野常陸間之俗。貧民或不擧子。拉殺之孽。慘毒尤甚。而民習以爲常。恬然不怪。公深慨之。命郡官市司等之職。務矯其弊。若民極窮乏不能育子者。給以資用。封內赤子賴以活者。不可勝數。其法制今猶准行。凡民有七子以上者。褒賞於官。云)其讀書右文。義公以來不有其比。(初義公修大日本史。補千歲之缺典。然以其書屬私撰。不得公諸世。其傳寫行於世者。謬誤甚多。而正德以後。文學陵夷。其任館職。曰總裁曰編修。實不足副名。文公好文。一國嚮風。長久保玄珠立原萬之徒。唱於其前。高橋廣備先臣一正之儔。和於其後。公遂委廣備一正等。以刊脩之事。校訂補輯。率無虛日。文化年間。因關白藤公。取九重之進止。獲傳書名公行。乃上其先就者於木。獻於天朝。進於幕府者。皆文公之志。而武公繼述之力也)當時大將軍(文恭公)富於春秋。(公年十四)即位。白河源侯(松平越中守名定信。致仕號樂翁)及今侯(移封桑名)居宰輔之任。援三藩之君以倚賴焉。今恭觀公親筆秘錄(亦藏於秘書府。以囊分部。納諸桐匣。堅橫可三尺。深可二尺。而秘錄盈焉)匪其有裨益於天下者。不可勝數矣。其於國政。亦不乏美事。而公承奢侈之後。財用不足。功利之徒或乘之而起。遂累公之德者或有焉。然在位三十餘年。未嘗忽愛士撫民之政。其德澤浹洽於闔境者。至今猶深。武公寬裕而果斷。志存大體。大開言路。脩明庶政。丙寅丁卯間。慨然有大有爲之志。(先是國用窮乏。仰給於浪華富商。歲月之久。子錢倍蓰。國不勝其弊。風俗紀綱爲之頽敗。公有見於此。命有司推其顛末。究其源委。或捐其子錢。與其母金。或限以歲月。斷然與浪華富商絕。於是有量入爲出。備豫不虞之志。云)巨室束手。

新字:(両野常陸間之俗。貧民或不挙子。拉殺之孽。惨毒尤甚。而民習以為常。恬然不怪。公深慨之。命郡官市司等之職。務矯其弊。若民極窮乏不能育子者。給以資用。封内赤子頼以活者。不可勝数。其法制今猶准行。凡民有七子以上者。褒賞於官。云)其読書右文。義公以来不有其比。(初義公修大日本史。補千歳之欠典。然以其書属私撰。不得公諸世。其伝写行於世者。謬誤甚多。而正徳以後。文学陵夷。其任館職。曰総裁曰編修。実不足副名。文公好文。一国嚮風。長久保玄珠立原万之徒。唱於其前。高橋広備先臣一正之儔。和於其後。公遂委広備一正等。以刊脩之事。校訂補輯。率無虚日。文化年間。因関白藤公。取九重之進止。獲伝書名公行。乃上其先就者於木。献於天朝。進於幕府者。皆文公之志。而武公継述之力也)当時大将軍(文恭公)富於春秋。(公年十四)即位。白河源侯(松平越中守名定信。致仕号楽翁)及今侯(移封桑名)居宰輔之任。援三藩之君以倚頼焉。今恭観公親筆秘録(亦蔵於秘書府。以嚢分部。納諸桐匣。堅横可三尺。深可二尺。而秘録盈焉)匪其有裨益於天下者。不可勝数矣。其於国政。亦不乏美事。而公承奢侈之後。財用不足。功利之徒或乗之而起。遂累公之徳者或有焉。然在位三十余年。未嘗忽愛士撫民之政。其徳沢浹洽於闔境者。至今猶深。武公寛裕而果断。志存大体。大開言路。脩明庶政。丙寅丁卯間。慨然有大有為之志。(先是国用窮乏。仰給於浪華富商。歳月之久。子銭倍蓰。国不勝其弊。風俗紀綱為之頽敗。公有見於此。命有司推其顛末。究其源委。或捐其子銭。与其母金。或限以歳月。断然与浪華富商絶。於是有量入為出。備予不虞之志。云)巨室束手。

