価原 / 『価原』一年立の世と三年の蓄え
吾儕小人ノ利トスルトコロ有國者ノ利トスル所ニアラズ其故如何ントナレバ國中ノ米粟布帛金銀ニ兌エテ都會ニ輸ス然シテ其兌ル所ノ金銀細民ノ手ニトヾマラザレバ凶饑軍國ノ慮何ヲ以テカ之ニ供センサルニヨリ今ノ世ハ一年立ト云者ナリ一年立ト云コトハ一年ニ生ズル地上ノ財ヲ一年ニ費シ盡スナリモシ天下永安ノ爲ニコレヲ憂フル人有ラバ金銀ヲ只彼方此方ヘ處替ヘサスルコトヲ省キ米粟布帛生植畜藏ノ道ヲ謀ルベシ其年ニ生ズル者ヲ空シク輸シ盡シ都會游手ノ娯樂ニ供スルコト惜ムベキノ甚シキナリ古人ハ三年ノ蓄ナキヲダニ國非其國ト云シナリ然ルヲ稻登ル時ハ麥民間ニ盡キ麥熟スル時ハ粟民間ニ竭ク民イカデカ荒歳ヲ凌グコトヲ得ン
新字:吾儕小人ノ利トスルトコロ有国者ノ利トスル所ニアラズ其故如何ントナレバ国中ノ米粟布帛金銀ニ兌エテ都会ニ輸ス然シテ其兌ル所ノ金銀細民ノ手ニトヾマラザレバ凶饑軍国ノ慮何ヲ以テカ之ニ供センサルニヨリ今ノ世ハ一年立ト云者ナリ一年立ト云コトハ一年ニ生ズル地上ノ財ヲ一年ニ費シ尽スナリモシ天下永安ノ為ニコレヲ憂フル人有ラバ金銀ヲ只彼方此方ヘ処替ヘサスルコトヲ省キ米粟布帛生植畜蔵ノ道ヲ謀ルベシ其年ニ生ズル者ヲ空シク輸シ尽シ都会游手ノ娯楽ニ供スルコト惜ムベキノ甚シキナリ古人ハ三年ノ蓄ナキヲダニ国非其国ト云シナリ然ルヲ稲登ル時ハ麦民間ニ尽キ麦熟スル時ハ粟民間ニ竭ク民イカデカ荒歳ヲ凌グコトヲ得ン
書き下し
吾儕小人の利とするところ、国を有つ者の利とする所にあらず。その故いかんとなれば、国中の米粟・布帛、金銀に兌えて都会に輸す。しかしてその兌うる所の金銀、細民の手にとどまらざれば、凶饑・軍国の慮り、何をもってかこれに供せん。よって今の世は一年立というものなり。一年立ということは、一年に生ずる地上の財を一年に費やし尽くすなり。もし天下永安のためにこれを憂うる人あらば、金銀をただ彼方此方へ処替えさすることを省き、米粟・布帛・生植・畜蔵の道を謀るべし。その年に生ずる者を空しく輸し尽くし、都会游手の娯楽に供すること、惜しむべきの甚だしきなり。古人は三年の蓄えなきをだに「国、その国にあらず」と言いしなり。しかるを、稲登る時は麦民間に尽き、麦熟する時は粟民間に竭く。民いかでか荒歳を凌ぐことを得ん。
現代語訳
我ら小人が利とすることと、国を治める者が利とすることは同じではない。その理由は、国中の米や粟、布や絹を金銀に換えて都会へ送り、しかもその換えた金銀が庶民の手にとどまらなければ、凶作や飢饉、戦の備えを何で賄うのか、ということである。そこで今の世は「一年立」というものである。一年立とは、一年に地上で生まれる財を、一年のうちに使い尽くすことである。もし天下の永い安泰のためにこれを憂える人がいるなら、金銀をただあちらこちらへ移し替えることをやめ、米・粟・布帛、草木の栽培や家畜、貯蔵の道をはかるべきである。その年に生まれたものを空しく送り尽くし、都会の遊び人の楽しみに供するのは、惜しむべきこと甚だしい。昔の人は、三年の蓄えがないことさえ「国はもはやその国ではない」と言った。それなのに、稲が実る頃には麦が民間から尽き、麦が熟す頃には粟が民間から尽きる。これでは民はどうして凶作の年を凌げようか。
解説

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価原・『価原』豊年の余りを蓄える理誠に一得一失の理にて、昔金銀少なかりし世は諸貨の通利悪しかりしかば、これを運び尽くさずして、凶饑諸災の備えもありき。今金銀多く諸貨の通利自由になりしかば、これを都会に運び尽くして、旧穀新穀に及ぶこと能わず。ゆえに今、控掣の権を取る者は、有金の家これを斂聚すれば、上下財ことごとく竭く。これをもって名は諸侯、米粟を有する者にして、その実は富商に併せられて、わずかの臣民を扶助するに難ず。米粟はもとより満ち易き者にして、もし一年豊熟する時は、穀は食料に贏るものなり。贏る所を蓄えれば、凶年に備うべし。これを売り尽くすに至りては、豊年の後の年、凶年の後の年に異なることなし。これ天下の良民、金銀のために游手の奴隷となる所なり。
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価原・『価原』金銀の急と布粟の緩布帛・米粟は諸貨交易に便ならず、便ならざるをもって金銀の用広し。これをもって金銀の用は急にして布粟の用は緩し。緩きを置きて急なるを先んずは、勢い然らざることを得ず。ゆえに布粟にはこと足れども金銀足らぬゆえ、布粟を貯うるをば損と見て、足るも足らざるも布粟は家にとどめぬゆえ、金銀に富める人も米粟に余りなきことは相似たり。用多ければ借り人多し。借る人多ければ、銭神足なくして飛ぶ。用少なければ借り人少し。借り人少なければ、銭権衰えて飛騰の用殺ぐ。銭権衰うれば布粟蓄うべし。布粟蓄うることを得て、今年の熟をもって来年の饑を防ぐべく、今年の布をもって来年の寒を防ぐべし。国を有つ人は、あながちに己が府庫に物を積まぬとて、貧しきとは言い難し。
