価原 / 『価原』貧富を問わぬ人情と本業
其務メニ服センコトヲ願ヘドモ程ナク年ノ荒ルルニ赴キ餬フノ營ミニ懸ルコトモトノ木陰ヲ立出デサキノ木陰ニ雨ヲ凌グノ心ナリ人ニ貧富ノ隔テコソアラメ豈人情ニ異ランヤ已ニ人情ニ異ナケレバ老タル親馴來シ妻子ニハ朝ナ夕ナミモシミエモシ打語ラヒ親シキ友ドチトヒ問ハンコトヲ願ハザル者アランヤシカラバ孰カ其本業ヲ棄テテ餘業ニツキ歎娯ヲ厭フテ勞苦ヲ好ム者アラン身ヲ賣テ人ノ奴隷トナルコトハ勢ヤムコトヲ得ザレバナリ然レバ世ヲ平觀スル時ハ庸作ノ人ハ本業ヲ求メテカヘル程悦バシキコトハナシ治國ヲ以テ任トスル人ハ庸作ノ徒ノ本業ニツクガ本懷ナリ今貧民ノ田ハ富家ニ幷セラレ貧家ハ富家ノ賃田ヲ耕ス程ニ富家他手ヲ假ラザルコトアタハズ貧家他主ヲ恃マザルコトアタハズモシ陰陽變理ノ手ヲ經テ經界平ニ歸シテ穀祿郡縣ニ三五年ヲサ、ユルコト得富家兼并セズ貧民本業ニ歸シ游手勤ムル所アリ餘夫ヨク良民ニ左右シテ餘事ニ務ムル所アラバ
新字:其務メニ服センコトヲ願ヘドモ程ナク年ノ荒ルルニ赴キ餬フノ営ミニ懸ルコトモトノ木陰ヲ立出デサキノ木陰ニ雨ヲ凌グノ心ナリ人ニ貧富ノ隔テコソアラメ豈人情ニ異ランヤ已ニ人情ニ異ナケレバ老タル親馴来シ妻子ニハ朝ナ夕ナミモシミエモシ打語ラヒ親シキ友ドチトヒ問ハンコトヲ願ハザル者アランヤシカラバ孰カ其本業ヲ棄テテ余業ニツキ嘆娯ヲ厭フテ労苦ヲ好ム者アラン身ヲ売テ人ノ奴隷トナルコトハ勢ヤムコトヲ得ザレバナリ然レバ世ヲ平観スル時ハ庸作ノ人ハ本業ヲ求メテカヘル程悦バシキコトハナシ治国ヲ以テ任トスル人ハ庸作ノ徒ノ本業ニツクガ本懐ナリ今貧民ノ田ハ富家ニ幷セラレ貧家ハ富家ノ賃田ヲ耕ス程ニ富家他手ヲ仮ラザルコトアタハズ貧家他主ヲ恃マザルコトアタハズモシ陰陽変理ノ手ヲ経テ経界平ニ帰シテ穀禄郡県ニ三五年ヲサ、ユルコト得富家兼并セズ貧民本業ニ帰シ游手勤ムル所アリ余夫ヨク良民ニ左右シテ余事ニ務ムル所アラバ
書き下し
その務めに服せんことを願えども、ほどなく年の荒るるに赴き、餬う営みに懸かること、もとの木陰を立ち出でて、さきの木陰に雨を凌ぐの心なり。人に貧富の隔てこそあらめ、あに人情に異ならんや。すでに人情に異ならなければ、老いたる親、馴れ来し妻子には朝な夕な見もし見えもし、打ち語らい、親しき友どち訪い問わんことを願わざる者あらんや。しからば孰か、その本業を棄てて余業につき、歓娯を厭うて労苦を好む者あらん。身を売りて人の奴隷となることは、勢いやむことを得ざればなり。しかれば世を平観する時は、庸作の人は本業を求めて帰るほど、悦ばしきことはなし。国を治むるをもって任とする人は、庸作の徒の本業につくが本懐なり。今、貧民の田は富家に併せられ、貧家は富家の賃田を耕すほどに、富家は他手を借らざることあたわず、貧家は他主を恃まざることあたわず。もし陰陽変理の手を経て、経界平に帰して、穀禄郡県に三五年を支うることを得、富家兼併せず、貧民本業に帰し、游手勤むる所あり、余夫よく良民に左右して余事に務むる所あらば、
現代語訳
その務めに就くことを願っても、ほどなく年が不作になり、食べるための営みに取りかかるのは、もとの木陰を出て、先の木陰で雨をしのぐような心地である。人には貧富の隔てこそあれ、どうして人情が異なろうか。すでに人情が異ならないなら、老いた親や、慣れ親しんだ妻子とは、朝な夕な会ったり会われたりし、語り合い、親しい友と訪ね合いたいと願わない者があろうか。そうであれば、誰が好んでその本業を棄てて副業に就き、楽しみを嫌って苦労を好む者があろうか。身を売って人の奴隷となるのは、成り行き上やむを得ないからである。