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神皇正統記 / 巻六 第九十五代 後醍醐天皇

天道も神明もいかにともせぬことなれど邪なるものは久しからずしてほろび、乱たる世も正にかへる、古今の理なり。これをよくわきまへしるを稽古と云ふ。昔人をえらびもちゐられし日は先徳行をつくす。徳行おなじければ、才用あるをもちゐる。才用ひとしければ労効あるをとる。又徳義・清慎・公平・恪勤の四善をとるともみえたり。格条には「朝に廝養たれども夕に公卿にいたる。」と云ことの侍るも、徳行才用によりて不次にもちゐらるべき心なり。寛弘よりあなたには、まことに才かしこければ、種姓にかゝはらず、将相にいたる人もあり。寛弘以来は、譜第をさきとして、其中に才もあり徳もありて、職にかなひぬべき人をぞえらばれける。世の末に、みだりがはしかるべきことをいましめらるゝにやありけん、「七け国の受領をへて、合格して公文といふことかんがへぬれば、参議に任ず。」

書き下し

天道も神明もいかにともせぬことなれど邪なるものは久しからずしてほろび、乱たる世も正にかへる、古今の理なり。これをよくわきまへしるを稽古と云ふ。昔人をえらびもちゐられし日は先徳行をつくす。徳行おなじければ、才用あるをもちゐる。才用ひとしければ労効あるをとる。又徳義・清慎・公平・恪勤の四善をとるともみえたり。格条には「朝に廝養たれども夕に公卿にいたる。」と云ことの侍るも、徳行才用によりて不次にもちゐらるべき心なり。寛弘よりあなたには、まことに才かしこければ、種姓にかゝはらず、将相にいたる人もあり。寛弘以来は、譜第をさきとして、其中に才もあり徳もありて、職にかなひぬべき人をぞえらばれける。世の末に、みだりがはしかるべきことをいましめらるゝにやありけん、「七け国の受領をへて、合格して公文といふことかんがへぬれば、参議に任ず。」

現代語訳

天道も神明もどうにもできないことではあるが、邪なものは久しからずして滅び、乱れた世も正しい姿に返るのは、古今の道理である。これをよくわきまえ知ることを稽古という。昔、人を選んで用いられたときは、まず徳行を見尽くした。徳行が同じであれば、才用(才能と実務の力)のある者を用いた。才用が等しければ、労効(勤めの功績)のある者を取った。また徳義・清慎・公平・恪勤の四善を取るとも見える。格の条文に「朝には廝養(召使い)であっても、夕べには公卿に至る」ということがあるのも、徳行と才用によって順序にかかわらず用いられるべきだという心である。寛弘より前には、まことに才が優れていれば、家柄にかかわらず大臣・大将に至る人もあった。寛弘以来は、家柄の由緒を先として、その中で才もあり徳もあって、職にかなうはずの人を選ばれた。世の末に乱れがちになることを戒められたのであろうか、「七か国の受領を経て、合格して公文を考査されれば、参議に任じる」

解説

前段の天道の問いに答えを出し、そこから人を選ぶ基準へと話を移す段である。邪なものは長く続かず、乱れた世も正しい姿に返る。これをよくわきまえることを親房は「稽古」と呼ぶ。古を学ぶとは、個々の事実を覚えることではなく、この道理を見て取ることだという定義である。続いて官人の選び方が示される。まず徳行、同じなら才用、それも等しければ労効。徳義・清慎・公平・恪勤の四善という基準も挙げる。順序がはっきりしていて、勤続の長さは最後に置かれている。さらに、寛弘より前は才さえあれば家柄を問わず将相に至る人がいたが、寛弘以後は家柄を先に立て、その中から才徳のある者を選ぶようになったと、登用の仕組みの変化を時代で区切って示す。受領を七か国経れば参議という慣例は、次の段で具体例とともに論じられる。

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