十牛図 / 『十牛図』第八 人牛倶忘
凡情脱盡、聖意皆空、有佛處不用遨遊、無佛處須走過、両頭不著、千眼難窺、百鳥啣花、一塲懡㦬。 鞭索人牛盡属空、碧天遼濶信難通、紅爐焰上爭容雪、到此方能合祖宗。
新字:凡情脱尽、聖意皆空、有仏処不用遨遊、無仏処須走過、両頭不著、千眼難窺、百鳥啣花、一塲懡㦬。 鞭索人牛尽属空、碧天遼濶信難通、紅炉炎上争容雪、到此方能合祖宗。
書き下し
凡情脱し尽くし、聖意も皆な空ず。仏有る処にも遨遊することを用いず、仏無き処にも須らく走り過ぐべし。両頭に著せざれば、千眼も窺い難し。百鳥花を啣むは、一場の懡㦬なり。 鞭索人牛、尽く空に属す。碧天遼濶として信に通じ難し。紅炉焔上、争でか雪を容れん。此に到りて方に能く祖宗に合す。
現代語訳
凡人の情は脱け落ち尽くし、聖なる思いもすべて空となります。仏のいる所にもとどまって遊ばず、仏のいない所も走り抜けなければなりません。どちらにも執着しなければ、千の眼をもってしても窺い見ることはできません。百の鳥が花をくわえて供えるのも、きまりの悪い笑いぐさとなります。 むちも綱も、人も牛も、すべて空に帰しました。青空は果てしなく広がり、まことに通じ合うのは難しいことです。真っ赤に燃える炉の炎の上に、どうして雪が残れるでしょうか。ここに至って初めて、祖師たちの境地に合致します。
解説
八番目は、人も牛もともに忘れ去る場面で、図は丸い円相として描かれるのが通例です。序は、凡人の思いだけでなく、聖なる悟りへの思いも手放すと説きます。悟りに執着すれば、それも新たなとらわれだからです。頌の「紅炉焔上、争でか雪を容れん」は、真っ赤な炉の火に雪が一瞬で消えるように、分別が跡形もなくなる様子を言います。仕事に置き換えると、成功や自分の肩書きに寄りかかる意識さえ手放したとき、かえって最も自由に動ける、という逆説になります。この図を頂点と見たうえで、さらに先があるのが十牛図の特色です。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
人牛倶忘凡情聖意円相両頭不著紅炉点雪
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