十八史略 / 『十八史略』秦・李斯・逐客令を止めた李斯の上書
宗室大臣議曰諸侯人来仕者皆為其主游説耳請一切逐之於是大索逐客客卿李斯上書曰昔穆公取由余於戎得百里奚於宛迎蹇叔於宋求丕豹公孫支於晉并國二十遂霸西戎孝公用商鞅之法諸侯親服至今治強惠王用張儀之計散六國從使之事秦昭王得范雎強公室此四君者皆以客之功客何負於秦哉泰山不讓土壤故大河海不擇細流故深今乃棄黔首以資敵國却賓客以業諸侯所謂藉寇兵而齎盜糧者也王乃聽李斯復其官除逐客令斯楚人嘗學於荀卿秦卒用其謀并天下
新字:宗室大臣議曰諸侯人来仕者皆為其主游説耳請一切逐之於是大索逐客客卿李斯上書曰昔穆公取由余於戎得百里奚於宛迎蹇叔於宋求丕豹公孫支於晋并国二十遂覇西戎孝公用商鞅之法諸侯親服至今治強恵王用張儀之計散六国従使之事秦昭王得范雎強公室此四君者皆以客之功客何負於秦哉泰山不譲土壤故大河海不択細流故深今乃棄黔首以資敵国却賓客以業諸侯所謂藉寇兵而齎盗糧者也王乃聴李斯復其官除逐客令斯楚人嘗学於荀卿秦卒用其謀并天下
書き下し
宗室・大臣議して曰く、諸侯の人の来たり仕うる者は、皆其の主の為に游説するのみ。請う、一切之を逐わん、と。是に於いて大いに索めて客を逐う。客卿李斯、上書して曰く、昔穆公、由余を戎に取り、百里奚を宛に得、蹇叔を宋に迎え、丕豹・公孫支を晋に求め、国を并すること二十、遂に西戎に霸たり。孝公、商鞅の法を用い、諸侯親服し、今に至るまで治まり強し。惠王、張儀の計を用い、六国の従を散じ、之をして秦に事えしむ。昭王、范雎を得て、公室を強くす。此の四君は、皆客の功を以てせり。客何ぞ秦に負かんや。泰山は土壌を譲らず、故に大なり。河海は細流を択ばず、故に深し。今乃ち黔首を棄てて以て敵国を資け、賓客を却けて以て諸侯を業とせしむ。所謂寇に兵を藉し、盗に糧を齎す者なり、と。王乃ち李斯に聴き、其の官を復し、逐客の令を除く。斯は楚の人、嘗て荀卿に学ぶ。秦、卒に其の謀を用いて、天下を并す。
現代語訳
秦の王族や重臣たちが進言しました。「他国から来て仕えている者は、みな自分の主君のために秦で工作しているだけです。どうか一人残らず追放してください」。そこで国中を捜索して、他国出身の客を追い出すことになりました。客卿の李斯は王に上書して言いました。「昔、穆公は由余を西戎から迎え、百里奚を宛から得、蹇叔を宋から招き、丕豹と公孫支を晋から求めて、二十の国を併合し、ついに西戎の覇者となりました。孝公は商鞅の法を用い、諸侯は親しみ従い、今に至るまで国はよく治まり強いままです。惠王は張儀の策を用いて六国の合従を打ち破り、みな秦に仕えさせました。昭王は范雎を得て、王室の力を強めました。この四人の君主は、いずれも客の働きで功を立てたのです。客が秦に何の背くことがありましょうか。泰山は土くれを拒まないから大きく、大河や海は細い流れを選ばないから深いのです。いま民を捨てて敵国を助け、賓客を退けて諸侯の事業を支えさせるのは、いわゆる敵に武器を貸し、盗賊に食糧を持たせることです」。王はそこで李斯の言葉を聞き入れ、その官職を元に戻し、客を追う命令を取り除きました。李斯は楚の人で、かつて荀卿に学んだ人です。秦は最後までその計略を用いて、天下を併せたのです。
解説

