古典を学びたいすべての人に 法人向けワークシート法人向けワークシート

自警録 / 第二十七章 夢の実用・努力すれば高い境遇に登れる

わが輩が今まで数百の言をならべて述べきたった要点は、夢は偶然なる現象にあらず、まったく空のものにあらず、病的のものにあらず、ばかげたるものにあらず、人生の一部としてかえりみるべきもの、一歩進んでは大いに修養の資に供すべきものであるというにほかならぬ。わが輩のこの文を見る人のうちには定めし僕の思想の浅薄なるに驚く人もあろう。 一般人士の踏む境界を脱していっそう高き境界に達したならば、夢相も夢物もみな同一の虚妄にして、すべてあるところなしと悟らるるであろうことは、あたかも先に掲げた例のとおり、現時の人類がいまだ人間にならざりし時代、すなわち今日よりもなお低き境遇にありしころの経験を、夢の中にあるごとく、折々繰り返すことあれば、荘子は高き思想界に入ってのち、自己の経験をかえりみて百年があいだ胡蝶となって花の上に戯れてのち驚き覚めたるごとく言った。形而下の世にあると、形而上の世にあるとは、物を夢と見なすのと、夢を物と見なすの差があろう。わが輩は凡人の情なさに、形而下の話をして夢を物とみなして長々しく弁じたが、形而上の思想の存在するをまったく心得ぬわけでもない。しかしわが輩のごとき考えをもって夢をも修養の用に供する工夫をし、まじめにかつ永く努めたなら、必ず一段も二段も高き境遇に進入することを得るであろう。古人の歌に、 世の中は夢か現か現とも夢とも知らずありてなければ などいう一首の意味も、吾人の立場の高低によってどうとも取れる。なおさら修養が積んだならもう一段昇りて王陽明とともにかく吟ずるの日も来たらん。 人間白日醒猶睡  人間は白日に醒むるも猶睡るがごとく 老子山中睡却醒  老子は山中に睡るも却って醒めたり 醒睡両非還両是  醒睡両つながら非 還両つながら是 溪雲漠漠水冷冷  溪雲漠漠たり 水冷冷たり

新字:わが輩が今まで数百の言をならべて述べきたった要点は、夢は偶然なる現象にあらず、まったく空のものにあらず、病的のものにあらず、ばかげたるものにあらず、人生の一部としてかえりみるべきもの、一歩進んでは大いに修養の資に供すべきものであるというにほかならぬ。わが輩のこの文を見る人のうちには定めし僕の思想の浅薄なるに驚く人もあろう。 一般人士の踏む境界を脱していっそう高き境界に達したならば、夢相も夢物もみな同一の虚妄にして、すべてあるところなしと悟らるるであろうことは、あたかも先に掲げた例のとおり、現時の人類がいまだ人間にならざりし時代、すなわち今日よりもなお低き境遇にありしころの経験を、夢の中にあるごとく、折々繰り返すことあれば、荘子は高き思想界に入ってのち、自己の経験をかえりみて百年があいだ胡蝶となって花の上に戯れてのち驚き覚めたるごとく言った。形而下の世にあると、形而上の世にあるとは、物を夢と見なすのと、夢を物と見なすの差があろう。わが輩は凡人の情なさに、形而下の話をして夢を物とみなして長々しく弁じたが、形而上の思想の存在するをまったく心得ぬわけでもない。しかしわが輩のごとき考えをもって夢をも修養の用に供する工夫をし、まじめにかつ永く努めたなら、必ず一段も二段も高き境遇に進入することを得るであろう。古人の歌に、 世の中は夢か現か現とも夢とも知らずありてなければ などいう一首の意味も、吾人の立場の高低によってどうとも取れる。なおさら修養が積んだならもう一段昇りて王陽明とともにかく吟ずるの日も来たらん。 人間白日醒猶睡  人間は白日に醒むるも猶睡るがごとく 老子山中睡却醒  老子は山中に睡るも却って醒めたり 醒睡両非還両是  醒睡両つながら非 還両つながら是 渓雲漠漠水冷冷  渓雲漠漠たり 水冷冷たり

