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神皇正統記 / 巻一 序

大日本とも大倭とも書ことは、此国に漢字伝て後、国の名をかくに字をば大日本と定てしかも耶麻土とよませたるなり。大日孁のしろしめす御国なれば、其義をもとれるか、はた日の出る所にちかければしかいへるか。義はかゝれども字のまゝ日のもとゝはよまず。耶麻土と訓ぜり。我国の漢字を訓ずること多く如此。おのづから日の本などいへるは文字によれるなり。国の名とせるにあらず。又古より大日本とも若は大の字をくはへず、日本ともかけり。州の名を大日本豊秋津といふ。懿徳・孝霊・孝元等の御謚みな大日本の字あり。垂仁天皇の御女大日本姫と云ふ。これみな大の字あり。天神饒速日尊、天の磐船にのり大虚をかけりて「虚空見日本の国」との給。神武の御名神日本磐余彦と号したてまつる。孝安を日本足、開化を稚日本とも号、景行天皇の御子小碓の皇子を日本武の尊となづけ奉る。是は大を加ざるなり。彼此同くやまとゝよませたれど大日孁の義をとらば、おほやまとゝ読てもかなふべきか。

書き下し

大日本とも大倭とも書ことは、此国に漢字伝て後、国の名をかくに字をば大日本と定てしかも耶麻土とよませたるなり。大日孁のしろしめす御国なれば、其義をもとれるか、はた日の出る所にちかければしかいへるか。義はかゝれども字のまゝ日のもとゝはよまず。耶麻土と訓ぜり。我国の漢字を訓ずること多く如此。おのづから日の本などいへるは文字によれるなり。国の名とせるにあらず。又古より大日本とも若は大の字をくはへず、日本ともかけり。州の名を大日本豊秋津といふ。懿徳・孝霊・孝元等の御謚みな大日本の字あり。垂仁天皇の御女大日本姫と云ふ。これみな大の字あり。天神饒速日尊、天の磐船にのり大虚をかけりて「虚空見日本の国」との給。神武の御名神日本磐余彦と号したてまつる。孝安を日本足、開化を稚日本とも号、景行天皇の御子小碓の皇子を日本武の尊となづけ奉る。是は大を加ざるなり。彼此同くやまとゝよませたれど大日孁の義をとらば、おほやまとゝ読てもかなふべきか。

現代語訳

大日本とも大倭とも書くのは、この国に漢字が伝わってのち、国の名を書くのに字を大日本と定め、しかもそれを「やまと」と読ませたのである。大日孁(おおひるめ、天照大神)が治められる御国であるから、その意味をとったのか、あるいは日の出る所に近いのでそう言ったのか。意味はそうであっても、字のとおりに「ひのもと」とは読まず、「やまと」と訓じた。わが国で漢字を訓読するのは多くこのようである。たまたま「日の本」などというのは文字に拠って言ったもので、国の名としたのではない。また古くから大日本とも、あるいは大の字を加えずに日本とも書いた。州の名を大日本豊秋津という。懿徳・孝霊・孝元などの天皇の御諡号にはみな大日本の字がある。垂仁天皇の皇女を大日本姫という。これらはみな大の字がある。天神の饒速日尊(にぎはやひのみこと)は天の磐船に乗って大空を翔り、「虚空見日本の国(そらみつやまとのくに)」とおっしゃった。神武天皇の御名を神日本磐余彦(かんやまといわれびこ)と申しあげる。孝安天皇を日本足(やまとたらし)、開化天皇を稚日本(わかやまと)ともお呼びし、景行天皇の皇子の小碓皇子(おうすのみこ)を日本武尊(やまとたけるのみこと)とお名づけした。これらは大を加えていない。どちらも同じく「やまと」と読ませているが、大日孁の意味をとるなら、「おおやまと」と読んでもかなうのではないか。

解説

「日本」という字をめぐる考証である。親房の指摘は明快だ。日本と書いても、字のとおりに「ひのもと」とは読まず「やまと」と読んだ。先に「やまと」という言葉があり、漢字はあとから当てられたにすぎない。だから「日の本」は文字から出た言い回しであって、国の名そのものではない、という。大を付ける例と付けない例を、天皇の諡号や皇子の名から丹念に拾い、どちらも同じ訓であることを示している。戦陣で手元の書物も乏しいなかで、これだけの用例を並べていることに、この人の学識の厚みが見える。字面から意味を組み立てる前に、まず人が口で何と呼んできたかを確かめる。看板や肩書きの文字にとらわれず、実際にどう呼ばれ、どう使われてきたかから物事を捉えるという姿勢は、今でも通用する調べ方である。

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