史記 / 秦始皇本紀
大いに索め、客を逐ふ。李斯上書して説き、乃ち逐客令を止む。大梁人尉繚来たり、秦王に説きて曰、願はくは大王財物を愛しむ毋かれ、其の豪臣に賂して、以て其の謀を乱さば、三十萬金を亡ふに過ぎずして、則ち諸侯尽くす可し。秦王其の計に従ひ、尉繚を見て亢礼し、衣服食飲繚と同じくす。
新字:大いに索め、客を逐ふ。李斯上書して説き、乃ち逐客令を止む。大梁人尉繚来たり、秦王に説きて曰、願はくは大王財物を愛しむ毋かれ、其の豪臣に賂して、以て其の謀を乱さば、三十万金を亡ふに過ぎずして、則ち諸侯尽くす可し。秦王其の計に従ひ、尉繚を見て亢礼し、衣服食飲繚と同じくす。
書き下し
大いに索め、客を逐ふ。李斯上書して説き、乃ち逐客令を止む。大梁人尉繚来たり、秦王に説きて曰く、「願はくは大王財物を愛しむ毋かれ、其の豪臣に賂して、以て其の謀を乱さば、三十萬金を亡ふに過ぎずして、則ち諸侯尽くす可し」と。秦王其の計に従ひ、尉繚を見て亢礼し、衣服食飲繚と同じくす。
現代語訳
「出身や来歴で人材を排除せず、良い進言なら、たとえ一度出した決定でも撤回して受け入れる」——秦王(始皇)が、人材と献策を重んじた一段です。秦では、あるとき、他国から来た者(客卿)を、すべて国外に追放しようという「逐客令(客を逐ふ令)」が出されました。他国出身者を、一律に排除しようとしたのです。これに対し、(自身も他国・楚の出身であった)李斯が、上書して、その不当を説きました。「他国出身の有能な人材を追放すれば、彼らは敵国に回り、かえって秦を弱めることになります」と。秦王は、この進言を聞き入れ、一度出した逐客令を、撤回したのです。自らの決定に固執せず、正しい進言によって、方針を改めました。また、大梁出身の尉繚(うつりょう)という人物が来て、秦王に献策しました。「どうか大王は、財物を惜しまず、(敵国の)有力な家臣たちに賄賂を贈って、その結束を内側から乱してください。(六国が同盟する)その計略さえ乱せば、わずか三十万金を費やすだけで、諸侯を残らず滅ぼせましょう」と。秦王は、この計を採用しただけでなく、尉繚を厚く遇し、(身分の差を超えて)対等の礼で接し、自分の衣服や飲食を、尉繚と同じものにしたほどでした。有能な人材を、出身にかかわらず、破格の待遇で迎えたのです。ここに、人材と進言についての教訓があります。第一に、出身や来歴、(よそ者かどうかといった)属性によって、人材を一律に排除しないこと。秦王は、逐客令を撤回し、他国の人材を活かす道を選んだ。有能な人材を、「よそ者だから」と排除するのは、自らの力を削ぐ愚行である。第二に、良い進言であれば、たとえ一度出した自分の決定でも、固執せず、撤回して受け入れる柔軟さ(乃止逐客令)。決定を覆すことを、面子の問題として避けるのではなく、正しさを優先する。第三に、有能な人材と見込んだなら、その出身や身分にかかわらず、破格の待遇で厚く遇すること(見繚亢禮、衣服食飲與繚同)。組織や人事で、出身や属性で人材を一律に排除しないこと、良い進言なら一度出した決定でも撤回して受け入れること、そして有能な人材を出身にかかわらず厚く遇すること——秦王の人材登用は、人を活かす柔軟さを教えます。