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価原・『価原』豊凶で揺れる本業と庸作この故に、郡県布粟に余計なく、都会積聚に蠧虫あり。穀は満ち易くして減り易し。さるによって、一年年登れば天下に穀満ち、一年年倹なれば郡県穀尽く。満つれば人々糧乏しからぬ程に、各職に就きて本業に帰せんことを思う。尽くれば糧に仰ぐ所なき程に、壮者は庸作に餬い、弱者は乞丐に餬う。本業を捨てて余業に餬うは、勢いの已むことを得ざるに出でて、その本心にあらず。ゆえに年登るを見れば、遠客の帰舟に逢うがごとく、余業を捨てて本業に帰らんとする程に、庸作する者稀にして、余業を務むる者怠る。ここにおいて諸価みな騰貴す。しかうして一年穀熟せざれば、雨後の潦水たちまち涸るるがごとく、また本業を捨てて余業に走る。ここにおいて諸価また賤し。畢竟民一年立になりて、定まれる業の餬うに足る者なければなり。それ人情誰か本業に帰し安きに就くことを願わざる者あらんや。これ郡県に凶饑の備えなく、一度は本業につき一度は本業を離るればなり。もし真の太平を得んとならば、金銀の通利を貴ばず、余布余粟を民家に蓄えしむべし。
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価原・『価原』雨宿りの木陰と本業の願いたとい悪年にあうとも、みだりに本業をば失うまじ。本業を失わざれば、価に貴賤なきこと能わずとも、また格別のこともあらじ。この故に国家の乏しきという者は、金銀通利の快きに、布粟を積むの人なければなり。布粟を積む人なき者は、金銀を借る人多くして、金銀の利、布粟に倍すればなり。利、布粟に倍して、運輸畜蔵、布粟より便りなり。たとい厳刑をもってこれに臨むとも、この勢いに当たるべからず。今の世の態を見るに、庸作をはじめ、その他の営みにつけても、多くはみなその人の本業にあらず。困苦のため金銀に責められて、已むことを得ずして、しばらくここに雨宿りをし、雨の晴間を待つなり。空少なく晴れ行けば、やがて降るべき空とても、いかでか久しくその木陰には留まるべき。さる程に少しく衣食に休息あれば、女子は嫁し、男子は本業を求め、その務めに服せんことを願うなり。
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価原・『価原』利用厚生と蓄えが失われる世さて人の農に就き工に務め、士上に廉恥礼譲の風を誘い、民下に華靡淫奔の俗を改めば、遊手はいつしか少なくなるべし。これを「生ずる者衆く、食する者寡く、為す者疾く、用いる者舒やか」と言う、すなわち利用のことなり。用を利する者は、その生を厚うせんがためなり。論語に「これを富ます」と言うもの、すなわち厚生なり。今、市肆の日々に栄え、人のいよいよ増すを蕃昌とは言えども、郡県の人も増し市肆の人も増さば、実の蕃昌なるべきに、郡県の人は次第に減じ、市肆の人のみ次第に増し侍らんには、あに感慨の一つならずや。王制、有国の道を説きて、「国に九年の蓄えなきを不足と曰い、六年の蓄えなきを急と曰い、三年の蓄えなきを国その国に非ずと曰う」と謂えり。当今の世は控掣の権、金銀にあり。これをもって、たとい人家に余らん布、余らん粟有りても、これを蓄えんとする人はなし。これ貯えざる人の罪にあらず、金銀の便利、他貨に勝ればなり。便利すでに他貨に勝る、誰か重く高く、運悪しく、息を生ぜざる他貨を貯えんや。この故に民挙げて他貨を売り、貧者は富家の旧債を償い、富者は貧者の求めを待つ。吾儕小人、勢い然らざることを得ず。
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価原・『価原』六府の真貨と庸作の賃上げ和漢古今の相違はあれど、地、物を出すこと依然として、人の身の丈も縮まらず、腹の量も変わらねば、陰陽変理の手を借らば、人々六府の真貨たるを覚り、九年の水七年の旱ともついに支うる道なからんや。今はただ六府の運びとなるべき金銀かえって主となり、平準立ち難く、豊年には豊年に苦しみ、凶年には凶年に苦しむ。仁人位に在ること有りて、あに豊年を苦しむことあらんや。称錘平を得ざる日は、重き物を懸くれば錘さきへ滑り、軽き物を懸くれば錘あとへ隕つるなり。今、奴婢諸物価の貴賤、事微なりといえども、関係小にあらず。国家の権を執れる人、最も心を注ぐべき事なり。庸作の人のにわかに価を増すことは、吾儕身のために憂うることにして、国を有つ者の悦ぶべきことなり。その故は、この機に乗じ、小民をして本業に帰らしめ、兼併の道を察し、農をして専ら力を耕耘に帰せしめ、荒れたるを闢き、堤防を修し、かの寒苦の細民をして、老いたる親、馴れ来し妻子と優游せしめ、同じく太平の余沢に浴せしむべき機あればなり。