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十牛図 / 『十牛図』第一 尋牛

從來不失何用追尋由背覺以成疎、在向塵而遂失、家山漸遠、岐路俄差、得失熾然、是非鋒起、 茫茫撥草去追尋、水濶山遙路更深、力盡神疲無處覓、但聞楓樹晩蟬吟、

新字:従来不失何用追尋由背覚以成疎、在向塵而遂失、家山漸遠、岐路俄差、得失熾然、是非鋒起、 茫茫撥草去追尋、水濶山遥路更深、力尽神疲無処覓、但聞楓樹晩蝉吟、

書き下し

従来失わず、何ぞ追尋を用いん。覚に背くに由りて以て疎と成り、塵に向かうに在りて遂に失す。家山漸く遠く、岐路俄かに差う。得失熾然として、是非鋒のごとく起こる。 茫茫として草を撥って去きて追尋すれば、水濶く山遥かにして路更に深し。力尽き神疲れて覓むるに処無く、但だ聞く楓樹に晩蟬の吟ずるを。

現代語訳

もともと牛は失われてなどいないのですから、探し求める必要はありません。ところが、目覚めた本来の自分に背いたために疎遠になり、世俗の塵に向かううちに、とうとう見失ってしまいました。故郷の山は次第に遠のき、分かれ道で俄かに道を誤ります。損得の思いは燃え盛り、是非の争いが刃のように起こります。 果てもなく草をかき分けて探し回りますが、川は広く山は遠く、道はますます深くなります。力は尽き精神は疲れ、探すあてもなくなり、ただ楓の木で夕暮れの蟬が鳴くのを聞くばかりです。

解説

十の図の始まりで、牛を探しに出る場面です。序は、牛はもともと失われていないのに、自分が本来の自分に背いて見失ったと述べます。作者とされる廓庵は宋代の禅僧で、牛は本来の自己のたとえとして読まれてきました。仕事に置き換えれば、自分の勘どころや持ち味を見失い、損得や是非の議論に振り回されて疲れ果てた状態に近いでしょう。探しても見つからない苦しさの根に、すでに手の内にあるものを外に求める思い違いがある、という指摘が味わい深い一節です。
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この章句が説くこと

尋牛本来の自己背覚岐路得失是非力尽神疲

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