したがって、世を公平に見るなら、日雇いの人が本業を求めて帰るほど喜ばしいことはない。国を治めることを任とする人は、日雇いの徒が本業に就くことが本懐である。今、貧民の田は富家に併呑され、貧家は富家の小作田を耕すので、富家は他人の手を借りないわけにいかず、貧家は他人の主を頼らないわけにいかない。もし陰陽を調え治める手を経て、田の境界が平らに戻り、穀物と俸禄で郡県が三、五年を支えることができ、富家が土地を兼併せず、貧民が本業に帰り、遊び人が励む所を得て、余った男手が良民をよく助けて他の事に励む所があるならば、
解説

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価原・『価原』豊凶で揺れる本業と庸作この故に、郡県布粟に余計なく、都会積聚に蠧虫あり。穀は満ち易くして減り易し。さるによって、一年年登れば天下に穀満ち、一年年倹なれば郡県穀尽く。満つれば人々糧乏しからぬ程に、各職に就きて本業に帰せんことを思う。尽くれば糧に仰ぐ所なき程に、壮者は庸作に餬い、弱者は乞丐に餬う。本業を捨てて余業に餬うは、勢いの已むことを得ざるに出でて、その本心にあらず。ゆえに年登るを見れば、遠客の帰舟に逢うがごとく、余業を捨てて本業に帰らんとする程に、庸作する者稀にして、余業を務むる者怠る。ここにおいて諸価みな騰貴す。しかうして一年穀熟せざれば、雨後の潦水たちまち涸るるがごとく、また本業を捨てて余業に走る。ここにおいて諸価また賤し。畢竟民一年立になりて、定まれる業の餬うに足る者なければなり。それ人情誰か本業に帰し安きに就くことを願わざる者あらんや。これ郡県に凶饑の備えなく、一度は本業につき一度は本業を離るればなり。もし真の太平を得んとならば、金銀の通利を貴ばず、余布余粟を民家に蓄えしむべし。
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価原・『価原』雨宿りの木陰と本業の願いたとい悪年にあうとも、みだりに本業をば失うまじ。本業を失わざれば、価に貴賤なきこと能わずとも、また格別のこともあらじ。この故に国家の乏しきという者は、金銀通利の快きに、布粟を積むの人なければなり。布粟を積む人なき者は、金銀を借る人多くして、金銀の利、布粟に倍すればなり。利、布粟に倍して、運輸畜蔵、布粟より便りなり。たとい厳刑をもってこれに臨むとも、この勢いに当たるべからず。今の世の態を見るに、庸作をはじめ、その他の営みにつけても、多くはみなその人の本業にあらず。困苦のため金銀に責められて、已むことを得ずして、しばらくここに雨宿りをし、雨の晴間を待つなり。空少なく晴れ行けば、やがて降るべき空とても、いかでか久しくその木陰には留まるべき。さる程に少しく衣食に休息あれば、女子は嫁し、男子は本業を求め、その務めに服せんことを願うなり。
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価原・『価原』至宝を守り遊手を本業へ戻す心然ればこの至宝を少しにても天地の間に生殖し、少しにても天地の間に存し、民生生生の用を助くるほど、天に事うる務めはあらじ。ただ勢い偏にして、郡県に来歳凶饑の備えなく、都会には遊手貪り費やすの煩いありて、これを傷むの人に乏し。故に民の風に梳り雨に沐い、星に耕し露に耘りし膏血を、文彩・刻鏤・音声・技巧の用に貪り尽くし、その生ずる者をして悶でしめ、その費やす者をして播さしむ。意ある者、あに薬目して憂えざるべけんや。もしこれを憂うる人あらば、一郡一県を治めんにも、何とぞ人を一人にても農に返し、一人にても遊手を本業に本づかしめ、財貨他より入るの路を開き、器械他に求めざるべきこそ肝要なれ。一国を治むる人は、他国をもって壑とせざることを得ず。白圭と禹と、勢い同じからざることあり。
