導師導古典を学びたいすべての人に

家道訓 / 巻之一・総論上

善惡につきてむくいあるを、かへすことをこのむといへり。此の理かならずたがはず、是天道のまことなり。是を以て、善を行ひて久しければ、彼の、道なくして神佛にへつらひ祈り、其さいはひをうけ、わざはひをのがれんとするよりも、百倍のしるしあるべし。愚なる人は、天道の善にさいはひし給ふ理を知らざるゆゑ、天道をおそれずして天道をうたがふ。天道の善にさいはひし、惡にわざはひし給ふ理、古今からやまと其のためし多し。其の理あきらけし。即時に其しるしなけれど、後必ずむくいあり。うたがふべからず。惡を行ふと、財多くして人にほどこし救はざるとは、天のにくみ給ふことわり、のがれがたし。天道おそるべし。

新字:善悪につきてむくいあるを、かへすことをこのむといへり。此の理かならずたがはず、是天道のまことなり。是を以て、善を行ひて久しければ、彼の、道なくして神仏にへつらひ祈り、其さいはひをうけ、わざはひをのがれんとするよりも、百倍のしるしあるべし。愚なる人は、天道の善にさいはひし給ふ理を知らざるゆゑ、天道をおそれずして天道をうたがふ。天道の善にさいはひし、悪にわざはひし給ふ理、古今からやまと其のためし多し。其の理あきらけし。即時に其しるしなけれど、後必ずむくいあり。うたがふべからず。悪を行ふと、財多くして人にほどこし救はざるとは、天のにくみ給ふことわり、のがれがたし。天道おそるべし。

書き下し

善悪につきてむくいあるを、かへすことをこのむといへり。此の理かならずたがはず、是天道のまことなり。是を以て、善を行ひて久しければ、彼の、道なくして神仏にへつらひ祈り、其さいはひをうけ、わざはひをのがれんとするよりも、百倍のしるしあるべし。愚なる人は、天道の善にさいはひし給ふ理を知らざるゆゑ、天道をおそれずして天道をうたがふ。天道の善にさいはひし、悪にわざはひし給ふ理、古今からやまと其のためし多し。其の理あきらけし。即時に其しるしなけれど、後必ずむくいあり。うたがふべからず。悪を行ふと、財多くして人にほどこし救はざるとは、天のにくみ給ふことわり、のがれがたし。天道おそるべし。

現代語訳

善悪について報いがあることを「還すことを好む」と言うのです。この理は必ずたがわず、これが天の道のまことです。ですから善を行って久しければ、あの、道もなく神仏にへつらい祈って幸いを受け、災いを逃れようとするよりも、百倍の効き目があるでしょう。愚かな人は、天の道が善に幸いを与えられる理を知らないので、天の道を恐れずに天の道を疑います。天の道が善に幸いし、悪に災いされる理は、昔から中国にも日本にもその例が多くあります。その理は明らかです。すぐにはその効き目がなくても、後に必ず報いがあります。疑ってはいけません。悪を行うことと、財が多いのに人に施し救わないこととは、天の憎まれる理で、逃れることはできません。天の道は恐るべきです。

解説

善には幸い、悪には災いという天の報いは必ずあり、すぐに表れなくても後に必ず来ると益軒は説きます。そして、道にかなわないまま神仏にへつらって祈るより、善を長く行うほうが百倍の効き目があると言います。五常訓の智の巻で述べた祈りについての考えとつながる主張です。財が多いのに施さないことを、悪を行うことと並べて天の憎むところとしているのが家道訓らしい点です。結果がすぐ出なくても正しい行いを積み重ねることの大切さを、改めて考えさせる一節です。

この章句が説くこと

天道善報い祈り施し

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る