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史記 李斯列伝臣聞く、地広き者は粟多く、国大なる者は人衆く、兵彊ければ則ち士勇なりと。是を以て太山は土壌を譲らず、故に能く其の大を成す。河海は細流を択ばず、故に能く其の深きを就す。王者は衆庶を卻けず、故に能く其の徳を明らかにす。是を以て地に四方無く、民に異国無く、四時充美にして、鬼神福を降す。此れ五帝・三王の敵無き所以なり。今乃ち黔首を棄てて以て敵国に資し、賓客を卻けて以て諸侯に業し、天下の士をして退きて敢て西に向かはず、足を裹みて秦に入らざらしむ。此れ所謂「寇に兵を藉して盗に糧を齎す」者なり。夫れ物の秦に産せずして、宝とすべき者多し。士の秦に産せずして、忠を願ふ者衆し。今客を逐ひて以て敵国に資し、民を損じて以て讎を益し、内自ら虚しくして外怨みを諸侯に樹つ。国の危ふき無きを求むるも、得べからざるなり、と。秦王乃ち逐客の令を除き、李斯の官を復し、卒に其の計謀を用ふ。
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史記 李斯列伝秦の宗室大臣皆秦王に言ひて曰く、「諸侯の人の来たりて秦に事ふる者は、大抵其の主の為に秦に游間するのみ。請ふ一切客を逐はん」と。李斯の議も亦逐中に在り。斯乃ち書を上りて曰く、臣聞く、吏客を逐ふを議すと。竊かに以て過てりと為す。昔繆公士を求め、西のかた由余を戎に取り、東のかた百里奚を宛に得、蹇叔を宋に迎へ、丕豹・公孫支を晋に来たす。此の五子は、秦に産せず。而して繆公之を用ひ、国を并すこと二十、遂に西戎に霸たり。孝公商鞅の法を用ひ、風を移し俗を易へ、民以て殷盛、国以て富彊、百姓用を楽しみ、諸侯親しみ服し、楚・魏の師を獲、地を挙ぐること千里、今に至るまで治彊なり。恵王張儀の計を用ひ、三川の地を抜き、西のかた巴・蜀を并せ、北のかた上郡を収め、南のかた漢中を取り、九夷を包み、鄢・郢を制し、東のかた成皋の険に拠り、膏腴の壌を割き、遂に六国の従を散じ、之をして西面して秦に事へしむ。功今に施す。昭王范睢を得て、穣侯を廃し、華陽を逐ひ、公室を彊くし、私門を杜ぎ、諸侯を蚕食し、秦をして帝業を成さしむ。此の四君は、皆客の功を以てす。此に由りて之を観れば、客何ぞ秦に負かんや。向に四君をして客を卻けて内れず、士を疏んじて用ひざらしめば、是れ国をして富利の実無く、而して秦をして彊大の名無からしめしならん。今陛下、昆山の玉を致し、隨・和の宝有り、明月の珠を垂れ、太阿の剣を服し、纖離の馬に乗り、翠鳳の旗を建て、霊鼉の鼓を樹つ。此の数宝は、秦一も生ぜず。而して陛下之を説ぶは、何ぞや。必ず秦国の生ずる所にして然る後に可ならば、則ち是れ夜光の璧は朝廷を飾らず、犀象の器は玩好と為らず、鄭・衛の女は後宮に充たず、而して駿良駃騠は外廄に実たず、江南の金錫は用を為さず、西蜀の丹青は采を為さず。
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史記 秦始皇本紀大いに索め、客を逐ふ。李斯上書して説き、乃ち逐客令を止む。大梁人尉繚来たり、秦王に説きて曰く、「願はくは大王財物を愛しむ毋かれ、其の豪臣に賂して、以て其の謀を乱さば、三十萬金を亡ふに過ぎずして、則ち諸侯尽くす可し」と。秦王其の計に従ひ、尉繚を見て亢礼し、衣服食飲繚と同じくす。