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価原・『価原』六府の真貨と庸作の賃上げ和漢古今の相違はあれど、地、物を出すこと依然として、人の身の丈も縮まらず、腹の量も変わらねば、陰陽変理の手を借らば、人々六府の真貨たるを覚り、九年の水七年の旱ともついに支うる道なからんや。今はただ六府の運びとなるべき金銀かえって主となり、平準立ち難く、豊年には豊年に苦しみ、凶年には凶年に苦しむ。仁人位に在ること有りて、あに豊年を苦しむことあらんや。称錘平を得ざる日は、重き物を懸くれば錘さきへ滑り、軽き物を懸くれば錘あとへ隕つるなり。今、奴婢諸物価の貴賤、事微なりといえども、関係小にあらず。国家の権を執れる人、最も心を注ぐべき事なり。庸作の人のにわかに価を増すことは、吾儕身のために憂うることにして、国を有つ者の悦ぶべきことなり。その故は、この機に乗じ、小民をして本業に帰らしめ、兼併の道を察し、農をして専ら力を耕耘に帰せしめ、荒れたるを闢き、堤防を修し、かの寒苦の細民をして、老いたる親、馴れ来し妻子と優游せしめ、同じく太平の余沢に浴せしむべき機あればなり。
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価原・『価原』居り合いと仁徳・文帝の例本業他業を交々とらず、物価高下ありとも、粗定準のあるべきあらん。すべて物には居り合いというものあり。今の癖づきたるよりみれば、海内みな富まば奴婢の買うべき無く、庸作の人なくして、かえって難義なるべく思えども、その居り合いを見ぬゆえなり。今の貧民、一年は本業に走り、一年は余業に赴くゆえに、物価騒動して定まらず。本業人あり、余業つとむる所あらば、四海富んで人苦しむことあらんや。いにしえ仁徳天皇の朝には、三年までみつぎをゆるさせ給いしかど、宮膳荒れたるばかりの沙汰あって、その外さわれることも聞かず。今の世の心をもって観れば、怪しきほどに思わるれど、漢の文帝の時、鼂錯が計に従い給い、民に十二年租税の半ばを給い、明年ついに民田の租税を除き給いしも、なお大倉の粟は陳陳相因りしとなり。
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価原・『価原』余布余粟と游手の見分けその悦ぶべきを憂うるは、衡の持し難きに苦しめばなり。かくして人本業に帰ることを得ば、民力専ら農桑に帰し、地力を尽くすことを得て、地の物を生ずることますます多くして、男女に余布余粟有り、金銀偏重の勢いなく、各その力をもって金銀を蓄え、しかして暇日に孝悌忠信の教えを施せば、人米粟布帛の貴きを知り、金銀は通利の物たるを知り、廉恥礼譲の風興すべし。慈愛惻隠の情養うべし。それ人々足る所あれば、食まれず衣られざる金銀を、誰あって息を出し借る者あらん。借る者なければ金銀を貯うる人も游手となりて、産業に成り難きゆえ、これも各四民の務めに本づくなり。金銀通利の上より観れば、有金の人は最も有用の人にして、造化を賛くる上より観れば、頗る游手と相類す。造化の功を賛くること、士の太平を守ると、農工の物を造り出すと、商賈の有無を通ずるほか、みな游手なり。游子勝てば四民の業つかる。四民の業つかるれば国本ついに弱し。