十牛図 / 『十牛図』第二 見跡
依經觧義、閱教知蹤、明衆器爲一金、體萬物爲自己正邪不辨、眞僞奚分、未入斯門權爲見跡 水邊林下跡偏多、芳艸離披見也麼、縱是深山更深處、遼天鼻孔怎藏他、
新字:依経觧義、閲教知蹤、明衆器為一金、体万物為自己正邪不弁、真偽奚分、未入斯門権為見跡 水辺林下跡偏多、芳艸離披見也麼、縦是深山更深処、遼天鼻孔怎蔵他、
書き下し
経に依りて義を解し、教を閲して蹤を知る。衆器を明らかにして一金と為し、万物を体して自己と為す。正邪を弁ぜず、真偽奚んぞ分かたん。未だ斯の門に入らざれば、権に見跡と為す。 水辺林下、跡偏えに多し。芳草離披として見るや也た麼か。縦い是れ深山の更に深き処なりとも、遼天の鼻孔、怎でか他を蔵さん。
現代語訳
経典によって意味を理解し、教えを読んで足あとを知ります。さまざまな器が同じ一つの金からできていると見極め、万物を自分自身と一体のものとして捉えます。しかし、正しいものと邪なものをまだ見分けられず、真と偽もどうして区別できましょう。まだこの悟りの門に入っていないので、仮に「足あとを見つけた」と名づけます。 水辺や林の下には、足あとが実に数多く残っています。芳しい草が乱れ分かれているのが見えますか。たとえ深い山のそのまた奥であっても、天にまで届く牛の鼻の穴を、どうして隠せるでしょうか。
解説
二番目は、牛のものらしい足あとを見つける場面です。序は、経典や教えを手がかりに道理を知る段階を、まだ門に入る前の仮の手がかりとして位置づけます。足あと、つまり書物や他人の教えは牛そのものではない、という含みがあります。仕事でも、マニュアルや先人の事例を読んで要点をつかむことは大切ですが、それだけでは現場での判断力にはなりません。頌は、手がかりはあちこちにあり、本物は隠せないと励まします。学びは入口であり、実践で確かめる次の段階があることを思わせます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
見跡経教足あと一金正邪鼻孔
関連する章句
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『驢鞍橋』卷中因に僧問ふ、跡見の序に、衆器を明めて一金と為し、万物を体して自己と為す。正邪弁ぜずんば、真偽奚ぞ分たん。未だ斯の門に入らず、権に見跡と為すと有り。是れ悟りたる底の文章に非すや師曰く、経教に仍て跡を知り、衆器を一金と作し、万物を自己と作すほど修しつめたれとも、正邪弁ぜず未だ斯の門に入らず権りに跡を見るとなした也。扨て其次牛を見たる処は、見性也。是迄は、大形にも仕付る人も有るへし。其後牛と引合段大義なる処也。其後牛がちと随ふ程いよいよ六かしい也。此の二段大に功を尽くす処也。牛に騎りたは、よふ熟した心の自由に使ひ得たる処也。牛を忘じては、無心底也。
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『驢鞍橋』卷中十牛図抄、尋牛一志を励し心法を求るの義也。見跡二。経文語録の上に道理を明す也。見籠能き人は、見性に似たる程の語を吐くべし。見解ある人は、此の邪正を知るへし見牛三。声を聞いて道を悟り、色を見て心を明らむるの義ず。此の心は万物の上に備へたず然れ共未だ我には随はぬう。得牛四。爰ては心牛につなをつけて随へんとする也。此の間の修行久しかるへし。此の牛妄想の叢をはなる事難し。学者能く知るべし。心を随へすんは、悪趣を出ることかたし。大切の修行爰に在り、功を尽くすへし。牧牛五。此の牛随分我に随ふといへ共、一念おこれは、かけ出すず。心をゆるせば、牛が狂ふぞ。堅く鼻索を引て禅定に入れ。弥々功を尽くさすんは叶ひ難し。騎牛帰家六。爰の修行は、牛と我と一般になつたぞ。我は牛に任せてさはりないず。
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十牛図・『十牛図』第三 見牛声より入ることを得て、見る処に源に逢う。六根の門、着着差う無く、動用の中、頭頭顕露す。水中の塩味、色裏の膠青、眉毛を貶上すれば、是れ他物に非ず。 黄鶯枝上に一声一声、日暖かに風和らぎて岸柳青し。只だ此れのみにして更に回避する処無し。森森たる頭角、画けども成り難し。
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十牛図・『十牛図』第五 牧牛前の思い纔かに起これば、後の念相い随う。覚に由るが故に以て真と成り、迷に在るが故に而も妄と為る。境に由りて有るにあらず、唯だ自心より生ず。鼻索を牢く牽きて、擬議を容れざれ。 鞭索時時身を離れず、恐らくは伊が歩を縦にして埃塵に入らんことを。相い将いて牧し得て純和なり、羈鎖拘うる無くして自ら人を逐う。
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十牛図・『十牛図』第一 尋牛従来失わず、何ぞ追尋を用いん。覚に背くに由りて以て疎と成り、塵に向かうに在りて遂に失す。家山漸く遠く、岐路俄かに差う。得失熾然として、是非鋒のごとく起こる。 茫茫として草を撥って去きて追尋すれば、水濶く山遥かにして路更に深し。力尽き神疲れて覓むるに処無く、但だ聞く楓樹に晩蟬の吟ずるを。
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十牛図・『十牛図』第七 忘牛存人法に二法無し、牛は且く宗と為す。蹄兎の異名を喩え、筌魚の差別を顕す。金の鉱より出づるが如く、月の雲を離るるに似たり。一道の寒光、威音劫外。 牛に騎りて已に家山に到るを得たり。牛も空しく、人も閑かなり。紅日三竿、猶お夢を作す。鞭縄は空しく草堂の間に頓く。