十牛図 / 『十牛図』第七 忘牛存人
法無二法、牛且爲宗、喩蹄兎之異名、顯筌魚之差別、如金出鑛、似月離雲、一道寒光、威音劫外。 騎牛已得到家山、牛也空兮人也閑、紅日三竿猶作夢、鞭繩空頓草堂間。
新字:法無二法、牛且為宗、喩蹄兎之異名、顕筌魚之差別、如金出鉱、似月離雲、一道寒光、威音劫外。 騎牛已得到家山、牛也空兮人也閑、紅日三竿猶作夢、鞭縄空頓草堂間。
書き下し
法に二法無し、牛は且く宗と為す。蹄兎の異名を喩え、筌魚の差別を顕す。金の鉱より出づるが如く、月の雲を離るるに似たり。一道の寒光、威音劫外。 牛に騎りて已に家山に到るを得たり。牛も空しく、人も閑かなり。紅日三竿、猶お夢を作す。鞭縄は空しく草堂の間に頓く。
現代語訳
真理に二つはありませんが、かりに牛をその拠りどころとしてきました。兎を捕らえる罠と獲物、魚を捕る筌と魚の違いのように、手段と目的の別を示します。金が鉱石から取り出されるように、月が雲を離れるように、ひとすじの冷たく澄んだ光が、はるか太古のさらに前から差しています。 牛に乗って、ついに故郷の山に帰り着きました。牛はもういなくなり、人は静かにくつろいでいます。朝日が高く昇っても、まだ夢を見ています。むちと綱は、むなしく草庵の隅に置かれたままです。
解説
七番目は、牛を忘れて人だけが残る場面です。序は、牛は真理に至る手段にすぎないと、『荘子』に見える罠と兎、筌と魚のたとえで示します。目的に着いたら手段は忘れてよいという考え方です。頌でも、むちと綱は草庵に捨て置かれます。仕事に置き換えると、研修で学んだ型やマニュアルは、身についたあとは意識の外に出てよい、ということでしょう。ただ、いつまでも道具に頼る間は、まだ自分のものになっていません。道具を手放せたとき、本当の落ち着きが訪れます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
忘牛存人蹄兎筌魚一道寒光威音劫外鞭縄
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