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家道訓 / 巻之四・用財上

かくのごとく、善を行ひて人をすくふ人は、必ず天道の御めぐみ深くして、わざはひなく福長し。無益の祈禱をして、みだりに神佛にへつらふには、はるかにまさりてしるし大なり。無智の人は此の理をしらず。道なくて神佛にへつらふは、神佛を愚にし、私ありとして、あざむきあなどるなり。何ぞかゝる人に利生あらんや。

新字:かくのごとく、善を行ひて人をすくふ人は、必ず天道の御めぐみ深くして、わざはひなく福長し。無益の祈祷をして、みだりに神仏にへつらふには、はるかにまさりてしるし大なり。無智の人は此の理をしらず。道なくて神仏にへつらふは、神仏を愚にし、私ありとして、あざむきあなどるなり。何ぞかゝる人に利生あらんや。

書き下し

かくのごとく、善を行ひて人をすくふ人は、必ず天道の御めぐみ深くして、わざはひなく福長し。無益の祈祷をして、みだりに神仏にへつらふには、はるかにまさりてしるし大なり。無智の人は此の理をしらず。道なくて神仏にへつらふは、神仏を愚にし、私ありとして、あざむきあなどるなり。何ぞかかる人に利生あらんや。

現代語訳

このように善を行って人を救う人は、必ず天の道の御恵みが深くて、災いなく福が長いのです。無益な祈祷をして、むやみに神仏にへつらうのには、はるかにまさって効き目が大きいのです。無知な人はこの理を知りません。道もなく神仏にへつらうのは、神仏を愚かにし、私心があるとして、欺き侮るのです。どうしてこのような人にご利益があるでしょうか。

解説

善を行って人を救うことは、神仏への祈祷よりはるかに効き目が大きいと、益軒は繰り返し説きます。道にかなう行いもせずに神仏にへつらって利益を求めるのは、神仏を賄賂で動く愚かで私心あるものと見なすことで、かえって神仏を欺き侮っているのだという論理は鋭いものです。神仏を敬うならこそ、へつらいの祈りをすべきではないという逆説です。願いごとをする前に、自分が人のために何をしてきたかを振り返る、という態度を促す一節です。

この章句が説くこと

祈り善神仏天道へつらい

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