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神皇正統記 / 巻三 第三十三代 崇峻天皇

第三十三代、崇峻天皇は欽明第十二の子。御母小姉君の娘。これも稲目の大臣の女也。戊申年即位。大和の倉橋の宮にまします。天皇横死の相みえ給。つゝしみますべきよしを厩戸の皇子奏給けりとぞ。天下を治給こと五年。七十二歳おまし〳〵き。或人の云ふ。外舅蘇我の馬子大臣と御中あしくして、彼大臣のためにころされ給きともいへり。

書き下し

第三十三代、崇峻天皇は欽明第十二の子。御母小姉君の娘。これも稲目の大臣の女也。戊申年即位。大和の倉橋の宮にまします。天皇横死の相みえ給。つゝしみますべきよしを厩戸の皇子奏給けりとぞ。天下を治給こと五年。七十二歳おましましき。或人の云ふ。外舅蘇我の馬子大臣と御中あしくして、彼大臣のためにころされ給きともいへり。

現代語訳

第三十三代、崇峻天皇は欽明天皇の第十二の子である。母は小姉君(おあねのきみ)という姫で、これも蘇我稲目大臣の娘である。戊申の年に即位された。大和の倉橋宮におられた。天皇には非業の死を遂げる相が見えておられた。お慎みになるべきだと厩戸皇子が奏上されたという。天下を治められたのは五年で、七十二歳であられた。ある人の言うには、母方の叔父である蘇我馬子大臣と仲が悪く、その大臣のために殺されたのだともいう。

解説

崇峻天皇は蘇我馬子の手の者に殺された天皇として知られるが、親房はそれを本文としては書かず、「或人の云ふ」と伝聞の形で末尾に添えるにとどめている。本文では、厩戸皇子が天皇の横死の相を見て慎むよう奏上したと記すだけである。臣下が天皇を殺したという事実を、正面からは書きたくなかったのかもしれない。あるいは、確かめようのないことを断定しない慎重さとも読める。いずれにせよ、記述の濃淡そのものに書き手の態度が表れている。母の小姉君も蘇我稲目の娘で、馬子は天皇の母方の叔父にあたる。外戚が天皇より強い力を持つという構図がここで極まり、それが次の推古朝、さらに皇極朝の蘇我氏専横へとつながっていく。身内であることが、かえって権力の緊張を生む。親族が経営に深く関わる組織では、よく見られる構図である。

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