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神皇正統記 / 巻五 第七十七代 後白河院

内覧は昔醍醐の御代のはじめつかた、本院の大臣と菅家と政をたすけられし時、あひならびて其号ありきと申めれども、本院も関白にはあらず、其例たがふにや。兄のおとゞは本性おだやかにおはしければ、おもひいれぬさまにてぞすごされける。近衛の御門かくれ給しころより内覧をやめられたりしに恨をふくみ、大方天下を我まゝにとはかられけるにや、崇徳の上皇を申すゝめて世をみだらる。父の法皇晏駕のゝち七け日ばかりやありけん。忠孝の道かけにけるよと見えたり。法皇もかねてさとらしめ給けるにや、平清盛・源義朝等にめし仰て、内裏をまぼり奉るべきよし勅命ありきとぞ。上皇鳥羽よりいで給て白河の大炊殿と云所にて、すでに兵をあつめられければ、清盛・義朝等に勅して上皇の宮をせめらる。官軍勝にのりしかば、上皇は西山の方にのがれ、左大臣は流矢にあたりて、奈良坂辺までおちゆかれけるが、つひに客死せられぬ。上皇御出家ありしかど猶讚岐にうつされ給。大臣の子共国々へつかはさる。

新字:内覧は昔醍醐の御代のはじめつかた、本院の大臣と菅家と政をたすけられし時、あひならびて其号ありきと申めれども、本院も関白にはあらず、其例たがふにや。兄のおとゞは本性おだやかにおはしければ、おもひいれぬさまにてぞすごされける。近衛の御門かくれ給しころより内覧をやめられたりしに恨をふくみ、大方天下を我まゝにとはかられけるにや、崇徳の上皇を申すゝめて世をみだらる。父の法皇晏駕のゝち七け日ばかりやありけん。忠孝の道かけにけるよと見えたり。法皇もかねてさとらしめ給けるにや、平清盛・源義朝等にめし仰て、内裏をまぼり奉るべきよし勅命ありきとぞ。上皇鳥羽よりいで給て白河の大炊殿と云所にて、すでに兵をあつめられければ、清盛・義朝等に勅して上皇の宮をせめらる。官軍勝にのりしかば、上皇は西山の方にのがれ、左大臣は流矢にあたりて、奈良坂辺までおちゆかれけるが、つひに客死せられぬ。上皇御出家ありしかど猶讃岐にうつされ給。大臣の子共国々へつかはさる。

書き下し

内覧は昔醍醐の御代のはじめつかた、本院の大臣と菅家と政をたすけられし時、あひならびて其号ありきと申めれども、本院も関白にはあらず、其例たがふにや。兄のおとゞは本性おだやかにおはしければ、おもひいれぬさまにてぞすごされける。近衛の御門かくれ給しころより内覧をやめられたりしに恨をふくみ、大方天下を我まゝにとはかられけるにや、崇徳の上皇を申すゝめて世をみだらる。父の法皇晏駕のゝち七け日ばかりやありけん。忠孝の道かけにけるよと見えたり。法皇もかねてさとらしめ給けるにや、平清盛・源義朝等にめし仰て、内裏をまぼり奉るべきよし勅命ありきとぞ。上皇鳥羽よりいで給て白河の大炊殿と云所にて、すでに兵をあつめられければ、清盛・義朝等に勅して上皇の宮をせめらる。官軍勝にのりしかば、上皇は西山の方にのがれ、左大臣は流矢にあたりて、奈良坂辺までおちゆかれけるが、つひに客死せられぬ。上皇御出家ありしかど猶讃岐にうつされ給。大臣の子共国々へつかはさる。

現代語訳

内覧は、昔醍醐天皇の御代のはじめごろ、本院の大臣(藤原時平)と菅原道真とが政を補佐された時、並んでその称号があったと申すようだが、本院の大臣も関白ではなかったので、その例とは違うのではないか。兄の大臣(忠通)は生まれつき穏やかでおられたので、気にかけない様子で過ごされた。近衛の帝がお隠れになったころから、内覧を止められたことに恨みを抱き、おおよそ天下を自分の思うままにしようと企てたのであろうか、頼長は崇徳上皇をおすすめ申して世を乱した。父の鳥羽法皇が崩御されてから七日ほどであったろうか。忠孝の道が欠けてしまったことよと見える。法皇もかねてお見通しであったのか、平清盛・源義朝らを召して、内裏をお守りせよとの勅命があったという。上皇(崇徳)は鳥羽からお出になって、白河の大炊殿という所ですでに兵を集められたので、清盛・義朝らに勅して上皇の御所を攻められた。官軍が勝ちに乗ったので、上皇は西山の方へ逃れ、左大臣は流れ矢に当たって奈良坂のあたりまで落ちのびたが、ついに旅先で死なれた。上皇は御出家なさったが、なお讃岐へ移された。大臣の子どもたちは国々へ流された。

解説

保元の乱そのものを記す段である。親房は頼長の内覧が先例に合わないことをまず指摘し、醍醐朝の時平・道真の例は関白が別にいたわけではないから違う、と先例の読み違いを正している。そのうえで、内覧を止められた恨みから崇徳上皇を担ぎ出し、鳥羽法皇の死からわずか七日ほどで兵を挙げたことを「忠孝の道かけにける」と断じる。父の喪の最中に兵を動かしたことを、忠と孝の両方の欠如として見ているのである。一方で法皇が清盛・義朝に内裏守護を命じていたことを書き、官軍と上皇方の区別をはっきりさせる。南北朝の渦中で書く親房にとって、どちらが官軍かは切実な問題であった。私の恨みが公の争いに化けるとき、その発端を見誤らないことが大事だと、この段は示している。

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