書き下し

わが輩が今まで数百の言をならべて述べきたった要点は、夢は偶然なる現象にあらず、まったく空のものにあらず、病的のものにあらず、ばかげたるものにあらず、人生の一部としてかえりみるべきもの、一歩進んでは大いに修養の資に供すべきものであるというにほかならぬ。わが輩のこの文を見る人のうちには定めし僕の思想の浅薄なるに驚く人もあろう。 一般人士の踏む境界を脱していっそう高き境界に達したならば、夢相も夢物もみな同一の虚妄にして、すべてあるところなしと悟らるるであろうことは、あたかも先に掲げた例のとおり、現時の人類がいまだ人間にならざりし時代、すなわち今日よりもなお低き境遇にありしころの経験を、夢の中にあるごとく、折々繰り返すことあれば、荘子は高き思想界に入ってのち、自己の経験をかえりみて百年があいだ胡蝶となって花の上に戯れてのち驚き覚めたるごとく言った。形而下の世にあると、形而上の世にあるとは、物を夢と見なすのと、夢を物と見なすの差があろう。わが輩は凡人の情なさに、形而下の話をして夢を物とみなして長々しく弁じたが、形而上の思想の存在するをまったく心得ぬわけでもない。しかしわが輩のごとき考えをもって夢をも修養の用に供する工夫をし、まじめにかつ永く努めたなら、必ず一段も二段も高き境遇に進入することを得るであろう。古人の歌に、 世の中は夢か現か現とも夢とも知らずありてなければ などいう一首の意味も、吾人の立場の高低によってどうとも取れる。なおさら修養が積んだならもう一段昇りて王陽明とともにかく吟ずるの日も来たらん。 人間白日醒猶睡  人間は白日に醒むるも猶睡るがごとく 老子山中睡却醒  老子は山中に睡るも却って醒めたり 醒睡両非還両是  醒睡両つながら非 還両つながら是 溪雲漠漠水冷冷  溪雲漠漠たり 水冷冷たり

現代語訳

私がこれまで数百の言葉を並べて述べてきた要点は、夢は偶然の現象ではなく、まったくの空なものでもなく、病的なものでもなく、ばかげたものでもなく、人生の一部として顧みるべきもの、さらに一歩進んでは、大いに修養の資とすべきものである、というにほかなりません。私のこの文を見る人のなかには、さぞ私の思想の浅いことに驚く人もいるでしょう。 一般の人が踏む境地を脱して、いっそう高い境地に達すれば、夢の相も夢の物もみな同一の虚妄で、すべて有るところがないと悟られるでしょう。それは、先に掲げた例のとおり、現在の人類がまだ人間でなかった時代、つまり今日よりもなお低い境遇にあったころの経験を、夢のなかで折々繰り返すことがあるのと同じです。荘子は高い思想界に入ってのち、自分の経験を振り返って、百年のあいだ胡蝶となって花の上で戯れ、のち驚いて覚めたかのように言いました。形而下の世にあるのと、形而上の世にあるのとでは、物を夢と見るのと、夢を物と見るのとの差があるでしょう。私は凡人の情けなさに、形而下の話をして、夢を物とみなして長々と論じましたが、形而上の思想があることをまったく知らないわけでもありません。しかし私のような考えで、夢をも修養の役に立てる工夫をし、まじめに、かつ長く努めるなら、必ず一段も二段も高い境遇に進むことができるでしょう。古人の歌に、 世の中は夢か現か、現とも夢とも知れない、あっても無いようなものだから という一首の意味も、私たちの立場の高低によって、どうとでも取れます。さらに修養が積めば、もう一段昇って、王陽明とともにこう吟ずる日も来るでしょう。 人間は白日に醒むるも猶睡るがごとく 老子は山中に睡るも却って醒めたり 醒睡両つながら非 還両つながら是 溪雲漠漠たり 水冷冷たり

解説

夢は偶然でも病的でもばかげたものでもなく、人生の一部として省み、修養に役立てるべきもの、というのが新渡戸の結論です。そのうえで、高い境地に立てば夢も現実も等しく虚妄と悟られ、荘子の胡蝶の夢や王陽明の詩のように、夢と覚めの区別を超えることもあると触れます。ただし自身は、凡人として形而下の立場から語ったと断っています。実務の場でも、結果の分かりにくい内面の鍛錬を、まじめに長く続けることで一段高い境地に至れる、という励ましとして読めます。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。

本の中身を見る

この章句が説くこと

夢修養荘子胡蝶の夢王陽明形而上

関連する章句

本2冊(人生の方程式・人生の教科書)+師導1か月=700円本を見る