十八史略 / 『十八史略』東晋・謝安・壁後に人を置くのか
桓溫來朝詔謝安王坦之迎于新亭都下洶洶云欲誅王謝因移晉祚坦之甚懼安神色不變溫既至百官拜于道側溫大陳兵衛延見朝士坦之流汗沾衣倒執手板安從容就席謂溫曰安聞諸侯有道守在四鄰明公何須壁後置人邪溫笑曰正自不能不爾遂命撤之與安笑語移日郗超臥帳中聽其言風動帳開安笑曰郗生可謂入幕之賓矣溫有疾還姑孰疾篤諷求九錫安坦之故緩其事尋卒
新字:桓温来朝詔謝安王坦之迎于新亭都下洶洶云欲誅王謝因移晋祚坦之甚懼安神色不変温既至百官拝于道側温大陳兵衛延見朝士坦之流汗沾衣倒執手板安従容就席謂温曰安聞諸侯有道守在四鄰明公何須壁後置人邪温笑曰正自不能不爾遂命撤之与安笑語移日郗超臥帳中聴其言風動帳開安笑曰郗生可謂入幕之賓矣温有疾還姑孰疾篤諷求九錫安坦之故緩其事尋卒
書き下し
桓温、来朝す。謝安・王坦之に詔して新亭に迎えしむ。都下洶洶として、王・謝を誅して因りて晋祚を移さんとすと云う。坦之、甚だ懼る。安、神色変ぜず。温、既に至り、百官、道側に拝す。温、大いに兵衛を陳べ、朝士を延見す。坦之、汗を流して衣を沾し、手板を倒さまに執る。安、従容として席に就き、温に謂いて曰く、安聞く、諸侯に道有れば、守りは四隣に在り、と。明公、何ぞ壁後に人を置くを須いんや、と。温、笑いて曰く、正に自ら爾らざる能わず、と。遂に命じて之を撤す。安と笑語して日を移す。郗超、帳中に臥して其の言を聴く。風、帳を動かして開く。安、笑いて曰く、郗生、入幕の賓と謂う可し、と。温、疾有りて姑孰に還る。疾篤く、九錫を求むるを諷す。安・坦之、故に其の事を緩くす。尋いで卒す。
現代語訳
桓温が朝廷に来るとき、帝は謝安と王坦之に命じて新亭で迎えさせました。都では、桓温が王氏と謝氏を殺して晋の天下を奪うつもりだという噂が広がり、坦之は非常に恐れました。しかし謝安は顔色一つ変えませんでした。桓温が着くと、百官は道の傍らで拝礼しました。桓温は兵士を大勢並べて朝廷の人々を引見し、坦之は汗で衣を濡らし、手に持つ板を逆さに持つほどでした。謝安は落ち着いて席に着き、桓温に言いました。「諸侯に道があれば、守りは四方の隣国にあると聞きます。あなたはなぜ壁の後ろに人を置かれるのですか」。桓温は笑って「そうせずにはいられなくてね」と言って、兵を引かせ、謝安と日が傾くまで楽しく語り合いました。郗超が帳の中に寝そべって会話を聴いており、風が帳を動かして姿が見えると、謝安は笑って「郗君は入幕の賓というべきだ」と言いました。桓温は病を得て姑孰に戻り、重くなると九錫を求めるよう朝廷に促しましたが、謝安と坦之は故意に手続きを遅らせ、やがて桓温は亡くなりました。
解説

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