家道訓 / 巻之三・総論下
一家ををさむるにも、下情上に通ずるをよしとす。下情上に通ずとは、下つかたの人のうれひくるしみ、善惡曲直のありさまを聞きて、明かに知るを云ふ。下たる者のうれひくるしみ、よきあしきを知らざるは、愚なり。一權勢ある家の賓客を司るやつこは、必ず主人の權勢にほこり、無禮にして賓客をあなどる。主人より時々心をつけて無禮を戒むべし。其やつこにまかせおくべからず。やつこの無禮なるは責むるに足らず。只其主人をそしる。主人是を知らざるべけんや。一人のいましめは防のごとし。大水をふせがんため、かねて日でりの時つゝみを築きおけば、洪水のわざはひなし。人もかねての防ぎなければ、うれひの來ることはかりがたし。人家の内、年わかき子弟婦女奴婢のともがらは、いまだ惡事出來らざる時、かねて禮法を正しく、内外上下のへだてありて、家法をきびしくすべし。
新字:一家ををさむるにも、下情上に通ずるをよしとす。下情上に通ずとは、下つかたの人のうれひくるしみ、善悪曲直のありさまを聞きて、明かに知るを云ふ。下たる者のうれひくるしみ、よきあしきを知らざるは、愚なり。一権勢ある家の賓客を司るやつこは、必ず主人の権勢にほこり、無礼にして賓客をあなどる。主人より時々心をつけて無礼を戒むべし。其やつこにまかせおくべからず。やつこの無礼なるは責むるに足らず。只其主人をそしる。主人是を知らざるべけんや。一人のいましめは防のごとし。大水をふせがんため、かねて日でりの時つゝみを築きおけば、洪水のわざはひなし。人もかねての防ぎなければ、うれひの来ることはかりがたし。人家の内、年わかき子弟婦女奴婢のともがらは、いまだ悪事出来らざる時、かねて礼法を正しく、内外上下のへだてありて、家法をきびしくすべし。
書き下し
一家ををさむるにも、下情上に通ずるをよしとす。下情上に通ずとは、下つかたの人のうれひくるしみ、善悪曲直のありさまを聞きて、明かに知るを云ふ。下たる者のうれひくるしみ、よきあしきを知らざるは、愚なり。一権勢ある家の賓客を司るやつこは、必ず主人の権勢にほこり、無礼にして賓客をあなどる。主人より時々心をつけて無礼を戒むべし。其やつこにまかせおくべからず。やつこの無礼なるは責むるに足らず。只其主人をそしる。主人是を知らざるべけんや。一人のいましめは防のごとし。大水をふせがんため、かねて日でりの時つつみを築きおけば、洪水のわざはひなし。人もかねての防ぎなければ、うれひの来ることはかりがたし。人家の内、年わかき子弟婦女奴婢のともがらは、いまだ悪事出来らざる時、かねて礼法を正しく、内外上下のへだてありて、家法をきびしくすべし。
現代語訳
家を治めるにも、下の者の実情が上に通じるのがよいのです。下情が上に通じるとは、下の人々の憂いや苦しみ、善悪曲直のありさまを聞いて、明らかに知ることをいいます。下の者の憂いや苦しみ、善し悪しを知らないのは愚かです。権勢のある家で客の取り次ぎをつかさどる召使いは、必ず主人の権勢を誇って無礼で、客を侮ります。主人から時々気をつけて無礼を戒めるべきです。その召使いに任せきりにしてはいけません。召使いが無礼であるのは責めるに足りません。人はただその主人をそしります。主人はこれを知らずにいてよいでしょうか。人の戒めは堤のようなものです。大水を防ごうとして、前もって日照りのときに堤を築いておけば、洪水の災いはありません。人も前もっての防ぎがなければ、憂いがいつ来るかわかりません。家の内の、年若い子弟や女性や召使いたちは、まだ悪事が起きないうちに、前もって礼法を正しくし、内外上下の隔てをつけて、家の法を厳しくすべきです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 匈奴列伝東胡初め冒頓を軽んじ、備へを為さず。冒頓兵を以て至り、撃つに及びて、大いに東胡王を破滅し、而して其の民人及び畜産を虜にす。既に帰りて、西のかた月氏を撃ち走らせ、南のかた楼煩・白羊の河南王を并す。