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史記 李斯列伝荀卿に辞して曰く、「斯聞く、時を得ては怠ること無かれと。今、万乗方に時を争ひ、游ぶ者事を主る。今、秦王天下を呑み、帝と称して治めんと欲す。此れ布衣の馳騖の時にして游説者の秋なり。卑賤の位に処りて計為さざる者は、此れ禽鹿の肉を視、人面にして能く彊ひて行く者のみ。故に詬は卑賤より大なるは莫く、而して悲しみは窮困より甚だしきは莫し。久しく卑賤の位、困苦の地に処り、世を非として利を悪み、自ら無為に託するは、此れ士の情に非ざるなり。故に斯将に西のかた秦王に説かんとす」と。秦に至り、会々荘襄王卒す。李斯乃ち求めて秦の相文信侯呂不韋の舎人と為る。不韋之を賢とし、任じて以て郎と為す。李斯因りて以て説くを得、秦王に説きて曰く、「胥人は、其の幾を去る。大功を成す者は、瑕釁に因りて遂に之を忍ぶに在り。昔者秦の穆公の霸たる、終に東のかた六国を并せざりし者は、何ぞや。諸侯尚ほ衆く、周の徳未だ衰へず。故に五伯迭ひに興り、更々周室を尊ぶ。秦の孝公より以来、周室卑微にして、諸侯相兼ね、関東を六国と為す。秦の勝に乗じて諸侯を役すること、蓋し六世なり。今諸侯秦に服すること、譬へば郡県の若し。夫れ秦の彊、大王の賢を以て、竈上を騒除するに由り、以て諸侯を滅ぼし、帝業を成し、天下を一統と為すに足る。此れ万世の一時なり。今怠りて急に就かずんば、諸侯復た彊く、相聚まりて従を約せば、黄帝の賢有りと雖も、并す能はざるなり」と。秦王乃ち斯を拝して長史と為し、其の計を聴き、陰かに謀士を遣はし金玉を齎持して以て諸侯に游説せしむ。諸侯の名士の財を以て下すべき者は、厚く遺りて之に結び、肯ぜざる者は、利剣もて之を刺す。其の君臣の計を離し、秦王乃ち其の良将をして其の後に随はしむ。秦王斯を拝して客卿と為す。会々韓人鄭国来たりて秦を間し、以て注漑渠を作る。已にして覚る。
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『長短経』懼戒〔初め、李斯は荀卿に従いて帝王の術を学び、西のかた秦に入らんと欲す。荀卿に辞して曰く「斯聞く、時を得ては怠ること無し、と。今、万乗時を争い、遊ぶ者事を主る。今、秦王は天下を呑み、帝を称して治めんと欲す。此れ布衣の馳騖するの時にして、遊談する者の秋なり。故に斯将に西のかた秦王に説かんとす」と。秦に至り、呂不韋の舎人と為る。不韋之を賢とし、任じて以て郎と為す。秦王に説きて陰かに謀士を遣わし、金玉を賫らして以て諸侯に遊説せしむ。諸侯の名士、皆厚く之に給遺し、肯んぜざる者は、利剣もて之を刺す。其の君臣の計を離し、遂に天下を呑むは、皆斯の謀なり。〕
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史記 李斯列伝後宮を飾り下陳に充て心意を娯しましめ耳目を説ばしむる所以の者、必ず秦に出でて然る後に可ならば、則ち是れ宛珠の簪、傅璣の珥、阿縞の衣、錦繍の飾りは前に進まず、而して俗に隨ひて雅化せる佳冶窈窕の趙女は側に立たざるなり。夫れ甕を撃ち缶を叩き箏を弾き髀を搏ち、而して歌呼して嗚嗚として耳に快き者は、真の秦の声なり。鄭・衛・桑間・昭・虞・武・象は、異国の楽なり。今甕を撃ち缶を叩くを棄てて鄭衛に就き、箏を弾くを退けて昭虞を取る。是の若き者は何ぞや。意に快く前に当たり、観に適するのみ。今人を取るは則ち然らず。可否を問はず、曲直を論ぜず、秦に非ざる者は去り、客為る者は逐ふ。然らば則ち是れ重んずる所の者は色楽珠玉に在り、而して軽んずる所の者は人民に在るなり。此れ海内に跨り諸侯を制する所以の術に非ざるなり。