書き下し

(両野常陸間の俗、貧民或いは子を挙げず。拉殺の孽、惨毒尤も甚だし。而して民、習ひて以て常と為し、恬然として怪しまず。公深く之を慨き、郡官・市司等の職に命じ、務めて其の弊を矯めしむ。若し民、極窮にして子を育つる能はざる者あれば、給するに資用を以てす。封内の赤子、頼りて以て活く者、勝げて数ふべからず。其の法制今猶ほ准行す。凡そ民にして七子以上有る者は、官に褒賞せらる、と云ふ)其の書を読み文を右(たふと)ぶこと、義公以来其の比有らず。(初め義公大日本史を修し、千歳の欠典を補ふ。然れども其の書は私撰に属するを以て、公に世に諸(つま)らかにするを得ず。其の伝写して世に行はるる者は、謬誤甚だ多し。而して正徳以後、文学陵夷し、其の館職に任ずる、総裁と曰ひ編修と曰ふも、実に名に副ふに足らず。文公は文を好み、一国風に嚮(むか)ふ。長久保玄珠・立原万の徒、其の前に唱へ、高橋広備・先臣一正の儔、其の後に和す。公遂に広備・一正等に委ねて、刊修の事を以てす。校訂補輯、率ね虚日無し。文化年間、関白藤公に因りて、九重の進止を取り、書名を公行するを獲たり。乃ち其の先に就(な)りし者を木に上せ、天朝に献じ、幕府に進むるは、皆文公の志にして、武公の継述の力なり)当時の大将軍(文恭公)は春秋に富み、(公の年十四)即位す。白河源侯(松平越中守、名は定信。致仕して楽翁と号す)及び今侯(桑名に移封)は宰輔の任に居り、三藩の君を援けて以て倚頼す。今恭しく公の親筆秘録を観るに、(亦た秘書府に蔵す。嚢を以て部を分かち、諸(これ)を桐匣に納む。堅横三尺ばかり、深さ二尺ばかりにして、秘録盈(み)つ)其の天下に裨益有る者に非ざるは無く、勝げて数ふべからず。其の国政に於いても、亦た美事に乏しからず。而して公は奢侈の後を承け、財用足らず、功利の徒の或いは乗じて起こり、遂に公の徳を累(わずら)はす者或いは有り。然れども位に在ること三十余年、未だ嘗て士を愛し民を撫するの政を忽せにせず。其の徳沢の闔境に浹洽する者は、今に至りて猶ほ深し。武公は寛裕にして果断、志は大体に存し、大いに言路を開き、庶政を脩明す。丙寅・丁卯の間、慨然として大いに為すこと有るの志あり。(是より先、国用窮乏し、浪華の富商に仰ぎ給せらる。歳月の久しきに、子銭は倍蓰し、国は其の弊に勝へず、風俗紀綱之が為に頽敗す。公は此に見る有り、有司に命じて其の顛末を推し、其の源委を究めしむ。或いは其の子銭を捐(す)て、其の母金を与へ、或いは限るに歳月を以てし、断然として浪華の富商と絶つ。是に於いて、入るを量りて出づるを為し、不虞に備豫するの志有りと云ふ)巨室は手を束(つか)ぬ。

現代語訳

(両野(下野・上野)と常陸のあたりの風習として、貧しい民が子を育てないことがありました。子を押しつぶして殺す悪習は、惨たらしいことこのうえなく、しかも民は慣れて当たり前のようにし、平然として怪しみませんでした。文公は深く嘆き、郡官・市司などの役人に命じて、その弊害を正すよう努めさせました。もし民が極度に貧しくて子を育てられないなら、費用を支給しました。領内の赤子でこれによって命をつないだ者は数えきれません。その法制は今も準用されています。およそ七人以上の子がいる民は、官から褒賞される、ということです)また、読書し文事を尊ぶことは、義公以来、並ぶ者がありませんでした。(そもそも義公は『大日本史』を編纂し、千年来の欠けた典籍を補いました。しかし、その書は私撰に属するため、公に世に出すことができず、書き写されて世に広まったものには誤りが非常に多くありました。さらに正徳以後、文学は衰え、その史館の職に任じられた総裁や編修も、名に見合う実力はありませんでした。文公は文を好み、藩中が風に従うようになりました。長久保玄珠・立原万らが先に唱え、高橋広備・先臣一正らが後に和しました。公はついに広備・一正らに刊行・修訂の仕事を任せ、校訂や補修は、ほとんど休む日がありませんでした。文化年間、関白の藤公を通じて、朝廷の裁可を得て、書名を公に定めることができました。そこで先にできあがった部分を版木にのせ、朝廷に献上し、幕府に進呈したのは、いずれも文公の志であり、武公が受け継いで述べた努力によるものです)当時の大将軍(文恭公)は年若く、(公は14歳で)即位しました。白河の源侯(松平越中守定信、致仕して楽翁と号した)と今の侯(桑名に移封)が宰相の任にあり、三藩(尾張・紀伊・水戸)の君を助けて頼りにしました。いま謹んで公の直筆の秘録を拝見すると、(これも秘書府に蔵されています。袋で部を分け、桐の箱に納めました。縦横三尺ばかり、深さ二尺ばかりで、秘録が満ちています)天下に益のあることでないものはなく、数えきれません。国政においても、すぐれた事柄が乏しくありません。ただ、公は奢侈の風の後を継ぎ、財政が不足したため、功利を追う者が乗じて起こり、ついに公の徳に累を及ぼしたことも、あるにはあります。それでも在位三十余年、士を愛し民をいたわる政治をおろそかにしたことはなく、その恩徳が領内全体に行きわたったことは、今に至るまで深く残っています。武公は、ゆったりとして寛大で決断力があり、志は大局にあり、言論の道を大きく開き、諸政を整え明らかにしました。丙寅・丁卯の年(文政9・10年)の間に、慨然として大いになすべきことをなす志を持ちました。(これより先、藩の財政が窮乏し、大坂の富商に頼って資金を供給してもらっていました。長い年月に利子は倍以上にふくらみ、藩はその弊害に耐えられず、風俗や規律も崩れました。公はこれを見て、役人に命じて事の次第と根源を究明させました。ある借財は利息を捨てて元金のみを返し、ある借財は年限を切って、断然として大坂の富商との関係を絶ちました。こうして、収入を量って支出を決め、不測の事態に備える志を持った、ということです)有力な家老たちは手出しができませんでした。

解説

この章句は、文公が貧困による間引きの風習をやめさせ、七人以上の子を育てる家を表彰した話、そして武公が大坂商人からの借財と利子の泥沼を断ち、収入に見合う支出を目指した話を伝えています。いずれも悪い習慣を放置せず、役人に原因を調べさせ、制度で正した例です。書物の編集事業も人に任せて粘り強く続けさせています。現代の管理職も、慣れて見えなくなった悪習や、利子のように膨らむ負債を放置せず、原因を調べ、収支を見直す責任を担います。人の命や暮らしに関わる問題は、組織の信頼の根になります。

この章句が説くこと

回天詩史藤田東湖文公武公間引きの禁止借財の整理

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