燕代を侵し、悉く復た秦の蒙恬をして匈奴より奪はしめし所の地を収め、漢と故の河南の塞を関とし、朝那・膚施に至り、遂に燕・代を侵す。是の時漢の兵項羽と相距ぎ、中国兵革に罷る。故を以て冒頓自ら彊くするを得、控弦の士三十余万。淳維より以て頭曼に至るまで千有余歳、時に大きく時に小さく、別散分離すること、尚し。其の世伝得て次すべからずと云ふ。然れども冒頓に至りて匈奴最も彊大にして、尽く北夷を服従せしめ、而して南のかた中国と敵国と為る。其の世伝国官の号乃ち得て記すべしと云ふ。左右の賢王、左右の谷蠡王、左右の大将、左右の大都尉、左右の大当戸、左右の骨都侯を置く。匈奴は賢を謂ひて「屠耆」と曰ふ。故に常に太子を以て左屠耆王と為す。左右の賢王より以下当戸に至るまで、大なる者は万騎、小なる者は数千、凡そ二十四長、号を立てて「万騎」と曰ふ。諸大臣は皆世官なり。呼衍氏、蘭氏、其の後に須卜氏有り。此の三姓は其の貴種なり。諸々の左方の王将は東方に居り、上谷に直りて以往なる者は、東のかた穢貉・朝鮮に接す。右方の王将は西方に居り、上郡に直りて以西は、月氏・氐・羌に接す。而して単于の庭は代・雲中に直る。各々分地有り、水草を逐ひて移徙す。而して左右の賢王・左右の谷蠡王最も大為り。左右の骨都侯政を輔く。諸々の二十四長も亦各々自ら千長・百長・什長・裨小王・相・封都尉・当戸・且渠の属を置く。歳の正月、諸長小しく単于の庭に会し、祠る。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・これを散ずれば明なりこれを集むれば暗なり私にありては智なり、官にありては愚なり。これを散ずれば明なり、これを集むれば暗なり。政府は衆智者の集まるところにして、一愚人の事を行なうものと言うべし。あに怪しまざるを得んや。畢竟その然る所以は、かの気風なるものに制せられて、人々みずから一個の働きを逞しゅうすること能わざるによりて致すところならんか。維新以来、政府にて学術、法律、商売等の道を興さんとして効験なきも、その病の原因はけだしここにあるなり。しかるにいま一時の術を用いて下民を御し、その知徳の進むを待つとは、威をもって人を文明に強ゆるものか、しからざれば欺きて善に帰せしむるの策なるべし。政府威を用うれば人民は偽をもってこれに応ぜん、政府欺を用うれば人民は容を作りてこれに従わんのみ。これを上策と言うべからず。たといその策は巧みなるも、文明の事実に施して益なかるべし。ゆえにいわく、世の文明を進むるには、ただ政府の力のみに依頼すべからざるなり。
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司馬法・定爵将は身なり、卒は支(し)なり、伍は指拇(しぼ)なり。
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言志四録・南洲手抄三軍和せずば、以て戦を言ひ難し。百官和せずば、以て治を言ひ難し。書に云ふ、寅を同じうし恭を協せ和衷せよやと。唯だ一の和字、治乱を一串す。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・一身両頭あるがごとし試みにその一を挙げて言わん。今、在官の人物少なしとせず、私にその言を聞きその行を見れば、おおむねみな闊達大度の士君子にて、わが輩これを間然する能わざるのみならず、その言行あるいは慕うべきものあり。また一方より言えば平民といえども悉皆無気無力の愚民のみにあらず、万に一人は公明誠実の良民もあるべし。しかるに今この士君子、政府に会して政をなすに当たり、その為政の事跡を見ればわが輩の悦ばざるものはなはだ多く、またかの誠実なる良民も、政府に接すればたちまちその節を屈し、偽詐術策、もって官を欺き、かつて恥ずるものなし。この士君子にしてこの政を施し、この民にしてこの賤劣に陥るはなんぞや。あたかも一身両頭あるがごとし。
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